第192話 【休日満喫】初めての生鮮売り場



 ここシオンモールは各種飲食店街や専門店街に加えて、生鮮食品売り場もかなりの広さを誇る。

 その規模と品揃えたるや……一階の一部分を占める生鮮食品売り場のみで、下手なスーパーマーケットを打ち負かしてしまう程。

 いつぞやラニと一緒に買い物にいった近場のスーパーなんかでは、申し訳ないが太刀打ちできないだろう。


 飲食店舗で撮影を終え、家電量販店でタブレットPC(とマイク)を購入し終えたおれたちは……二人三人仲よく並んでカートを押しながら、この生鮮食品売り場へと訪れていた。

 ほかでもない、おれたちが消費する食材を買い込むためなのだが……この光景を初めて目にするらしい霧衣きりえちゃんは、いつぞやのラニが軽く霞む程にテンションが上がっていた。




「おっ、おっ、おっ……お野菜が! 艶々つやつやの綺麗なお野菜が! 美味しそうなお野菜が……こんなにも!!」


「うふふ……霧衣きりえちゃんが見たことないお野菜あるかもね。端っこから見てってみよっか」


「若芽様! 若芽様! わたくし斯様かようなきのこは御目に掛かったことがございませぬ!」


「エリンギだね。香りはそこまででもないけど、歯ごたえと食べごたえが良いきのこだよ」


「おっ、おっ、おとうふが! おとうふがこんなにも! ああっ納豆も! こんなにも種類がたくさん!」


「お豆腐めっちゃ安いね。納豆もピンからキリまでいろんな種類あるからね」


「たっ、たまごが!! たまごが山と積まれております若芽様!!」


「これまた安い……うちみんなたまご大好きだもんね。多めに買ってこっか」



 まだほんの一部、野菜コーナーとそこに隣接する冷蔵ショーケース周辺しか見てないのだが……既に彼女は現代の生鮮食品売り場に夢中のようだ。

 いつもの貞淑さは鳴りを潜め、まるで幼い子どものようにはしゃぎ回るその様子は……正直、非常に人目を引いてしまっている。思わず昇天するほどかわいい。


 それもまあ、仕方無いだろう。珍妙な緑髪のちんちくりんとは違い、まずもって霧衣きりえちゃん自身が類稀なる魅力溢れる和服白髪美少女だし。そりゃみんな見ちゃうよね。




(いやぁ、相変わらずのクソザコ自己認識よ)


(ほあ、っ……自分の見た目の異質さくらい、ちゃんと理解してるよ! 失礼な!)


(ははは冗談がお上手で)


(なによお!?)



 念のためにと、大きいほうのカートを持ってきていて良かった。上段に二つと下段に一つ載せられた買い物カゴへ、現在進行形で食材がどんどん詰め込まれていく。


 わが家の台所を取り仕切る霧衣きりえちゃんには、あらかじめ『必要と思った食材は遠慮せず買って良い』『そうしてくれると美味しいごはんが食べられるので、おれたちも嬉しい』と念押ししておいた。

 そのことをきちんと念頭に置いてくれているのだろう、霧衣きりえちゃんは目を輝かせながら食材一つ一つをじっくり吟味し、それでいて手早くピックアップを進めていった。




「お、おっ、お肉が! いろんな種類のお肉が一堂に会しておりまする!」


「マガラさんもめっちゃ凝視してたけど、やっぱ霧衣きりえちゃんもお肉好き?」


「は、はいっ! こうして、色鮮やかなお肉を眺めて居りますと…………んっ、……はぁっ、……んはぁ、っ」


「いっぱい買おうね! おれもお肉好きだから! 早く買って次いこう次!!」




「お米も調達しておきたいのですが……こちら、封を綴じられておりまする……」


「え、何かまずかった? 穴空いてないし良いことじゃない?」


「……いえ、しかし……これでは、香りを嗅ぐことが出来ませぬ。……少しだけ封を切らせて頂くことは出来」


「出来ないからこれ買っちゃおう! たぶん売れ筋だから! 十キロ買っとこ!!」




「わ、わ、わ、若芽様! 若芽様! おべんとうが! おべんとうがあんなにも並んでおりまする!」


「お総菜コーナーだね。独り暮らしだと揚げ物なかなかできないから、こういうところで買っちゃうんだよね」


「……ご心配には及びませぬ。わたくし若芽様のためとあらば、天婦羅もカツレツも喜んでご用意致しましょう」


「わぁ……それは割と普通に嬉しい。……ありがと、楽しみにしてるね」


「…………はいっ!」




 うん、失敗した。

 なんだこれ。あまりにも『かわいい』が過ぎるが。カメラ回しとけばよかった。……いや、まわりに人いっぱいいるし……どっちみち無理か。

 この『かわいい』を視聴者さんたちと共有できないのは残念だが……逆を返せば、この『かわいい』はおれたちのみに許された特権なのだ。そう考えればなんだかテンション上がってきた。ひゅんひゅん。




「若芽様……? こちらの品は……いったい何物でしょうか? かけそばが描かれているように見えますが……」


「これねー、即席らーめんなの。サッポロ特番。……あ、霧衣きりえちゃんラーメン食べたことある?」


「らー、めん? …………申し訳ございません」


「だだ大丈夫だよ! 謝ることじゃないから!! ……よしじゃあ買ってこ。近いうちに作り方教えたげるね」


「は……はいっ!」



 ウグゥゥゥゥ……がわいい!!!


 真正面でほころぶような笑みの直撃を受けたおれが、ふと周囲を見回すと……お買い物中の皆さまがたも、少なからず霧衣きりえちゃんスマイルを食らってしまっているようだ。

 皆一様に立ち止まって、こちらへと視線と身体を向け、とても温かい表情をおれたちに注いでいて……



 …………まぁ、要するに。


 めっっっちゃ目立ってるわけですね。



「よ、よし霧衣きりえちゃん! お買い物早く済ませちゃおうね! いこういこう! あと足りないもの何かある?」


「あとは……お出汁に使ういりこや昆布があれば」


「あー乾ものね。乾もの乾もの……こっちかな……」


「わわ、わわわ、若芽様! うどんが氷漬けにされてございまする!」


「あーこれはね、冷凍食品っていってね……」




 霧衣きりえちゃんが買い込みたい食材に加え……霧衣きりえちゃんに食べさせたい食材を、ついでとばかりに見繕い。



 お昼過ぎの生鮮食品売り場。


 多くの人々の温かい視線に晒されながらも……おれたちはるんるん気分でお買い物を続け、商品をどんどんカゴの中へと詰めていった。



 なお……お買い物袋はぱんぱんだった模様。


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