第150話 【識者会議】保護者だからな




「貴様は如何どうやら……少ぉしばかしをしてるようだな? ……なァ、『木乃若芽キノワカメ』よ」


「…………っ!?」




 ついさっきまで湛えていた笑みさえ消し、僅かながらに眉をひそめ……フツノさまの口から発せられたおれの名前に、思わずびくりと身をすくませる。

 眼前の神さま……その表情は深く考えるまでもなく、好意的なものであるとは言い難い。


 先ほどまでとはうって変わっての表情変化は、おれの要望――霧衣きりえちゃんを『のわめでぃあ』の出演者として登用すること――が不愉快なのだと言わんばかり。

 リョウエイさんやマガラさんにはそんなに悪印象じゃ無かった動画配信のおしごとだけど……フツノさまにとってはやはり、ネットコンテンツは気に入らないものなのだうか。




「……良いか? 其処そこ霧衣キリエ白狗里シラクリよりワレが預かり、いずれは依代シロとすべく鶴城ツルギにて面倒を観て来た」




 シラクリ、という単語には聞き覚えがある。

 この上ない激務だったお正月の助勤アルバイトを終え、なんやかんやで霧衣きりえちゃんの助けとなることを決めた際に……フツノさまよりお言葉を頂いたときだ。


 文脈から察す限りでは、彼女の苗字あるいは出身地だろうか。……などと考えていた記憶がある。




「……が、貴様も知っての通り今や『役目』を終え、ワレとのは既に絶たれた。…………此処ここまでは理解して居るか?」


「えっと、はい…………あっ」




 フツノさまとの縁――いわゆる魔力を譲受するためのバイパス――が絶たれた代わりに、新たにおれと縁を結び……彼女が大人になるまでの間の保護者を、僭越ながらおれが務めることとなった。

 そこまでは……理解している。



 ……いや、違った。理解


 なるほど、そういうことか。それは確かに、フツノさまが許可なんてくれるハズが無い。




「…………痴れ者めが。ようやく思い至ったか」


「で、っ……でも、ホントにおれなんかが……決めちゃって良いん、です……か?」


「……何だ? 演目に霧衣キリエを使いたいのでは無かったのか?」


「そりゃ出てほしいです……けど……」



 ……しかし、本当に良いのか。

 おれなんかの一存で、まだ幼いこの子の向かう方向を……この後の人生を決めてしまっても。




「…………ええい埒が明かんな! 霧衣キリエ!!」


「はヒャいっ!!?」


「貴様は如何どうなのだ! の者の演目に惹かれ、道を同じくしたいと思うたか! それとも否か!」


「…………わ、わたくし、は」


「『ダレダレうのなら』……などとは口にしてれるなよ。貴様自身で悩み、考えたの答を訊いているのだ」


「……っ!」



 おれの思考が行き詰まったことを察したのか、いきなり霧衣きりえちゃんへと矛先を向けたフツノさま。

 口調こそ荒々しく刺々しいが……そこに込められた温かな思いは伝わってくる。


 なればこそ、おれがこの後取らねばならない選択についても、おおよそ見当がついてきた。



「ハァ…………まァ我儘ワガママに育ててれなんだワレらにも一責在るか。……貴様は今や『依代道具』に非ず、おのが意思を持ついち個人。何をするも、何を考えるも自由の身なのだ。……少しは本心を主張をして見せろ。『りたい』……とな」


「っ!? な、何故」


ワレに二度も言わせるか? 貴様達キサマらは。人間ヒトカオを何千年も眺め続けて居れば造作ぞうさも無い。してやソレが、寝食を共にした子であれば……尚のことよ」


「…………布都フツノ、様……」


「『木乃若芽キノワカメ』よ、聞いての通りだ。……貴様も、此奴こやつった自覚を持て。子の意思を理解し、信じ、ときに諭し、導き、正しき道を指し示すは貴様の役割よ。……まぁ、従順に育て過ぎたのは事実ゆえ、今回はワレが口を出すが……コレ以降霧衣キリエが善き道を歩めるか否かは、貴様の舵取に懸かってる」


「まぁ要するに……もう霧衣キリエ若芽ワカメ殿の庇護下なのだから、布都フツノ様は口出しする心算つもり無い……って事だね」


「おい、龍影リョウエイ


「……そう、ですね。…………すみません。意識を改めます」



 ……そうだ。早合点したところがあったとはいえ、霧衣きりえちゃんの人生を背負うと決めたのは……ほかでもない、おれ自身だ。

 彼女の保護者だという自覚が、おれには足りていなかったらしい。


 要するに、おれは自分に生じた責任を見ないように……フツノさまに転嫁しようと、甘えていたんだろう。

 フツノさまが許可をくれたから、だから霧衣きりえちゃんを巻き込んでも良いのだと……彼女を巻き込むための理由づくりに、フツノさまを利用しようとしていたのだ。


 そんなことを赦してくれるほど、神さまは甘く無いってことだ。

 本人の意思さえよーく確認しておけば、彼女に掛けるべき言葉なんかは自然と口から出てきただろうに。





「……まぁ、しかし…………何だ。……如何いかな一人前の大人とて、ヒトとは所詮弱く、愚かで、儚きモノよ。……時には折れ、悩み、道を見失うことも在ろう」


「は、はぁ……」


の時は…………偉大なる先達、ソレこそ百年単位の年長者にでも教えを乞うが良い。しくは絶対的かつな庇護者る存在を頼れ。……程度ならば、ともすると授けて貰えるやも知れぬぞ」


「要するに……数百年生きて知識と経験は無駄に備えた僕達に、気軽に相談する。もしくは神様(※ただし鶴城ツルギに限る)に助言を求めると良い……って事だね。布都フツノ様はに対しては見栄っ張りだし、素直じゃないトコ在るから」


「…………はいっ」


「…………龍影リョウエイ。次は無いぞ」


「存じて居りますとも。布都フツノ様」





 うん……前言撤回。


 やっぱこの神さま……甘々だわ。






――――――――――――――――――――





「ははぁー…………なるほどね、これがよく聞く『おまえがママになるんだよ』っていう――」


「絶ッッ対に違うから!!!!!!!!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る