第207話 【祝日騒乱】さっそくやらかし
「わ……若芽様ー? ……えっと……も、もう起きておられますかー?」
まるで……夢でも見ていたみたいだ。いやむしろ、今だって信じられない。
おれが憧れてやまない、偉大な先駆者の
「若芽様ー……? ……し、失礼致しまする」
第Ⅰ期生のティーリット様とハデス様、第Ⅱ期生の
嬉しすぎて、まるで夢でも見ているんじゃないかという心境だが……仮に、仮に『コラボやらないか』の話が夢だったとしても、刀郷さんとティーリット様におれの活動を誉めて貰えたという事実だけで、充分すぎるほど嬉しい。
「……わ、わかめさまー? ……まだおねむでございまするかー?」
「……んゅぅーーん…………?」
そうだ、刀郷さんへのお礼もそうだけど……収益化達成後の第二回配信、そこで頂いたスパチャのお礼がまだ片付いていないじゃないか。
それに第一段のお礼に対するリアクションも気になるし……ちょっとくらい、エゴサしてみてもいいかな……って。やらなきゃいけないことにも、ある程度目処がついたことだし。
…………そうだ、おれにはやらないといけないことが…………あれ?
「わかめさまー?」
「んひゃああああ!!!?」
「きゃぁっ!?」
「うああ!? ごごごめん
「い……いえ。お気になさらず。……おはようございます、若芽様」
可愛らしい同居人のモーニングコールによって、やっと目が覚めたおれ。どうやら昨晩……というか今朝未明の突発小会議のせいで、恥ずかしいことに寝坊してしまったらしい。
いや待てまさか全部夢だったのか、と思ってスマホを手に取ると……おれの予想に反し、見慣れぬアカウントからの
それは、おれの不安を払拭するには充分すぎる相手からの……控えめに言ってものすごく自慢できるであろう六名のお相手からの、お礼と『おはよう』のメッセージだった。
いや、しかし……あの出会いが夢じゃなかったことは嬉しいんだけど、いったいおれはいつのまにベッドへ潜り込んだんだろうか。
少なくない疑問を感じながらも、おれは『おはよう』にしては少々遅くなってしまったお返事を考えていく。……しかし、なんて返そう。さすがに十時ともなれば『おはよう』は相応しくないだろう。
…………待って、十時?
今日は……あれから寝て、起きて…………そう、祝日の月曜日だ。
祝日月曜日の、お昼。……今日の予定は。
「うわヤッベェ!!」
「ひゃわ!?」
「ああっごめん
「んみゅーーん……」
まずいまずいまずい。社会人たるもの、一度交わした約束は守らなければならない。
今日のお昼はメグちゃん(仮名)サキちゃん(仮名)とのお約束……デスマーチ突入前の彼女たちの、最後の
どうやら昨晩はお風呂に入れず眠ってしまっていたようで、つまり今からお風呂に入って身を清めなければならない。
「お気になさいませぬよう、若芽様。あさげは代わりにわたくしが、お昼に頂くと致しまする」
「ごめんね
「いいよぉー」
「起きてんじゃんこのえっち妖精!! ああもう……」
「落ち着いてくださいませ、若芽様。
「
「ふふっ。ありがたき、でございまする」
可愛らしくはにかむ
おれは朝風呂は嫌いじゃない。寝汗や垢をすっきり洗い流して全身さっぱりすることで、朝から気持ちよく一日を過ごすことができるからだ。
なのでゆっくりのんびり浸かりたいところではあるのだが……他ならぬおれのお寝坊のせいで、現在時間はちょっと差し迫っている状況であり、残念なことに湯船でのんびりぷかぷか浮かぶことができない。残念だ。
ぱぱっと服と下着を脱ぎ捨てて洗濯機へと投げ込み、素っ裸でお風呂場へと突入する。鏡に映る自分の裸身にちょっと顔が赤らむのを感じながらシャワーヘッドを手に取り、お湯の温度と吐水量を調整する。ラニ専用浴槽であるカップに適温のお湯を適量張って、未だ寝ボケたふりをしておれの指に吸いついてくる妖精さんをやんわり振りほどいてぶち込み、おれは手早く自分の身体を清めることを優先する。
目の細かい化繊スポンジでボディソープを泡立て、手の指先から足の爪先までくまなくこすり洗っていく。大きくのけ反り背中に手を回し、あるいは脇の下から手を回し、背中もきちんとこすり洗い。……自分一人で背中のほとんど全域に手が届くのは、正直びっくりな柔らかさだと思う。
身体を泡だらけにし終えたなら、つぎはこの長くて綺麗な若葉色の髪だ。日本人離れしたこの髪だが、幸いなことに日本人向けのシャンプーで問題ないようで……しかしおれはあまり詳しくないのでドラッグストアの店員さんに薦められるがまま、ちょっとお高めのシャンプーで洗っている。
生えぎわから毛先まで、指と手のひらをうまく使って――それでいて変な力を入れて痛めないように――手早くかつ丁寧に泡立てていく。
