第189話 【仕込途中】あーでもこーでも



 配信者キャスターとしてのおれたちの活動は、大きく分けて二つある。


 ひとつはライブ配信。リアルタイムの映像を視聴者さんにお届けし、ネット上で場を共有して楽しむこと。

 そしてもうひとつは……企画を立て、動画を撮影し、編集したものを投稿することだ。


 今回のミーティングの想定としては、後者の撮影企画のアイデアを募る形だが……べつに前者のライブ配信の案を出してもらっても、わたしはいっこうに構わん。

 つまりは、何でもいいから意見を聞きたい。




「まずは……やっぱりお庭の開拓ネタ関連なんだけどね。ノワはさ、『環境音動画』って知ってる?」


「波の音とか鈴虫の音とか、そういうの?」


「そうそう。カメラとマイクを屋外に置いてさ、一時間ずーっと定点撮影するやつ。お庭に小川あったじゃん?」


「あぁー……あの川で水音録るってこと? ……でもそんなの、もういっぱい出回ってるんじゃない?」



 タブレットPCやノートパソコンを持たせてから、ラニは暇さえあればネットを徘徊して情報収集に奔走しているようだ。

 おれ以外の配信者キャスターの動画を見てみたり、掲示板サイトへ潜ってみたりと……その言動の端々には日頃から口にする『ノワおれの役に立ちたい』という気持ちが滲み出ていて、なんとも泣かせてくれる。

 向上心と行動力に溢れた彼女のことだ、もしかするとおれ以上に『トレンド』に詳しいかもしれない。


 そんな優秀なラニちゃんの考え出した意見は、やはりおれなんかとは目のつけどころが一味違っていたようだ。




「いやー、ボクはあんまり詳しくないんだけどさ……げいのうじん? って呼ばれてる人がね、自前のチャンネルで公開してたんだよ」


「え!? 水音動画!?」


「そうそう。川の目の前に椅子置いてさ、一時間ずーっとそこで読書したり、お茶飲んだり、スマホいじったりしてるの。あとは焚き火の前で同じことしてたのもあったけど……これがまたウケてたんだよね」


「ま、まじで……あぁ、芸能人さんのファンのひとにまず安定支持されるのか……それでいて元々の環境音動画としての効果もあるから……なるほど」


「それに見た感じ、編集の手間もほぼ無さそうだったから。……どうかな、ノワ。水辺でおよそ一時間いちじかん、のーんびりゆーっくりしてるだけで動画一本できるんだよ?」


「やだ……おトクに感じてきたわ……」



 編集(ほぼ)不要という点も、なるほどなかなか好印象だ。たいした手間もかからないというのなら、試してみる価値はあるかもしれない。

 費用対効果が大変に優れている、ということか。……いや、ラニちゃんすげぇ。よく思い付いたな。



「……うん、良さそう。すごいね、よく教えてくれた。……今度やってみよう」


「ヨッシャ! ふふ……義理は果たしたぞスレの民よ(小声)」


「……?? ……じゃあ、つぎ。霧衣きりえちゃん、何かやってみたいことある?」


「えっ、と…………」




 霧衣きりえちゃんはそもそも、配信者というものを知ってからまだ間もない子だ。昨年末におれが鶴城さんへ訪れ、そこでリョウエイさん達に宣伝したのを背後から盗み見て、そこで初めて知ったらしい。

 なので正直、この界隈に対する知識は持ち合わせていないだろうけど……だからこそ逆に、斬新かつ新鮮な発想が出てくるのではないか。


 このときのおれは……そんな期待をしてしまっていた。


 他ならぬ……現在進行形での自身の『やらかし』を、ご丁寧に箱に詰めて蓋を閉めた上で棚に上げて。




「わたくしは……恥ずかしながら、未だ常識に疎い未熟者の身にございますゆえ…………お手間をとらせ申し訳なく存じまするが、のように、まずは色々なことを体験させていただきたく」


「あっ」


「えっ?」「あっ?」


「い、いやいやいや! なんでもないよ! そうだね、いろんなお店いってみようね霧衣きりえちゃん!」


「ねえちょっとノワあの、まさか『むぎた珈琲』のやつ投稿し忘r」


「せっかくだし今日のお昼どっか食べいこっか!! ラニたしかシオンモールにマーカーあったよね!! あっこ飲食店いっぱいあるし!! 霧衣きりえちゃんハンバーガー食べたことないでしょまだ!!」


