第151話 【新装開店】マジカルお引越し



 鶴城神宮への訪問と会談、おれの要望を聞いてもらったり相談に乗ってもらったりお説教をいただいたりを経て……晴れて霧衣きりえちゃんの『のわめでぃあ』参入、およびあのお屋敷の取り扱いが決定した。

 結局のところ所有権は鶴城神宮のままで、期間無指定の貸借契約という形に落ち着いた。ちなみに賃料は驚くことに実質負担ゼロ、なんでも霧衣きりえちゃんの養育費(※なんと今後毎月振り込むつもりだったらしい)で相殺……ということらしい。


 ……っていうか…………月々振り込むつもりだったのかよ。恐ろしいわ。





「ねぇーノワー! 線繋がってるけどこのままで良いのー!?」


「あーっあーっ待って! 待って待ってあーっ待って待って待って!」


「待つから! 待つから落ち着いて!」


「ごごごごめん…………いや、我が社の生命線ですからコレ……」


「そりゃあボクもわかってるけどさ」




 あのお屋敷への入居に関して何の憂いも無くなったおれたちは、現在おうちへと帰って荷造りの真っ最中である。

 なんのための荷造りかは、いまさら言うまでもないだろう。……いや言うんだけどね。引っ越しのためだ。


 引っ越しの準備、ともなれば……本来であれば引っ越し業者さんを呼んで見積りを取って貰って日付を予約して契約して、貰った段ボールを組み立てて荷物を仕舞っていって引っ越し当日までにお部屋をスッカラカンにする……という大変面倒な行程を踏む必要がある。

 時間も手間もお金もかかり、引っ越し前と同等の生活水準に戻るためには数週間や数ヵ月を見ておく必要もあったりする一大イベントなのだが……おれたちにおいては、その常識は通用しない。




「……っと…………ヨシ! ラニ、パソコンお願い。本体ひとつと、ディスプレイみっつと……とりあえずその四つ」


「ほいきた。我は紡ぐメイプライグス……【蔵守ラーガホルター】」


「えーっーとー……大丈夫そうね。じゃあパソコン机と、あと椅子もお願い」


「ん。まかされよ」


「ちなみに白谷さんや、本棚ってやっぱ本全部抜かなきゃダメ?」


「んー……仕舞うときと出すときに向きや勢いを注意しなきゃだけど、そのままでイケるよ。ちょっとボクが頑張る必要があるけど!」


「ラニちゃん神かよ。引っ越し終わったら好きなものおごるわ」


「うむ。くるしゅうない」




 愛用してるベッドやコタツテーブルやタンス代わりの六段衣装ケース等『かさ張るもの』や、商売道具であるハイエンドPCとその周辺機器や各種資料が納められた激重ゲキオモ本棚等の『繊細なもの』を、そっくりそのまま異空間に仕舞い込める【蔵守ラーガホルター】によって非常に身軽に。

 高層物件から高台の物件へ、都心部から山間の別荘地へ、座標指針マーカーを打ち込んだ地点であれば複数人だろうと所持品ごと転送できる【繋門フラグスディル】によって、非常に迅速に。


 支払うものは、おれの魔力。さすがに『消費無し』とまではいかないが……際限なく生み出され続ける上に最大量貯蔵量も豊富なおれにとっては、一晩寝れば全快する程度の消費でしかない。

 つまりは……実質無料!


 準備の手軽さ、輸送の素早さ、費用の低さ等々……どれを取っても引っ越し業者さんを呼ぶより、全てにおいて勝っているのだ!!




「引っ越しするときは絶対アイミツ相見積もり取った方がいいよ。見積もりで呼んだ業者さんにはその場で契約しない方がいいよ。あの手この手でアイミツ阻止しようとしてくるけど、確固たる意思でアイミツ取る方がいい」


「な……何? どうしたのいきなり」


「『この場で契約してくれるなら幾ら幾ら値引きします』とか『他社の見積もり依頼キャンセルしてくれるなら幾ら幾ら値引きします』とか言ってくるけど、それ最初からその値引き分を上乗せした金額提示してるだけだから。騙されちゃいけない」


「お、おう。……何か思い出しちゃった?」


「そうなんだよ。やっぱ早計はダメだね。……あぁ、ラニにあと四年早く出会えてればなぁ」


「さすがにそこまでは……弊社では対応致しかねます」


「ハイ。スマセン」





 霧衣きりえちゃんにはひと足先にお屋敷へ飛んでもらい、天繰テグリさんと食品や日用品の調達に行ってもらう。そしてその間におれたち(元)男性陣の手で荷物を運び込み、大雑把に配置しておく……というのが、今回の作戦である。


 最大の懸念にして難所であったリビングスタジオ部分がこれで無事に片付き、あとはおれの自室を残すのみだ。

 とりあえず持っていくのはベッドとコタツテーブルと衣装ケースとテレビボードと……そのあたりだろうか。

 いやしかし、このレイアウトも結構お気に入りだったんだよな。いざ崩すとなると若干もったいない気もする。



 …………ん、まてよ。




「ねえねえノワ、思ったんだけどさ」


「うん、おれも思った。…………ちなみに何を?」


「えっと……キリちゃんのお布団とか部屋の家具とかカーテンとか、どのみち買いに行くんだよね?」


「オッケー同じこと考えてたわ。そうだよ、別にこの家解約するわけじゃないんだもんね」


「ンフフ。すごいね、別荘持ちじゃん。……それで、どう? そういう家具とか日用品、一気に揃いそうなお店って……心当たりある?」


「あるんだなぁそれが。……そうだよ、やっぱそうしよ。引っ越し費用ラニのおかげでまるまる浮いたから、家具とか寝具とか新調してもお釣りが来るよ」




 そうと決まれば話は早い。おれのお気に入りの自室はそのままに、とりあえずスタジオスペースの品々だけを運ぶことにする。

 改めて【門】を開いてもらい、引っ越し先のお屋敷へ。今度の行き先は玄関前ではなく、二階部分の二十畳間……主寝室マスターベッドルームだ。

 マスターベッドルーム……めちゃくちゃ素敵な響きだ。ふふふ。


 っと、ニヤつくのは後回しだ。霧衣きりえちゃんが帰ってきたら一緒に買い物に行きたいので、それまでにスタジオのセットは終わらせたい。

 ラニ共々隣室の十畳洋間へ移動し、商売道具を慎重に取り出してもらう。あらかじめ脳内で考えておいたレイアウトに沿って品々を配置していき、てきぱきと配線を繋いでいく。

 電源ケーブルを繋ぎ、三本の映像出力ケーブルをそれぞれディスプレイに繋ぎ、マウスやマイクやミキサー等の周辺機器も繋ぎ……そしてLANケーブルを繋ぐ。

 パソコン本体を起動し、ネットワーク接続を確認し、カメラの配置と入力信号と映り具合と画角を確認し、全ての機器が問題なく動作することを確認し、仕上げに要所要所でケーブル類を束ね……



「……っしゃ! 完成!」


「おぉー……前の部屋より広い?」


「いや、ほぼ同じ。前の部屋がリビング部分だけで十畳弱だったから…………この部屋と、ほぼ同じ」


「…………五つある部屋の、いちばん狭い部屋だよね……ここ」


「そうなの。この広さの部屋があと三つと……倍の広さの部屋が、ひとつ」


「…………」


「…………………」


「スタジオの使い勝手は変わらなさそうだね!!」


「そうだね! 戸惑うことも無さそう!!」



 …………よかったね!!!!


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