第163話 【準備段階】ごめんなさいしろオラッ



 幸い、というかなんというか……あやうく勘違いされるところだった霧衣きりえちゃんの認識を矯正した上で、現代日本で他人に下着を晒す必要なんて無いのだということを理解してもらうことができた。


 そのついでと言ってはなんだが……霧衣きりえちゃんルームのおふとんも、ばっちり準備万端だ。可愛らしい桜柄のカバーを被せ終え、モリアキとラニが組み立ててくれた和風ベッドの上に置いて……これで今晩、寝苦しい思いをさせることも無いだろう。

 それどころか、やっと彼女に与えることができたプライベートな空間である。おれたちの視線と影を気にすること無く、存分に羽を伸ばしてほしい。




「よーし。いい感じのお部屋できたね、霧衣きりえちゃん」


「……本当に……有り難うございまする」


「なんのなんの。わが社は福利厚生に力を入れていますので」


「ふふっ。……では、わたくしも誠心誠意お勤めさせていただきまする」




 霧衣きりえちゃんのお披露目配信は……ちょっと急だが、明日月曜日の夜で予定している。

 定例配信(にしたいと思っている)金曜の夜まで待とうかとも思ったのだが、今日の突発撮影を経たことであっさりと気持ちが変わった。

 ……とはいっても、決しておれが優柔不断というわけではないのだ。ちゃーんと理由あってのことなので、まずはそこを釈明させて頂きたい。


 まずは何よりも、この霧衣きりえちゃんの可愛さを一刻でも早く多くの視聴者さんに自慢……もとい、お披露目してあげたいというのがひとつ。

 この子の純真さと可愛らしさはまさに国宝級(※個人的見解です)である。このまま埋もれさせるなんてとんでもない。彼女のような美少女のKAWAIIを愛でるだけでリラックス効果と健康増進が期待でき、寿命が何年か延びるという研究データもあるのだ(※ありません)。


 そして……もうひとつの理由なのだが、こっちは正直言っておれの見込みが甘かったと言わざるを得ない。

 というのも、つい先ほどモール内の喫茶店で撮影させて頂いたとき……そのとき周囲の席でティータイムを楽しんでいたお客様方が、おれたちの写真をSNSつぶやいたー上に掲載していたらしい。


 他でもないおれ自身が『この身体の外見的特徴が『のわめでぃあ』の宣伝にそのまま繋がるのだ!』などと口走っていたのだ。奇しくも昨日モリアキに説明した通りの宣伝効果が、今まさに発揮されてしまっているという状況である。

 さっきの喫茶店で撮られた写真が拡散し、それに触発されて先日のサービスエリアでの写真もじわじわと掘り起こされてきているらしく……現在おれのSNSつぶやいたーには『あの和服美少女は誰ですか!?』『のわちゃんのお姉ちゃんですか!?』『お披露目はいつですか!?』などといったお問い合わせが多数寄せられているのだ。


 とはいえ、現在はお引越し作業の真っ最中である。今日中にはある程度『住める』ようにしておきたいので、今晩生配信を行うことはさすがに不可能だ。ちょっとキャパシティが足りない。

 なので諸々のお問い合わせに対し『明日の夜に配信を行います。重要な発表があります』といった旨を、おれのSNSつぶやいたーで発信させてもらうに留まったわけだ。丸一日あれば生活に必要な部分は何とかなるだろうし、空いている部屋は後回しでもいい。




「だからまぁ、今日のところは……あとおれたちの部屋を仕上げて完成かな?」


「承知いたしました。がんばりましょうね、若芽様!」


「ンウウウウがんばりゅうううう」



 慈愛の微笑みで元気づけてくれる霧衣きりえちゃんにデレッデレの笑みを浮かべながら、廊下を進んでおうちの西側へ。

 二階の廊下は玄関ホール上の吹き抜けをぐるりと回るように通っており、個室は霧衣きりえちゃんの和室を含めて三部屋存在する。

 進行方向左手のドアは、新たな収録スタジオ兼作業スペースとなる十畳の洋室。そして正面突き当りのドアが主寝室……つまりは、おれとラニの部屋となる。





「白谷さんスマセン『④の板』と『⑧の板』お願いします」


「おっけー。さすがにボクもそろそろ解ってきたよ。ココでしょ? はい『ネジ』これね」


「おぉスゲー……飲み込み早いっすよ白谷さん。ありがとっす」


「なんのなんの。なにせココに絵を描いてくれてるからね、よく考えられてる。……それに、モリアキ氏の手捌きを間近で見てたからね。おかげでなんとなーく理解できるよ」


「いやいや、やっぱ白谷さんの順応性の高さがですね」


「いやいやいや、モリアキ氏の手際の良さあってこそで」


「いやいやいやいや」


「いやいやいやいやいや」


「だァまらっしゃァァい!!!!」


「「ワォーーーー!!!?」



 お互いに謙遜し合って無限ループに突入していた二人を止めるべく、おれはドアを開け放って部屋へと突入する。

 しかしながら……タイミングと勢いが悪かったのだろう。宙にふわふわ浮かべられていた部材がラニの魔法制御を失い落下し、ネジ締め前の仮組みだったフレームが部材の一つに直撃を受け、けたたましい音を立てて崩れていく。




「「………………」」


「…………ごめん、なさい」


「チクショウ可愛いんだよオラァ!!」


「涙目で上目遣い反則だろオラァ!!」


「ヒィッ!!? ゆ、ゆるして! おれも手伝うから! がんばるから!!」


「「当たり前だよなぁ!!?」」


「ヒィィィッ!! ごめんなさいごめんなさい!!」



 あのすみません、本当すみません。悔い改めるのでそのあたりにして頂けると。

 いやほら……おれはべつにいいんだけど、こっちには美少女がいるから。お嬢様がいるから。情操教育に悪影響の可能性あるから、ね。


 まぁ、なんというか……もともとお手伝いするつもりでしたので、そこんトコどうか大目に見てください。



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