第166話 【披露配信】ようこそわが局へ!!



 日本人と欧米人、両者はどちらも同じ人類ではあるのだが……その感受性というか感情の表現方法は、あらゆる点において対照的だ。……と思う。


 自らの中で感情を処理しようとする日本人に対し、欧米人は積極的に感情を表に出して共有しようとする。……ように思う。

 おれが印象的に記憶しているのは……世界的に人気が高い、特撮怪獣映画シリーズのうちの一作。世界の命運をも左右する最終作戦で勝利を納めた際の、勝利を収めた日本人陣営のリアクションだ。

 雄叫びを上げるでもなく、誰彼構わず抱擁を繰り返すでもなく……ただぎゅっと瞳を閉じ、拳を握り締め、歓喜にその身を震わせていたのだ。

 これの舞台がもし欧米だったら、作戦指令室の中は歓喜と叫び声と拍手と書類とが盛大に飛び交っていたことだろう。



 そんな特撮映画の演出と、今回のケースが関係あるのかどうかはわからないが……奇しくも現在のコメント欄は、だいたいそんな感じだった。




「おっ…………お初に、お目に掛かりまする。わたくし、魔法情報局『のわめでぃあ』新人れぽーたー……名を『霧衣きりえ』と申しまする」



 非常に控えめに物静かに、それでいてしっかりと通る声で告げられた、和服白髪狗耳美少女霧衣きりえちゃんの自己紹介。おれが通訳し終えるのを待つまでもなく、コメント欄は膨大な量の英文感嘆詞で埋め尽くされていった。

 いっぽう我らが日本人視聴者さんたちは……あれ、普通にコメントしてくれてますね。


 まあ……とはいっても、



『は?』『うそ』『は???』『すこ』『やばい』『みみ』『まじかよ』『かわいい』『すこ……』『けもみみ』『ぺろぺろ』



 などなどなど……お世辞にも知能指数が高いとは言いがたいコメントだったが、おそらくは深く考えずに反射的にキーをタイプした形なのだろう。それだけ彼らの素直な気持ちが伝わってくる。


 ……そっか、顔は真顔のまま『クッソワロタwwww』とかタイプするの得意だもんな。言葉は出ずともコメントは別か。




「みっ……右も左もわからぬ、未熟者の身にございますが……若芽様と様々なことに挑戦し、色々と学ばせて戴きたく存じまする」


「かっわいいでしょ! どーよ視聴者諸君! かっわいいだろぉ! キリエちゃんかわいいって言って!!」



『きりえちゃんかわいい!』『かわいいい!!』『かわいいよ!!』『KAWAII!!!』『so cute』『和服かわいい』『みみかわいい!!!』『かわいい!!!!』『みみしゃぶりて』



 ラニによって盛大に煽られ、コメント欄を埋め尽くす『カワイイ』の波。その直撃を受けた霧衣きりえちゃんは、頬を朱に染め救いを求めるようにおれを見ながらも……その口元はまんざらでもなさそうに、ゆるやかな弧を描いていた。

 あー……まじでかわいい。



「こちらの霧衣きりえちゃんはですね……わたしたちの活動を支援してくださっている、さる名家のお嬢様でして。ちょっと箱入りすぎて世間知らずなところもあるので、ご当主さまから『色々なことを経験させてやってほしい』とお預かりした、というせって……あっ」


「あっ」「えっ?」


「せって、せって……ぃんぐ、の上で……セッティングの上で! 我々がお預かりしたお嬢さんなんですね!!」


「ねぇノワ、いまヤりました? またヤっちゃいました?」


「あーあー。Well, you know what? She is a young lady from a prestigious family, so――」


「あからさまに誤魔化してるねぇー? 審議だよ審議ー!!」



『おっしおき!!おっしおき!!』『設定て』『お漏らしはいけませんわ』『わかめちゃ……おもらししちゃったか……』『これはおしおきが必要でしてよ』『白谷さんヤっておしまいなさい』『ヤっちゃいなさい』『設定って言ったぞ今』『設定かー』『ママ……おしおきされてママ……』



 欲望が溢れるコメント欄に若干ヒきながら……しかしなかなかいいが出来たのではないかと、内心ほっと胸を撫で下ろす。

 というのも、これはほかでもないフツノさま直々のだった。義務では無いが『出来ることなら軽くアピールしておいてほしい』程度の、非常に軽いもの。

 なんでも、神使の特徴を持つ娘をおれのもとで働かせ、その娘の出自が『やんごとなき一族』であると匂わせることで……要するに、また他の神様にマウント取ろうとしているのだろう。

 ……しかし、そんなに影響力あるのかねえ、おれって。




「じゃあ民主主義にのっとり、ノワには後日視聴者さんの総意に従ってもらおうかね。内容は後日SNSつぶやいたーでアンケート取るから、ノワを苛めたい視聴者諸君は見逃さないようにね」


「…………は? ちょっ……ちょっと、白谷さん!? わたし聞いてないんだけど!? ねえ!?」


「言ってないからねぇ。でもほら、視聴者さんみんな喜んでるよ。視聴者さんの声は大事だいじにしないとね、視聴者さんあっての放送局だもんね。ほらキリちゃん、ノワのかっこいいとこ見ててあげて」


「わ、若芽様! さすがでございまする!」


「ぅぅぅぅぉのれシラタニよ! たばかりおったか!!」


「ふひひ」



 あンの……あのぷにあ○イタズラ妖精め!!

 おれを辱しめたいがためにこの場を利用して……視聴者さんを抱き込んで、わかめちゃんおれお仕置きイタズラするための既成事実を作りやがった!!



 ……などとまあ、ラニに乗っかって怒ったフリをしてみたものの、おれは根底のところでやっぱり彼女を信頼している。

 事実として、前回の突発配信(わっかのゲーム・リベンジ編)……彼女のとやらに乗っかった結果、本日一万七千人ものチャンネル登録者を得ることができたのだ。悔しいが……視聴者さんたちの求めるものを、彼女はよーくわかっている。


 それに……おれが本気で嫌がることや、公序良俗に反するようなことはしない(ハズ)。そのあたりをちゃーんと弁えてくれている(ハズな)ので、おれも安心して流されることができるのだ。



「もぉー……しょうがないなぁラニちゃんは。……まぁ新しい仲間の霧衣きりえちゃんに免じて、今回のところはおとなしく受けてあげるよ」


「ッシャァ!! ナイスゥ!!」



『やったぜ!!』『ナイスゥ!!』『これは上手い』『ラニちゃんよくやった』『1000ならぱんつ解禁』『おっしおき!おっしおき!』『つぶやいたー張っとけ張っとけ』『おしおきやった!!!』『絶対ぇ見逃すなよ!!』




 ま、まぁ……せっかくのお祝いの日だ。多少ハメを外すのは、大目に見ようじゃないか。


 この後は新メンバーの霧衣きりえちゃんを交え、ちょっとしたレクリエーションを予定している。せっかくの楽しげな流れに水を差すのは、それはさすがに粋じゃない。

 コメント欄も喜んでくれているようだし……まぁいいか。





 …………などと余裕ぶっこいていたこの日のことを、おれは後日盛大に後悔することとなるのだが……このときは当然そんなことなど知るよしもなかった。


 やっぱりイタズラ妖精は油断ならねえってことだな!!!


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