第158話 【突発撮影】美少女はかわいい



 喫茶店とは文字通り、茶を喫するのむ店である。


 浪越市およびこの近郊を除く一般的なイメージでいえば……ちょっとした待ち合わせや時間潰しや小休憩で利用するための、コーヒーや西洋茶などを嗜むお洒落なお店、といったところだろう。

 ネット辞書なんかには『飲み物をはじめ菓子・果物・軽食を客に供する飲食店のこと』といった感じで定義付けられている。


 ここにあるように食事のメニューを揃えているところもあるが、その場合でも『ガッツリ食べる』というよりかは『小腹を満たす』程度の……どちらかといえば軽食で括れるジャンルのことが多い。………と思う。

 とはいっても、昼メシどきにはお得なランチセットを掲げてアピールしてみたり、デカ盛りグルメを名物にしてみたりと……要するに、そのお店独自の個性をそれぞれ出しているわけであって。



 そんな中で、今回われわれがお邪魔しました『むぎた珈琲』。

 こちらのお店の『個性』としておれが推しているのは……ずばり『軽くない軽食』である。




「わ……わかめ、さま…………これ……」


「……うん。アッ、えっと……はい。……いざ目の当たりにしますと……さすがに圧巻ですね」


(ねぇこれ写真と違わない? こんなサイズだったっけ?)



 ご注文のお品は、全部で四品。おれの大好物にして喫茶店フードの大定番『タマゴサンド』にはじまり、こちらも定番で老若男女に好かれる洋風から揚げ『からチキ』、チェーン店とは思えぬコクのある味と食べごたえの『むぎたグラタン』、シンプルながらも間違いないウマさでコスパも高い『特製ピザ』。

 それら四品はどれもメニューブックに写真共々載っていたのだが……いざ届けられたそれら実物の品々は、やっぱり何度見ても写真と比べて違和感がある。


 ……デカいのだ。お皿からして、デカいのだ。

 女性であればほぼほぼ間違いなく、一品目のタマゴサンドだけで満足してしまうであろう。それくらい一品一品のボリュームがすごい。

 ぶっちゃけてしまおう。これ全部食べきるのは無理。それくらい量がある。


 本当はイチオシのデザートもあるんだけど……そもそもこの物量に勝てないことが確定してるので、尻込みしてしまった。

 日和ヒヨったか木乃若芽。情けないぞ木乃若芽。……視聴者さんにも怒られそうだけど、そのときは開き直ってリベンジするとしよう。




「……はい! こちら注文した品が届きました! では早速……キリちゃん! 覚悟は良いですか!?」


「はひっ!? えっ、えっと、えっと…………おっ、お手柔らかに……」


「ははははは」



 慈悲を求める霧衣きりえちゃんの視線からあえて目線を外し、一品目のタマゴサンドをずずいっと押し付ける。

 おっかなびっくり手を伸ばし、食パンのふわっふわな感触に驚きながら、両手で掴んでお上品にお口へと運んでいく。


 特製のタマゴペーストがたっぷり挟まったこちらの品……パンのふわっふわ感とレタスのシャッキシャキ感、厚めに切った胡瓜の歯応えと相まって、まさに五感で楽しめる逸品となっている。

 マヨネーズの酸味と旨味にタマゴペーストの仄かな甘味も加わり、後から後から食べたくなる飽きの来ない味に仕上がっているのだ。


 ……というようなことを、目を細めた霧衣きりえちゃんが料理を堪能している間、おれの口から説明していく。

 頬を染めてわずかに口角を上げ、もきゅもきゅと幸せそうに咀嚼している様子を見せられては……幸せそうな彼女のひとときを邪魔するのも憚られる。

 いや……まじで幸せそうな顔するんですよこの子。




「んふふ……もうひと切れ食べていいよ。おいしい?」


「……たいへん……これまた大変に、美味にございまする」


「えへへ。よかった。わたしの好物なんですよ、これ」


「で、では若芽様、その…………一緒に、いかがでしょう……か?」


「じゃじゃじゃ、じゃあせっかくだし……いただこうかな!」


「ふふふっ。……はいっ!」


(ハイハイおアツいことで。ごちそうさま)