「わわ……た、楽しみでございまする!」


「ぇえ……明らかに誤魔化したよね今……」




 わ、忘れてたわけじゃないし。今日のお昼に投稿しようと思ってただけだし。ちょうどこの後投稿するつもりだったし。ほんとうだし(目そらし)。



 しかし……そうか。現状この家の家事全般を引き受けてくれている霧衣きりえちゃんだが、現在の環境のままだと、彼女が今後『学び』を得られる機会が少なくなってしまう。

 現代の機器類とネット環境に適応したラニのように、自分から勉強できる周辺環境を整えるべきかもしれない。

 ……とりあえず、タブレットを支給してみようか。今となってはラニも教えられる立場になってくれたことだし。調べものにも向いているだろうし。


 あとはやっぱり家事の負担を軽減させるべく……お掃除とかはテグリさんに相談してみようか。最近はもっぱら『副業』に専念しているらしいが、相変わらず住処は例の納屋棟……すぐお隣だ。

 メールを送ればなんだかんだで相談に乗ってくれるし、霧衣きりえちゃんにも……もちろんおれたちにも、優しくしてくれる。頼れば応えてくれる面倒見のいいお姉様だ。


 それに……彼女はこのオウチの扱いにおいてはベテランなのだ。対価を支払っての『契約』であれば、彼女も嫌な顔はしないだろう……と思う。




「ちょっと電機やさんで買いたいものもできたし……やっぱモールでごはんしよう。ラニ、いい?」


「まぁ……ボクは全肯定フェアリーだからね。もちろん大丈夫だ……けど」


「わぁいやった…………けど?」


「まずは忘れてた動画、ちゃんと投稿すること。いいね?」


「アッハイ」



 苦笑するふたりの視線を背中に感じながら、おれは椅子に座ってメインマシンへと向かう。

 配信サイトユースクへアクセスして管理者ページを開き、編集はバッチリ済ませておいたもののぶっちゃけ投稿を忘れていた『和装お嬢様の初体験【むぎた珈琲】編』のアップロードを行う。

 しかも今回は海外ニキネキを集中的に狙うべく、英文でタイトルと概要説明も設定してあるのだ。たとえば英語圏のユーザーからは、タイトルが『First time in a Japanese dress lady's life.(Coffee Shop MUGITA)』みたいな感じで表示されるようになるので、タイトルだけでどんな動画か判断しやすいはずだ。より吸引力を増してくれることだろう。


 サムネイル画像――これまたきちんと作成・準備済みだった――を指定し、キャプションを日本語と英語でそれぞれ書き込んで、ちゃんと広告設定を行って……準備おっけー。

 最後に『投稿』ボタンを押下し、投稿が無事に完了する。これで全世界から動画を視聴できる状態になった。ついでとばかりにSNSつぶやいたーでも投稿アナウンスを流し、宣伝も抜かりない。

 海外では和服の人気も高いって聞くし……そもそも霧衣きりえちゃんがかわいいのだ。どれくらいアクセスしてもらえるか、今から楽しみである。



 ……というわけで、これで投稿が完了した。

 かわいいかわいい霧衣きりえちゃんと、おれたち『のわめでぃあ』の今後のためにも。



「はいはい!! よしこれでオッケーでしょ!! じゃあシオンモールいこうね!! ごはんとお買い物しようね!!」


「なにふて腐れてんのさ。お子ちゃまかな」


「ふふふっ。……若芽様、まるでわらべにございまする」


「んきいいい!! それじゃあ各々お出掛けの支度したくして十分後に玄関に集合! 解散!!」


「「はーい」」




 本来なら、こんなにのんびりしているべきじゃないのかもしれない。駆け出しの配信者キャスターであるならば、それこそ寝る間を惜しんで駆けずり回るべきなのかもしれないが。


 それでもおれは、この可愛らしい同僚たちと過ごす週末の『お出掛け』が、今はとても楽しみで仕方なかった。



 ……帰ったら、ちゃんと本気出す。



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