第172話 【閑話休憩】おれたちの新たな力



 さてさて。

 新拠点での配信者業務も無事に始まり、名実ともに拠点移行が完了した我が放送局であるが……かといって移転前の物件を解約したわけではなく、現在おれの籍は浪越市南区にそのままの形で残されている。

 とはいっても、その戸籍は今のではなく……三十代一般成人男性であった頃ののものなのだが。



 今のところはなんとか色々と誤魔化せているものの……戸籍が無いという点については、いい加減何とかしないとマズイだろう。病院とか図書館とか……あと特に免許証とか。

 そう思って以前フツノさまに助言して頂いた区役所窓口へと足を運び、周囲から注がれる奇異の視線に耐えながら『フツノさんに紹介されました。タミベさんお願いします』と伝えたところ……


 滅茶苦茶メチャクチャに焦った様子で一人の中年男性がすっ飛んできてくれて、そのまま順番待ちのおじさんおばさんをすっ飛ばして呼び出され、完全個室の相談スペースへとあっさりと通してもらうことが出来た。



 そこからは……なんか、もう…………いろいろと申し訳なくなるくらいスムーズにを進めて貰った。

 常識外れの変更手続きとあっては色々と問題もあるだろうし、なんなら性別も年齢も容姿も全て変わってしまったとあっては問題しか待ち受けていなさそうなものだが……なんというか、人が良さそうというか押しが弱そうなタミベさんは『はは……慣れてますから』などと軽く笑って見せた。


 ……あっ、わかっちゃいました。これはアレですね。処理に慣れてるって意味じゃないっすね。フツノさまの無茶振りには慣れてますって意味ですねこれは。

 スマセン……お世話んなりまっす。



 いちおう処理の形式としては、の以前の戸籍をベースにしながらも、アレやコレやを書き換える形となるらしい。

 まあ、戸籍に繋がりのある家族に対しては……いずれ自分の口で直接説明しなければならないだろうけど。

 それでもちゃんとした戸籍が得られたというのは、やっぱり非常に安心感がある。


 生年月日も現住所も年齢もとりあえずそのままで、性別だけ更新してもらう。ついでに名前も変えるべきかどうかは悩んだけども、女の子で『まさき』という名前も居ないわけじゃないらしいので、とりあえずは保留。

 なんだかんだで三十二年間付き合ってきた名前だ。二度と元の姿には戻れないとはいえ……その名前まで捨ててしまうのは、なんだか寂しい。



 まあ何はともあれ、フツノさまおよび鶴城神宮という強大な後ろ楯のお力もあり、思っていたよりもあっさりと戸籍に関しては片付いた。

 新しく『女の子』になっ(てしまっ)たおれの住民票を発行してもらい、また県警の担当者さん宛の紹介状もしたためてもらったので……つまりは、これで念願の免許証を更新して貰うことができるのだ!!



 るんるん気分で区役所を後にしたおれは、上機嫌のまま徒歩五分の警察署へ。総合案内窓口でタミベさんからの紹介状を提示し、担当者さんに取り次いでもらい……無事に撮り直した写真で再発行して貰うことができた。

 ……あんまり特記するようなことも特に無かったので、細かい経緯は割愛する。

 強いて言えば、やっぱりおれの容姿は人目を引くらしく、おまわりさんたちが唖然としていたくらいだろうか。






「ただいまー」


「んおお? おかえりノワ」


「ラニごめんね、お待たせ…………なにやってんの?」


「んー…………実験? ちょっと見てて」


「え、実験?」



 そんなこんなで、長らく悩んでいたことをわずか数十行で片付けてしまい……旧・自宅である南区の1LDK(今となってはこちらが別荘)へと、おれは無事に戻ってきた。


 おれが行政手続きに出掛けている間、可愛い相棒は部屋に籠って何をしていたのだろうか。『実験』などと言っていたが、危ないことはしていないだろうか。

 そう不安に思うおれの目の前、珍しく真剣な表情のラニは両手を掲げると……その両てのひらが突如、魔法の断裂に呑み込まれた。


 …………と。



「ひゅわぁぁ!?」


「おぉ……成功かな? うへへ、やわらか」



 眼前の光景に息を呑むおれの背後、突如として超至近距離に魔力反応を感知する。

 あまりにも近すぎる反応・不自然すぎる現象に、混乱のあまり硬直するおれの身体を……そんなおれの、よりにもよって臀部おしりを、何やら『手』のような感触が無遠慮に撫でさする。


 慌てて振り払い振り向いてみても……そこには謎の『手』の姿も無く。

 代わりに……ラニのてのひらを呑み込んだものと色合いもテクスチャも非常に似通った、それこそ『亜空間』とでも呼ぶべきものが、おれの尻のすぐそばに佇んでいる。

 そして、更に。その『亜空間』からは不定形ながら……五つの魔力塊が伸ばされているのを、おれの固有視覚エルフアイは確認している。エルフアイなら透視力おみとおし




「ちょ、っ…………なにこれ……【門】?」


「うんそう。術としての骨格は【繋門フラグスディル】だね。その特性を分析して、解析して、応用して、新しい可能性に辿り着いた魔法もの


「解析、って……えっ? つまりラニのオリジナルってこと!? そんなこと出来るの!?」


「ただの人間ヒュム種のボクじゃ、絶対に出来なかった。……ひとえに『この身体』と、そう願わせた環境と……何より、キミのおかげだよ。ノワ」


「…………おれ、の?」



 満面の笑みを浮かべる小さな相棒は……おれの尻を撫で回していた『それ』と同形状のものを、もうひとつ造り出す。

 すると『それら』はおれの尻から離れ、殺風景になった部屋を背景に悠然と浮かぶ彼女の、その左右にぴたりと控える。


 切断面のような亜空間から、五つの細長い魔力塊を生やす『それら』。

 小さな彼女の、一対に広げたられたは……まるで。




「空間跳躍式・身体機能拡大魔法。ボクの意のままに動き、感覚を信号として共有でき、注いだ魔力次第でサイズも自在に変動できる『身体部位』を、魔力で擬似的に形成して操れる魔法。……【義肢プロティーサ】とでも名付けようかね」


「す、すごっ! ……え、めっちゃ便利そうじゃん! すごいよラニ!」


「……えへへ。ボクもかなーり気合い入れたんだ。……コレがあれば、頑張るノワのあたまナデナデしてあげたり……ギューってしてあげられるし……」


「……ラニ」





「ノワの胸にカラダうずめながら、同時におしり撫でたりも出来るようになったし。この大きさの手ならノワの控えめサイズでも、ちゃんと『揉む』ことが出来るようになったよ!」


「………………ラニ……」




 良い話かと思ったのになー。


 最後の最後で台無しなのだが……ま、まぁ、そんな煩悩も聞かせてくれるほどに、おれのことを信頼してくれているということ……なのだろうか。


 ともあれ、偉業であることには変わりない。この便利な術を携えた白谷さんは、今まで以上におれたちの力となってくれることだろう。そんな気がする。




 ……このときのおれの予感は、どうやら正しかったらしく。


 ラニの新技術をいかんなく用いた配信は、その後のおれたちの活動に大きな影響を与えることとなるのだが。




「んっ。…………そんなに揉んで楽しい? おれ元男だよ? ……元男の尻だよ?」


「楽しい楽しい。今のノワは小さくて可愛くて柔らかいエルフの女の子だからね。めっちゃ興奮する。全然イケる」


「そ、そう……程々にしてね」


「ノワやさしい」




 思考のほとんどが桃色に染まっているこの妖精さんが、先々そんな大きな働きを果たすことになるなどとは……とてもとても感じられないおれだった。


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