第164話 【準備完了】キャパシティ増やしティ



 なんだかんだで全ての家具を組み立て終え、新生活のための準備は(とりあえず)一通りの完了を見ることとなった。

 霧衣きりえちゃんの和室と、おれとラニの主寝室……そしてキッチンの冷蔵庫と、ダイニングテーブルセット。一気に揃えたので出費もそれ相応のものだったが、それでも常識的に考えるよりかは時間も費用も手間も少なくて済んだ形となる。


 なんといっても……この物件の存在を初めて知り、下見に訪れたのは、ほんの昨日。ラニの超べんり魔法とモリアキの超おたすけ技術の合わせ技によって、驚いたことにわずか一日で拠点移行を完了してしまったのだ。



 ……というわけで。

 当面の懸念事項を解決したおれたちは、意気揚々と徒歩十分の温泉街へと繰り出した。引っ越し祝い……というほど大仰な席ではないが、モリアキを巻き込み楽しい楽しい夕餉の席を設けた次第である。

 足を運んだのは、昨日の(ちょっと遅めの)お昼でお世話になった『あまごや』さん。今日は逆に少し遅い時間になってしまったせいか、店内に他のお客さんは見られなかった。……大丈夫なんだろうか。




「まぁ、何はともあれ。今日一日、お疲れ様でした!」


「おつかれっす!!」(お疲れ様ー)

「お疲れ様でございまする」



 今晩のメニューは、無難に牛肉そば。いわば『引っ越しそば』である。

 元々の由来としてはご近所さんに『に越して来ました』『お付き合いをお願い致します』といった意味を込めて配るものだったらしいが、現代ではどうやら『新居で自分たちがそばを食べる』といったイメージのほうが強いらしい。

 ……まぁ、おれらに至っては『新居』でさえ無いわけで。……良いんだよこういうのは。そば食べたって事実が欲しいだけだ。


 しかしながら、実際にメニューのお写真が美味しそうだったので期待はしていたけど……これはべつに引っ越し祝いうんぬんじゃなくても、普段から普通に注文したくなる品だ。割下で煮込まれた牛肉が出汁の風味豊かなかけそばの上にたっぷりと載っかっており、なかなかに食べごたえがありそうな一品。

 中途半端な時間に『むぎた特製ピザ』を頂いてしまったおれと霧衣きりえちゃんは……お店のひとには申し訳ないが、二人で一人前にさせてもらった。




「……ほれめそれで? ングッ。……話って何すか?」


はらひはなし? ………………んムあぁ、そう! えっと、とりあえず今後の予定立てたのの意見聞きたいのと、企業案件らしき問い合わせが一件あって」


「ほえ……マジすか!? ユースクYouScreen介しての問い合わせってことすか?」


「たぶんそう。プロフィール概要欄からの問い合わせみたい。……企業様向けフォーム設定しといて良かったわ」



 温かいお蕎麦をすすりながら、はしたなくない程度におれは情報を共有する。

 それに伴い現在の懸念事項……案件は是非とも受けたいけど、今後配信と動画撮影と編集と公開を全並行していくには少々キャパシティ的な不安が拭いきれないこと、優先順位をつけるとしたら何を優先すべきなのか……などなど、第三者視点で業界を俯瞰できる彼に助言を求める。



 ぶっちゃけ……ライブ配信のみに特化すれば、楽には楽なのだ。

 事実――ごく初期の黎明期を除いて――仮想配信者URキャスターのうち何割かの方々は動画そのものの投稿をほとんど行わず、代わりに連日のようにライブ配信を行うことでコンテンツを提供している。配信終了後にアーカイブとして保存し、それを『投稿動画』として公開している形だ。

 そういったライブ配信を得意とする配信者を、一部では『キャスター』ではなく『ライバー』と呼称したりもしている。


 ひとくちに『ライブ配信』といっても内容はそれこそ多岐に渡り……ひとつのゲームを極めるためにとことんやり込んでみたり、質問箱やSNSつぶやいたーを駆使してお喋りに興じてみたり、超高性能なマイクを用いたバイノーラル音声を武器にしてみたりと様々である。

 それらを提供し続けることが『楽である』などと言うつもりは、断じて無い。無いのだが……仮にライブ配信のみに専念できるのだとしたら、少なくとも映像を撮影するために取材に出掛けたり、映像を切った貼ったして動画へと編集する手間だったり……そういったものを省けるのは事実だろう。




「おれも……ライブ配信のみに絞った方が良いんかな……」


「いやぁー……難しいとこっすけど、切り捨てるのも勿体無いと思うんすよ。あの『えちちモーニング』とか海外ニキネキに大人気じゃないっすか。『ソゥキュートフェアリーガール』とか『ジャパニーズフォレストフェアリー』とかって話題っすよ」


「は!? 何そのこっずかしい呼び名!?」


「まぁソコは置いといて。実際企画動画シリーズもなかなかに需要が高いので、続けたほうが良いんじゃないかとは思います。……『放送局』っつってるわけですし」


「置いといて、って……まぁ、確かに生放送ばっかじゃ『放送局』自称するのに力不足だよなぁ」


「しかし仮にこれから案件ガッポガッポで忙しくなってくると、逆に生配信できる余裕が無くなりそう……っていうことっすよね」


「ガッポガッポて……いやまあ、そういうことなんだけどさ」


「うーん…………先輩がもう一人居れば良いんすけどね」


「ははっ。何言ってんのさ」



 まあ確かに……おれがもう一人いてくれるなら、色々と楽になることだろう。

 本業である配信者キャスター活動と副業である『スプラウト』駆逐との役割分担だってできるし、それ以外にも仕事と趣味の両立だって充分可能だ。


 だが、そんなことはもちろん有り得ない。不可能だ。絵に描いた餅を求めて口を開けっぱなしで居られるほど、おれは暇じゃない。

 特に……これからは。




「それで、聞く限りではめっちゃ面白そうではあるんすけど……どうするんすか?」


「とりあえずは話だけでも聞いてみよっかなって。面白そうだし。それでモリアキ、お願いがあるんだけど……」


「同席っすか? いいっすよ別に。面白そうですし」


「アアーーありがとう!! 好き!!」


「気安く『好き』とか言うんじゃありませんこの悪女!!」


(はいはいおアツいことで)


「はふ、はふ。熱々で……美味しうございます」




 新しい拠点と、新しい案件と……ここまで期待を寄せられたのに『発展しない』なんて、有り得ない。

 おれ自身のキャパシティにも、そりゃ上限はあるだろうけど……上限に達したこともないのに弱音を吐くのは、それはやっぱり違うだろう。

 とりあえずは行けるところまで、持てるところまで抱えてみよう。心強い仲間がついてるんだ。


 より一層の発展と健勝を願った晩御飯はとても美味しく……そして、とても暖かかった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る