第157話 【突発撮影】秘めたる力




 まず運ばれてきたのは……飲みものが二品。バニラシェイクとバナナミルクだ。

 どちらも見た目が似ていて『バ』から始まるが、これはただの偶然だ。……もっと鮮やかな色のドリンクにすればよかったかもしれない。ミックスジュースとか。


 まあ今回のところは大目に見よう。実際この二品、どちらも美味しいことは疑い無いし……きっと霧衣きりえちゃんもいいリアクションを取ってくれることだろう。




「ありがとうございます。……ということで、まずはドリンクですね。こちらが『バニラシェイク』、こないだのソフトクリームを飲みものにしたようなやつで……こっちが『バナナミルク』、バナナっていう南国の果物を潰してミルクと混ぜたもの……ですね」


「……いいにおい…………で……ございます」


「んふふ。どっちも甘くて美味しいから、きっと好きになると思うよ。……どっちから行ってみる?」


「ええ、と…………では、こちらで……」




 霧衣きりえちゃんがおずおずと手を伸ばしたのは、全くの未体験領域であろうバナナミルク。これはあまくておいしいやつ。

 バニラシェイクは冷え冷えだと飲みにくかったり頭痛かったりするので、この選択は正しいと思う。霧衣きりえちゃん本人がこのことを考えていたかどうかまではわからないが。


 ストローの紙包装を破いて特徴的なグラスに刺し、心なしか目を輝かせ注視している霧衣きりえちゃんの前へずずいっと持っていく。硬直する彼女にストローの使い方を身振り手振りで教え、おれは歴史的瞬間を目に焼き付けるべく息を潜めて集中する。


 形の良い鼻をすんすんと鳴らし、おそるおそるといった様子でストローを咥え、おっかなびっくり吸引し……甘くて滑らかなバナナミルクが、ついに彼女の口内へと到達する。



「…………!!」


((かっわええ……))



 両手でグラスをお行儀よく持ったままお目目を大きく開き、未知の感覚を堪能する霧衣きりえちゃん。

 白い喉がこくんこくんと動き、目元はいつしか満足げに細められ……感想を聞くまでもなく、その顔はたいへんご満悦の様子。


 やがて……そう小さくはないグラスの、三分の一ほどを一気に飲んでしまってからだろうか。

 彼女は名残惜しげにストローから口を離し、舌を小さく出して『ぺろり』と唇をひと舐め。潤んだ瞳で虚空を見つめ、ほんのりと頬を紅潮させて『ほぅっ』と熱い吐息をこぼす。……あっ、このはやばいぞ。



「お顔を見る限り、聞くまでもなさそうですが……どうでした? 霧衣きりえちゃん。初めてのバナナ味は?」


「…………とっても、香り高くて……甘くて……滑らかで。……これが『ばなな』のお味……なのですか」


「ふふふ……今度バナナ買ってこよっか。バナナミルクもおしいけど、単品でも甘くて美味しいよ」


「ほふ……それは楽しみにございまする。…………たいへん、大変美味にございました」


「あれっ、もういいの?」



 霧衣きりえちゃんは満足げに微笑むと、飲みかけのバナナミルクをおれへと手渡してくる。

 グラスにはまだ半分以上残っているのだが……もういらないんだろうか。



「えっと………………若芽様、にも…………味わって、いただきたく……」


「…………Oh……」


(あー……ごちそうさま)


「うん…………うん……ごちそうさま。…………じゃあ霧衣きりえちゃんには次こっち、『バニラシェイク』。はいどうぞ。冷たいから勢いよく飲まないようにね?」



 おいしいものはみんなで共有する……そんな心配りが自然とできている、心優しい霧衣きりえちゃん。……きっと保護者さんの育て方が良かったのだろう。

 どことなく恥じらいながら、しかし幸せそうに『おすそわけ』されてしまっては……女の子耐性の低いおれには抵抗なんてできるわけもなかった。恐ろしい子。


 しかしながら、おれだってただでは死なない。カメラが回っている間は『局長』なのだ、瀕死の『おれ』をカバーするように『わたし』は見事機転を利かせ、二品目を霧衣きりえちゃんに勧めることに成功する。

 なんでもないことのように進行しているが、現在進行形で『おれ』の理性は陥落寸前である。


 そんな内心の激闘を知る由もない霧衣きりえちゃんは、先程よりかは多少積極的にストローへと口をつける。

 さっきのバナナミルクよりも粘度の高いバニラシェイクを、おくちをむにゅむにゅと動かして懸命に吸い上げていく。

 やがてストローの中身が霧衣きりえちゃんのお口に到達し、その冷たさと甘さを体感した彼女の表情変化をおれ(たち)がしばしの間堪能し、その愛らしさに骨抜きにされていた……そのとき。


 突如として霧衣きりえちゃんが目を見開き、ストローから口を離し、それどころか頭を抱えて俯いてしまった。



「…………っ!! ……っ!!」


「き、霧衣きりえちゃん……!? 大丈夫? どうしたの!? 頭痛いの…………あぁ、頭痛。あぁー」


「……っ、……わかめ、様ぁ……」


「アッ!!! かわいい!!!」


(めっちゃ口から出てるよノワ)




 口内の温度が急激に低下したことを受けて反射的に血流量が増やされ、また口内付近を通る神経がその冷気の刺激を過敏に察知してしまうことによる……激しく鋭い、瞬間的な頭の痛み。

 それすなわち……アイスクリーム頭痛。俗にいう『頭がキーンとする』やつだ。


 先日のサービスエリアでのソフトクリームは、おしゃべりしながらゆっくりと食べていたこともあり……彼女の小さなお口では、頭痛に繋がるほど勢いよくは食べられなかったのだろう。

 しかし今回のバニラシェイクは、ストローですすれる飲みものである。しかも少々室温に慣らしたこともあってよりなめらかに、かなりのペースで口内へと運んでしまえる。

 アイスクリームをほとんど食べたことがなく、何の備えも出来ていなかった霧衣きりえちゃんにとっては……避けることのできない悲劇だった。




「あぁ……よしよし、ゆーっくり息吸ってー、はい吐いてー。……いたいのいたいの、白谷さんに飛んでけー」


「ふーっ……ふーーっ……」


(ひどいなぁ……まあキリちゃん辛そうだし、今回は大目に見てあげよう)


(あら、ラニちゃんやさしい)


(ノワちゃんほどじゃないさ)




 しばらくおれの腕の中で、かわいそうにその身を震わせていた霧衣きりえちゃん。

 落ち着いた頃を見計らってカメラを回し、ご感想を聞いてみたところ……





「…………すごかった……で、ございます……」


((ヴッ……!!!))



 頭痛によるものと思われる涙を浮かべ、顔を赤らめ……しかし甘味による多幸感によって蕩けたお顔でそんなことを言われてしまっては。


 無自覚にえげつない一撃を放ってくる霧衣きりえちゃんのポテンシャルに、恐れおののくおれたち(元)男性陣であった。



 恐ろしい子……!


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