第171話 【閑話休憩】しずかなよるに
「あれ、
「はいっ。……ただいま、でございます。若芽様」
身体を拭き終えたおれたちが脱衣室から出たところで、ちょうど今帰ってきたらしい
どうやらこの家の家事を一手に引き受けるつもりらしい彼女は、この夜更けにも関わらず『各種道具の収納場所や使い方を聞いておきたいから』とテグリさんの住む
ぶっちゃけ明日でも良かったんじゃないかとも思ったんだが……メールを送ったテグリさんが『では只今からで。お待ちしています』と言うんだから、しかたない。
……いやそもそも、テグリさんやリョウエイさんみたいな
「一番風呂ごめんね。気になるようだったらお湯張り直しちゃって」
「いえ、家主様の当然の権利にございます。それに、若芽様はお綺麗でございますゆえ。……えっと、シラタニ様? 大丈夫……でございますか?」
「あははは大丈夫大丈夫。お風呂が広々だったから、ちょーっとはしゃぎすぎて……のぼせちゃったみたい。ねっ?」
「……はーーっ、……はーーっ、」
昨晩は立て込みすぎていて浴槽をお掃除出来なかったので、湯槽にお湯を張って浸かったのは今日が初めてとなる。
つまりおれたちは、この家の本当の意味での『一番風呂』を譲ってもらったわけで。
そこでのひとときがよりによって
そんな『洗いっこ』で精も根も尽き果てたといった様相のラニちゃんは……つやつやすべすべぷにぷにに磨き上げられ、ほんのり紅潮した身体をふわふわタオルにくるまれ、潤んだ瞳に
……どうやら腰が抜けちゃったらしいので、このままベッドまで連れていこうかなって。
「じゃあおれたちは先
「はいっ。お任せくださいませ。……それでは若芽様、シラタニ様。おやすみなさいませ」
「うん。おやすみ、
「…………ぅゆすみー……」
現代日本の常識や知識には、確かにちょっと疎いかもしれないけど……日常生活を送るための知識や技術や、集団生活を送る上での気配りや心構えなど、そのあたりは非常にしっかりしている『良い子』なのだ。
なので戸締まりも、消灯も、安心して任せることができる。
脱衣所に消えた
「はい、到着。……ラニ、おふとんついたよ」
「……んぅー……」
「あはは……そんなにスゴかった?」
「…………うん。……ボクの『男』が跡形もなく溶けて消えるとこだった」
「わあ」
新居におけるおれたちの部屋は……何度か言っているように、わりと落ち着かない広さだ。
南北にざっくり九メートル、東西はおよそ三.六メートル。イメージとしては一般的な単身向け物件の居室を二つ繋げた感じの空間であり……まあ、つまりは半分に区切ってしまえば(比較的)身近な広さのスペースとなるのだ。
そんなわけで。この部屋におけるおれたちの生活スペースは、南半分に集約されている。
カッチリとしたラインで表現された家具類は、おれの『なんか良い感じに』『カッコよさげに』というひどく漠然とした要望に応え、価格以上のお店の店員さんが揃えてくれたシリーズものだ。系統でいうと『インダストリアル』とかいうらしい。……たしか。
デスクとシェルフのセットはキッチリ幅が合わせられ、また棚板のひとつとデスク天板がツライチになるデザイン。またそこに同シリーズのロングシェルフや拡張天板を組み合わせて、使い勝手も抜群。
実用性のみならず、木部のブラウンとブラックのアイアンが良い感じに空間を引き締めてくれる。……ように感じる。
そんな部屋の片隅……
おれのベッドよりはやや高い位置にある一段が、新しくなったラニの寝室だ。
「ほらラニちゃん。おふとんだよ。スヤスヤしましょうね」
「ぅうぅぅー……ままぁー……」
「……まったく。……大人しくしてれば本っ当可愛いんだけどなぁ」
「えへへぇー。ノワのほうが可愛いよ?」
「ふふっ。……ありがとう。ほら、おふとん入って。……あ、その前にちゃんと服着なよ、風邪引いちゃうよ?」
「うぅん……でもさ、ボクのあの服……保温効果ろくに無いよ?」
「……ヒラッヒラのチラッチラだもんね」
困ったような諦めたような笑みを浮かべながら……結局着衣を纏わぬすっぱだかのまま、ラニは自分用の寝床へともぐっていく。
……まあ、プライベートルームの中だもんな。自室では楽な格好で居たいという気持ちもわかるので、おれの口からは何も言うまい。……夏場の風呂上がりとか、おれだってパンイチで徘徊しそうな気がするし。
これからお出掛けするわけでも訪問客があるわけでもないし、本人が良いなら良いのだろう。
「じゃあ……寝よっか。おやすみ、ラニ」
「うん。……おやすみ、ノワ」
リモコンで部屋の照明を落とし、真新しい寝具にくるまり目蓋を閉じる。
今日はずっと在宅でのおしごとだったので、そこまで疲労は溜まらないと思っていたのだが……二時間に及ぶライブ配信とお風呂場での例の一戦は、予想以上に体力を持っていったようだ。
小さな相棒が寝息を立て始める前に、おれの意識は夢の世界へと沈んでいった。
「…………ノワ……ありがとうね」
「………………んん……」
沈む直前、どこか『らしくない』ラニの声が聞こえたような気もしたが……まどろみに染まるおれの意識では、それが夢か現かを判断することは出来なかった。
ただ……気のせいかもしれないが、少しだけ。
その晩はいつもよりも、少しだけいい夢を見られた気がした。
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