 二切れ目に手を伸ばす霧衣きりえちゃんに促され、おれもタマゴサンドをひと切れ手に取る。テーブル上に置いたカメラに向かって『いただきます』と断りを入れ……大きく口を開けて、がぶり。

 ふわっパリッザクッとした食感を楽しみながら、可能な限り上品に咀嚼し……そして嚥下する。そのまま続けて二口目を『がぶり』……久しぶりとなる好物に幸せを感じながら、欲望のままにがっついていく。


 あっという間におれが一切れを食べきったとき……お隣の霧衣きりえちゃんは、まだ半分くらいだった。

 小動物のように『ぱくり』と噛みつき、ほんのり瞼を閉じながらもきゅもきゅと堪能しているその様子たるや……うん、おれには到底敵わないや。なんだこのかわいい生きもの。反則かよ。



「……? ……!? はう、な、なんでございましょう!?」


「いやぁー……ンヘヘ。なんでもないよフヒッ。……あ、じゃあこっちもどう? サンドイッチと交互に食べてごらん」


「これは……唐揚からあげ、にございますか? 小さくて可愛らしい……」


(おまえのほうが可愛いよ!!!)


「それな……ッ!? とぉ…………そう、とりの唐揚げみたいなの。やわらかくてジューシーで、ひとくちサイズだから食べやすいよ? はいフォーク」


「で、では…………頂きます」



 フォークであれば左手でサンドイッチを持ちながら食えるだろう、などとさも当然のように考えていたおれに対し……霧衣きりえちゃんが取った行動は、おれの予想を遥かに上回るお上品さだった。

 なんと霧衣きりえちゃんは、食べかけのサンドイッチをお皿にちょこんと置き直してから……なんだあれ、和服の胸元からハンカチのような……半紙のようなペラい物体を取り出したのだ。

 何ぞ何ぞと目を見開くおれの眼前、彼女は二つ折りにされているぺらぺらを左てのひらに乗せると、今度はおれが渡したフォークを右手で持ち……あぁ、取り皿代わりってことか。


 そういえば……いわゆる『手皿』は厳密にいうとマナー違反、フォーマルな場だとよろしくないとか聞いたような気もするけど……なるほど、こうするのが正解なのか。いやまじお上品。


 ……などとおれ(とラニ)が凝視しつつも感心している中、霧衣きりえちゃんは小さなお口を大きく開けて『からチキ』を頬張る。



 そこからは……うん、めっちゃ幸せそうな食べっぷりですわ。




(……ねぇ、ラニ)


(なぁにノワ)


(…………かわいい女の子って………かわいいね)


(わかる)



 物欲しそうな目の霧衣きりえちゃんに、おれは笑顔で『からチキ』のお皿を勧める。

 あからさまに『ぱぁっ』と明るい顔になったかと思うと喜色満面でフォークを伸ばし……ひとつ、またひとつと『からチキ』が消えていく。

 どうやら……大変お気に召したらしい。



(……そういえば、マガラさんも鶏肉めっちゃ凝視してたもんね。狼属性みたいだし。……やっぱみんな鶏肉好きなのかな)


(かもね。あぁーいい笑顔……ノワちゃんと映像おさえてるよね? これくっそ可愛いぞ)


(心配すんなって。バッチリ完璧だぜ相棒)


(オーケーさすがだぜ相棒)




 にっこにこの笑顔でお口をモニュモニュする霧衣きりえちゃんと、それを眺めてニッコニコの笑顔になるおれ(たち)。


 あとになって気づいたことだが……どうやら目の届く範囲のお客さんと店員さんの視線を、見事に総ざらいしていたらしかった。



 やっぱ……霧衣きりえちゃんの美少女っぷりが半端無いんだなぁって。



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