第173話 【秘境探索】初期装備(SSR)


「おかえりなさいませ。若芽様、シラタニ様」


「「ただいま!!」」


「……ふふっ。元気一杯でございまする」



 自宅となったお屋敷の玄関扉を開くと、大変可愛らしい美少女が『おかえりなさい』と出迎えてくれる。

 世の男達が夢見てやまないような光景に感涙を浮かべそうになりながら、とりあえず我が城となったお屋敷の、だだっ広いリビングへと向かう。

 お役所手続きが午前中の、しかもかなり早い段階で終わったのはありがたかった。……というのも、今日は夕方までに『やっておかなければならないこと』があるためだ。


 玄関からただただ真っ直ぐ進んでいき、リビング南側の大開口部サッシを開け放つ。

 するとそこにはお屋敷同様、手入れの行き届いた広大な庭……なんてものは無く。



「うーん……やっぱり『山』だよね」


「『山』っていうか……『山林』に分類されるのかな? こういうのって」


「低木も繁茂しておりますゆえ……駆け回るも難しそうでございまする」



 おうちの充実っぷりとは打って変わって、大自然の生命力を存分に感じさせる敷地が、そこには広がっていた。



 いちおう『建物の維持管理』はテグリさんの手によって完璧に行われているので、枝葉が建物に掛かったり笹薮がすぐそこまで迫っていたり……といったことにはなっていない。

 建築の際にあらかた伐採・整地が行われたからだろうか。建物の周囲ざっくり五メートルほどは樹木も生えておらず、せいぜいが高さ一メートル程度の低木と雑草に覆われている程度。


 しかしそれよりも遠くは、長年手付かずで伸び放題の木の枝や、なかなかの密度で茂る笹薮によって日の光を遮られ、暗く見通しの悪い山林が続いている。


 広さだけは『およそ二千八百坪』と聞いているが……その他の状況に関しては、正直把握できていない。



「とりあえずせっかくだし、実際に見てみよう。きりえちゃんも来る?」


「昼餉の支度がございますので……わたくしは留守番をつかまつりまする」


「アッ! おれがんばる! 楽しみにしてるね!!」


「キリちゃんボク『オヤコドン』がいい! 卵ふわふわのやつ!」


「ふふっ……お任せくださいませ」


「「ヤッター!!」」



 和服美少女の手料理と聞いて、俄然やる気が湧いてきたおれたちは……とりあえず頑丈そうなフィールドワーク装備とアウトドアカメラを取りに、遊び盛りの少年のような心境で階段を駈け上がっていった。




 というわけで、装備確認。

 山歩き用の装備を探そうと、以前通販サイトとにらめっこしたこともあったのだが……この体型で着られるアウトドア用高機能装備が存在しなかったので、おれは早々に諦めた。

 ……というのも、ほかではない。おれには頼りになる相棒がついているからだ。というわけで開き直ってラニちゃんに泣きつき、おあつらえ向きの装備を【蔵】の中身から見繕ってもらう。


 動きやすそうであり、それでいてこの身体の保護も出来、そして何よりも【適化オプニュフラ】の魔法が込められた装備。

 以前着たことがある『影飛鼬シャルフプータ脚衣タイツ』をベースに、それと同系統の長袖アンダーウェアに袖を通し。その上からは何やら革製と思しき胸当ての縫い付けられた分厚い亜麻布リネンの半袖シャツと、下半身にはカンバス地の頑丈そうなキュロット。

 トドメとばかりにブーツと指ぬきオープンフィンガーグローブ……こちらの品、なんとなんと竜革ドラゴンレザー製だという。

 それぞれには虹のようにも煌めく銀糸で細かな刺繍が施されており、実用性重視な作りでありながらも華やかさを損なわない。……まあ華やかさじゃなくて、魔法効果的な目的の刺繍なんだろうけど。


 それらタダモノじゃない装備を身に纏い、謎の革製のベルトを締め、ただならぬ気配を漂わせるナイフをシースごとそこに吊り、これまた刺繍と魔法効果が盛りに盛られたフード付きポンチョを纏った……頭の先から足の爪先まで、完全装備のその姿は。




「……ねぇノワ、弓持ってみない? 絶対似合うよ」


「あやっぱり? イイ感じの見た目で纏まってそうだなって思ってた。スカウト系とかそういう人の装備? ……ん、ありがと」


「うーわ、めっちゃかわいい。すごい似合う。……そうだね。斥候スカウトとか射手アーチャーとか野手レンジャーとか、そういう子のための装備。……第一線級とまでは行かないけど、在野の走竜ドレイク程度なら傷ひとつ付かないよ」


「そんなモンスターは棲んでないからね!? 日本には!!」



 ツッコミを返しながらも、ラニに手渡された短弓ショートボウを携えて軽くポーズをとってみる。肌の露出がほとんど無い装備であれば、特に気恥ずかしさも感じないようだ。

 クローゼットの扉を開いて姿見鏡に全身を映し、そこに出現した『エルフの狩人』の姿に思わず感心してしまう。やはり高性能な装備は見た目も上質なのだろう、アースカラーに纏められた装備一式はなかなかに可愛らしい。


 顔と指以外の肌の露出をほぼ抑え、それでいて軽量で動きを阻害しない。ドレイクやらドラゴンやら存在し得ない脅威に備える必要は無いが……少なくともこの装備なら枝に引っ掻かれ破けることも無いだろうし、万が一にもヘビやらハチやらといった危険生物に襲われることになっても安心だろう。


 とりあえず、これで未開の秘境おにわを探索する準備は万端だ。

 雨も降らなさそうだし……昨日のライブ配信で告知した『庭の写真』を撮るべく、そろそろ出発しようと思う。




「ねぇノワちょっとまって。こっち向いてみて」


「んう?」


「アッいーね! さっそく投稿するね! はー可愛い」


「……あ、SNSつぶやいたーね。確かにこれは誰かに見てほしいかも。すごい『エルフ』っぽいよね」


「そうでしょそうでしょ。いやぁ世のエルフ好きが黙っちゃいないよ。お金取れるレベル」


「またまた冗談。……じゃあそろそろ行こう、お昼までに少しでも見てこないと」


「うん、そだね…………っと。オッケーつぶやいた! じゃあ行こっか」


「ほっほい! じゃあ靴はいて……はいてたわ。じゃあ窓から行っちゃうか」


「あらあらはしたない。ケガしないように……しないか。その装備なら」




 この世界の常識外の、明らかに過剰な防御力。おまけにこの衣装ならパンツがチラする心配もないので、安心してアクティブに動き回れる。まぁ覗くような人は居ないけど。

 ……あっ覗きそうな妖精なら居ましたね。すぐそこに。


 おれの視線ジト目を受けて『きょとん』とする可愛らしい姿に『なんでもないよ』と苦笑を返し、おれたちはお行儀悪く秘境おにわ探索へと出発した。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る