第162話 【準備段階】環境汚染は避けるべき



 随分と低くなった太陽は、どうやら既に山の向こう側へ沈んでしまったらしい。

 暗くなった手元を照らすために照明のスイッチを入れ、オレは再び作業へと取りかかる。




「白谷さんスマセン、『長いネジ』四本お願いします」


「えーっと、『長いネジ』『長いネジ』……これだね、はい」


「あざます。……あとゴメンナサイ、『⑥の板』もお願いします。……いけます?」


「よゆーだよ。我は紡ぐメイプライグス浮遊シュイルベ】。ほいパース」


「ヒョエエ、すごい光景っすね……取れました。ありがとうございます」




 板を組み合わせて固定し、右手に握りしめたドライバーで、ビス穴へと『長いネジ』を捩じ込んでいく。

 接着剤と四本のネジで板を固定し終え、組み立て説明図通りの形状に大きな箱が立ち上がったことに、とりあえず安堵の吐息が溢れる。

 見た目に反して重みを感じさせない大型家具を持ち上げて壁際に配置し、組み立ててあった引き出しを開口部に納めていく。


 厚みのある集成材で組み上がったは、段々に重なった形状が見た目にも楽しい『箱階段』……の形をした収納家具。

 明度と彩度を抑え目にしたシックな色使いは空間を引き締め、落ち着いた畳の間の雰囲気をより一層引き立てるアイテムといえそうだ。もちろん、収納家具としての性能も申し分ない。

 和室によく見られる大きな衣装箪笥ほどの圧迫感は無いが、それでもなかなかの大きさがあり、組み立てには難儀するかとも思ったが……『部材の重みを打ち消す魔法』や『手の疲労をかき消す魔法』を使いこなすの助力を得、非常にハイペースで作業を進めることができた。



「家具はこんなもんっすかね? あとお布団は……オレがカバー掛けちゃって良いんすか? おっさんっすよオレ。年頃の女の子の寝床にちょっかい出すのは気が引けるっていうか」


「キリちゃんはそんなの気にしないから大丈夫だと思うけどなぁ……まあ、気が引けるなら手出さなくて大丈夫でしょ。ここまででも充分すぎるほど働いてくれてるよ」


「へへ……恐縮っす」



 買い込んだインテリア品をそれぞれの個室に収め、梱包を解いて敷物を敷いて家具を組み立てて……とりあえずやっと和室が仕上がりつつあった。

 収納つきのタタミベッドと、行灯あんどん型フロアランプと、箱階段型衣装箪笥と、おしゃれな意匠のオープンラック。男手の要りそうな品々は組み立て終わったので、とりあえずは大丈夫なのではないだろうか。

 布団の開封に関しては……要らぬ心配だとは思うけど、やっぱり本人にお任せしようと思う。


 ……というわけで、一部屋目はこれにて作業完了。

 つづいて二部屋目に取りかかろうかと廊下に出たところで……階段ホールからドタドタとはしたない足音が響き、小さな人影が駆け上がってきた。





 ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※





「ぅああモリアキごっめん!! 遅くなった!!」


「気にしないで下さい。白谷さんのお陰でめっちゃラクチンでしたんで」


「ぅわぅー、ラニもごめんね、ありがとう」


「なんのなんの。ボクも興味深かったよ。……家具があんな速さで、次々組み上がるなんてね。本当にこの世界の人々は頭が良い」



 新居のダイニングスペース……モリアキに手伝ってもらって組み上げたダイニングテーブルにて、温め直した『むぎた特製ピザ』を霧衣きりえちゃんにお見舞いする映像を撮っている間。

 モリアキは『ただ待ってるのもアレですんで』と、なんと購入した家具の組み立てを申し出てくれたのだ。


 なるべく早く撮影を切り上げて手伝いに入ろうと思っていたのだが……とろっとろのチーズにヤられた霧衣きりえちゃんは予想を遥かに上回るヤバさだった。そしてそれを間近で浴びていたおれの理性がものすごい速度で異常をきたした結果……想定していた以上に悲惨な進捗ペースとなってしまったわけだ。



 クロージングヴィーヤ!まで撮り終えて霧衣きりえちゃんとゴミを片付けて手を洗って、おれたちがやっと駆けつけたときには……なんと、まるまる一部屋分の家具組み立てを押し付けてしまった形となっていた。




「いや、白谷さんのアシストりょくがヤバイんすよ。浮かせる魔法のおかげで重い部材も楽々ですし、手だって全然疲れませんし。白谷さんサマサマっす」


「ま、まじで!? すごい! ラニちゃんすごい!」


「さすがでございます! 白谷様!!」


「えへへ。いやぁー……ンヘヘ」




 でれっでれの可愛い笑顔を振り撒く、われらが万能アシスタント妖精さん。彼女の助けが得られるからこそ、本来ならば数日がかりのお引っ越しを一日二日で完了させることが出来るのだ。

 本当に……彼女には頭が上がらない。



「じゃああとはおれの部屋だけか。……よし。今からおれもちゃんと働くから、早いとこ終わらせちゃおう」


「それなんすけど先輩、まず霧衣きりえちゃんのお布団出したって下さい。ベッドは組み立てたんすけど、布団はまだなんすよ。……先に大物だけ片付けちまおうと思ってて」


「あぅえ、そうなん? ……ん、わかった。よしじゃあ……霧衣きりえちゃんおいで! こっちが霧衣きりえちゃんのお部屋よ!!」


「わ、わ、わ、わっ、わたっ、わっ…………わたっ、くしの……おへや……」


「おぉー! 家具めっちゃ良い感じ……いやぁモリアキとラニちゃんさまさまだわ……」


「フヘヘッ。……じゃあ、そっちお願いします。オレ達は先輩の部屋の家具組んでますんで」


「ありがとモリアキ。お礼に後でパンツ見て良いよ」


「久しぶりにソレ来ましたねェ!!?」



 勝手知ったる間柄、というやつなのだろうか。口では驚いたようなことを言いつつも、彼の表情はどちらかというと『まーた言ってるよコイツ』といった感じだ。

 もちろんおれも冗談半分ではあるのだが……いやしかし、もし彼が希望するなら、下着を晒すくらいは吝かではないとも思っている。たかが下着、着衣の一部なのだ。露出度で言えば水着と大して変わらない。……まぁ、この身体で水着着たことなんて無いんだが。




「…………わかめ、さま」


「え? どしたの霧衣きりえちゃん」


「…………わ」


「……………………わ?」




 要するに……おれたちにとっては取るに足らない、いつものジョークだったのだが。


 新しい家族となった、生粋の美少女にして箱入りのお嬢様にとっては……少々刺激的だったらしい。




「わたくしも、皆様に…………その、っ……下着を、見せ」


「ごめんね!! 見せなくていい!! 見せないで良いから!! だから安心して!!」




 この子の健やかな教育のため……どうやらおれも、立ち振舞いを気を付けなければならないだろう。

 モリアキへのセクハラも、控えた方が良さそうだ。



 …………はい。スミマセン。


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