第170話 【閑話休憩】おふろに潜む罠



 『かぽーん』て

   だれ考えたんだろ

       すげーよね。



 はい皆様こんばんわ。健全な人間種諸君の健全なおともだち、健全美少女エルフ動画配信者ユーキャスター木乃若芽きのわかめちゃんです。健全へぃりぃ。……ほんと誰が考えたんでしょうね。


 あの擬音語ひとつで『場所がお風呂場』で『場面が入浴中』であるということが簡単に伝えられるという……なんて画期的なんでしょう。ほんとすごい便利。






「ねぇのわー、見て見て。『とびうお』」


「ブッフォ」


「へっへっへ。やってやったぜ」



 広々としたお風呂で脱力し、思考に沈むおれのすぐ傍で。

 薄翅を広げた小さな美少女が、一糸纏わぬその身体をぴんと一直線に伸ばし『トビウオ』に見立てて……『どうだ』とばかりに得意気な自慢ドヤ顔を向けてくる。


 その謎の自信に満ちた表情と脈絡の無さに、ゆるみきったおれの思考は一瞬でオチた。その不意打ちはずるいと思う。

 おれを仕留めたことで満足したのか……てのひらサイズの小さな女の子はちゃぷちゃぷとお湯を掻き分け、ときに頭の先まで完全に潜り、温かな湯の心地よさを全身でもって堪能している。




 ……というわけで、『かぽーん』である。


 新しい拠点となった5SLDKの大豪邸……それは浴室に至るまでの広々としたつくりになっており、以前のおれの部屋のユニットバスなんかとは到底比べようもないシロモノだった。……いや、以前のっていうか別に解約してないんだけどね。


 しゃもじのようなナンのようなしずく型のような、ちょっと歪なオーバル型……あっ、洋梨型ってやつか。

 とりあえず、この浴槽。真っ白で真新しい洋梨型の大型浴槽は、おれのような小柄な体型であれば……なんと、完全に寝られてしまう。

 脱力して水面に浮かんでも、頭と足先がつっかえることが無い。しかも温度コントロールできる。フハハハハすごかろう。……はい。

 この浴槽であればおれとラニはもちろん、きりえちゃんも一緒に入れてしまう大きさなのだが……さすがにそれはまずいだろう。

 おれたちのような『まがいもの』とは違う。あの子は生粋の女の子なのだ。




「ああー…………やっば……きもち……」



 それはさておき……何はともあれ、このお風呂はやばい。昨日はシャワーのみで済ませてお湯張りはしていなかったので、この威力を思い知るのは今日が初めてだったが……即落ちでした。

 四肢のすべてをお湯に委ねて揺蕩うことができ、当然ながら完全プライベート。長い髪を湯槽に浸けても怒られる心配は無いし、ラニみたいに泳いだり潜ったりも自由。……まあさすがにおれが泳ぐには少し狭いか。


 今は湯槽のへりに頭を預けているが、小さなエア枕でも浮かべてそこに頭を乗っければ完璧かもしれない。温かなお湯に包まれて身も心もゆらゆらと揺らぐのは、それはとっても気持ち良さそうだ。



 ……しかし、ラニはどうしたんだろう。潜ったきりなかなか浮かんでこない。……とはいっても二十数秒そこらなのだが、そんなにお湯のプールがお気に召したのだろうか。


 などと思っていたところ、お湯に揺られるまま仰向けで揺蕩っていたおれの内ももに、わずかな刺激。


 それは例えるならば、小さな気泡に下から上へと撫でられたような。


 そしてそれが意味するところは……おれの内腿の下方に、その気泡の発生源があるということで。





「………………ふっ!」


『!! も゛っ! ごがぼぼぼ!!?』



 ぷかぷか身体を浮かせたままわずかに上体を反らし、左腕をおれの臀部下へと突っ込み……浴槽の底をさらうように手を伸ばし、そこへ潜んでいた生物を鷲掴わしづかみにする。


 エルフ種にとって、自然環境に由来する魔法など朝飯前だ。風や大地や流水を用いた探知術もそのひとつであり、それは水が湯に変わろうとも同様。ひとたび意識すればその存在を見失うことなど無い。



「…………なにやってんの、ラニ」


「げェっほ! ぽぇ! え゛っぽ!」



 息を止めて潜水中のところをいきなり掴まれるという予想外の事態に、へんなところにお湯が入ったのだろう。

 苦しそうに咳き込む小さな美少女、いたいけで良心が痛みそうな光景ではあるのだが……水中でにある程度思い至ってしまっては、おれの口から出てくる声は自然と低いものとなってしまう。


 ……確かに、おれは元々の性別は男である。当然恋愛対象は女の子であり、それこそ『わかめちゃん』みたいな可愛らしい子はストライクど真ん中だ。

 だからラニの――おれ同様に男としての精神を持ったこの子の――考えたようなことも解らなくは無いのだが……だからといって、一定の理解は示すとはいえ、ほかでもないおれ自身の下半身を至近距離から凝視されていたとあっては……心から油断しきったリラックス中にそんな視線を注がれていたとあっては、さすがに『おい待てコラ』とツッコみたくもなる。



 よって…………処す。




「…………ラニちゃんや」


「なッ……なにかな、のわちゃんや……」



 小さな身体をおれの左手指でガッチリと拘束され、白絹のような髪からぽたぽたと水滴をしたたらせ、虹色の薄翅を力なくはためかせながら……囚われの小さな美少女は引きつった笑みを浮かべる。



「お風呂。……楽しんでくれてるようで、なによりだよ」


「え……えへへっ。じゃ、じゃあボクそろそろ……」


「だ め だ よ 。……ちゃんと、隅々まできれいきれいしないと」


「ヒッ!?」



 おれは返すように笑みを浮かべ、湯から立ち上がり湯槽を跨いで洗い場へと移る。

 広々とした洗い場の壁に掛けられた大きな鏡は、その左右にオープンな収納棚が造作されており……そのうちのひとつ、メラミンのスープカップに立てられたにおれが右手を伸ばすと、左手に握った小さな身体がびくりと震える。



「あ、あの……の、のわ…………ねぇ、待っ」


「ラニもこの角度なら……鏡、よーく見えるよね」


「ね、ねえ! ノワ待って? ねぇまって! ごめん! 謝るから!」


「大丈夫大丈夫。ちゃんと弱酸性ビ○レだから。もちもちすべすべの赤ちゃん肌に磨き上げたげるから」


「ちょヤぁっ! 冷た……あっ待って! あヒャふぅっ! ヤははひゃっ! やっ、そえだめっ! あヒャはヒゅっ、あっ! そえ、はっ……ごくぼそはっ、極細毛はだえぇっ!! あヒャふきゅッ、ヒャゎっ、……ふャぁぁぁ!!」




 どれだけ大きな声を上げても……近所に家屋の無い山林であれば、他者様に迷惑をかけることは無い。

 大衆向けのユニットバスとはひと味違うこのお風呂場であれば、そもそも密閉性と遮音性は非常に高い。


 引っ越し二日目の夜、ゆったり優雅なバスタイム。

 小さくて可愛らしくて、おまけにとてもスケベな妖精さんは……可愛らしい身体を可愛らしく何度も痙攣させながら、おれのてのひらの上でその身体を磨き上げられていった。



 同性どうしの身体洗いっこだから、極めて健全。



 …………いいね?


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