「いやぁー……眼福眼福」
能天気な相棒の声をスルーしながら、おれはシャワーのお湯を全身で浴びる。頭のてっぺんからあわあわが一気に流されていき、若干のくすぐったさとともにすっきりとした気持ちよさが全身を満たす。
お湯の流れから少し外れてまぶたを開き、仕上げとばかりにこれまたお高めのコンディショナーをポンプして手に取る。白っぽい高粘度の液体を両手に伸ばし、毛の流れに沿うように馴染ませていく。
最初ラニは『そのままでも充分きれいだと思うけどー?』などと言っていたが……どうやらこの香りを気に入ってくれたようで、今では何も言ってこない。
でも『髪の毛のにおいが好き』だなんて……ちょっと変態っぽいぞ、ラニちゃん。
「いやぁー……いいね、めっちゃせくしー」
無遠慮な相棒の声を意識して受け流し、最後の仕上げに取りかかる。コンディショナーのあとはタオルで髪を纏めたり、十分程度置いたりして薬効成分を浸透させるのが良いらしいが……今は時間がないので仕方ない。三分で切り上げよう。
その間に洗顔フォームを泡立て、顔をぐしぐしと洗っていく。これまたドラッグストアの店員さんおすすめのアイテムで、医薬部外品の括りであるため薬効効果も抜群なのだとか。……おれにはよくわかんないけど、実際におれのほっぺを突っついたラニが感動してたので、たぶん良いものなんだと思う。
入念にお顔を撫で回し、そろそろ三分経っただろう。再び頭からシャワーを浴び、髪の毛から『ぬるり』とした感覚が無くなるまでしっかりと洗い流す。
……かなり
「んむゥーー……ねぇラニ、いま何時?」
「十時二十八分だね。三十分前」
「十五分前には着いてなきゃだから……もう時間ないじゃん! やだあ!」
「大丈夫、ボクがついてるって。あと十五分もあるよ」
「微妙に安心できない時間なんだよなあ!」
のんびりマイペースの彼女に元気づけられながら、おれはシャワーを止めてバスタオルを被る。とりあえず髪の水分をおおざっぱに拭い、あとは顔から下へ。敏感な部分をこする際の刺激は無理矢理無視して、身体の表面から水滴を取り除く。
「んん……ラニ、髪お願い」
「おまかせ。
「むふゥーーーー」
髪から余計な水分が一気に蒸発していく、なんとも不思議な感覚を味わいながら……おれは大事なところを守る下着を手に取り、かたっぽずつ脚を通していく。……今日は淡いライトイエローだ。
ぴったりと肌に触れる感触と、脚の間の物足りなさに少しだけ悲しい気持ちを抱きながら……ぶんぶんと頭を振って寂寥感を追い出し、お出掛け用の衣類に袖を通していく。
「ちょっ……いきなり頭動かさないでよお」
「ああっ! ごめん!」
清潔感のある白のキャミソールと、その上に同色の可愛らしいブラウス。シックで大人びた黒色の裾から、白のフリルが覗くレイヤードスカート。パンツがチラするのを防ぐために愛用の黒タイツ(【SR】
スカートはおなかと背中の編み上げ部分でサイズ調整ができるものだが、アクセントとしてラニの私物のベルト(【SR】
女の子らしい小さなショルダーバッグは、白革製で目にも眩しい上品なデザイン。中には歳相応でいて子どもっぽ過ぎないデザインのお財布と、ちょっと太めのペンにしか見えない護身用のダーツ(【SSR】
……ところどころ突っ込みどころが無いわけじゃないが、ともかくこれでお出掛けの準備は整った。
現代日本においてはまずもって不要であろう装備品が見受けられる気がするが……これもひとえに、おれの身を案じてくれるラニちゃんのお節介なのだろう。ありがたいことだ。
でもねラニちゃん……さすがに武器は要らないと思うんだ。……うん、ごめんね。場合によっては逮捕されちゃうからね。ごめんね。
「十時四十分……なんとか間に合うか……」
「じゃあ【門】ひらくよ? 準備いい?」
「うん、お願…………ちょっ、ちょっとラニちゃん!? 服! ラニちゃん服!!」
「えーいいじゃん、どうせノワ以外には姿晒さないんだし」
「おれのココロがたいへんなの! お願いだから服着て!!」
「しょうがないなぁわかめちゃんは」
危うく……危うく、すっぱだかのまま相棒を町中に連れ出すところだった。
いくら一般の方々には見えないからって、さすがにそんな破廉恥な真似はお父さんゆるしませんよ!!
ばくばく鳴る心臓をなだめながら【門】をくぐり、出た先は伊養町某所の路地裏。集合場所はすぐ近くなので、なんとか間に合いそうだ。
…………いやあ、色々とあぶなかった。
十五分前に到着できて、本当よかった。
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