第144話 【背水配信】今わたしの願い事が



 時計を確認したところ……配信開始からおよそ一時間半。べつに早めに切り上げてもいいのだが、なんとなく生配信のアーカイブは二時間で揃えたい気持ちがある。

 いや、特に深い理由は無いんだけどね。揃ってるとなんかカッコいい、とかそんな程度なんだけどね。


 まぁ、体力を著しく消耗するコンテンツが待ち構えてるわけでもなし。改心したラニとふつうの雑談コーナーを設ける程度なら、あと三十分くらいは時間があるということだ。




「えーっと、じゃあ……気を取り直して質問いくね。あっ、ノワお水飲んで。ごっくんして」


「あっ、ありがとラニ。ちょうど喉渇いてた」


「そりゃ良かった。……ごっくんできた?」


「?? う、うん。……ごっくん、できた」


「ッッシャ!! 後は任せたぞ諸君!! はいでは次の質問ね。気にしないでね」


「?????」



『やりおる』『策士』『ラニちゃん!!!!』『これはgj』『いただきました!!!』『職人たのんだ』



「『ラニちゃんとの絡みはとても嬉しいのですが、他の仮想配信者ユアキャス、あるいは他の配信者キャスターとコラボする予定は無いんですか?』……コラボ。コラボかぁ」


「コラボかぁ…………」



 コラボ。ようするにコラボレーション……合作、あるいは共演である。


 おれが今後配信者キャスターとしての活動を続ける上で、またおれの知名度と客層を拡充する上で、極めて有効であろう一手。

 それは……同じ趣味を持っていたり、共通項があったりする他の配信者キャスターと共演し、企画を通して交流を図る……『コラボする』こと。


 解っちゃいる。解っては、いるんだ。

 コラボした方がいいって。嬉しいことに、そう望んでくれる声があるってことも……認識はしてるんだ。



 しているん、だが。




「えーっと…………ご存じの視聴者さんも居られるかと……わたしのことを初期から知ってくれてる視聴者さんは、恐らくご存じのことかと思うのですが……わたし、実は『仮想配信者アンリアルキャスター』ということで企画がスタートしたんですね。いえ企画もなにも若芽ちゃんは異世界出身のエルフなんですけどね」


「うん。設定は大切だよね」


「プロフィールね。設定じゃなくてプロフィールですので。……えーっと、それでですね……紆余曲折を経まして、どちらかというと実在の身体をせっ……プロフィールのほうに寄せる感じで、割と強引にキャラメイクしたものが、わたしこと『若芽ちゃん』なわけです。……ええ、つまり……ごめんなさい、今まで黙ってましたけど……わたし『仮想アンリアル』じゃないんです」



『知ってた』『ですよね』『しってた』『そらそうよ』『あー…』『言っちゃった』『な、なんだってー(棒読み)』『知ってた』『公然の秘密ってヤツな』『そっかー』『知ってた』



「えっ!? 知って…………ン゛ンッ。……えっと、つまりですね……仮想配信者ユアキャスから出てきた実在の配信者キャスターということになるので……あの…………コウモリ状態といいますか……」


「どっちつかずなボッチだからどっちにも近づきにくい、ってことね」


「ボッ……!? えっと…………はい。……お話ししたいユアキャスさんとか居るんですけど……わたし『裏切者』みたいに思われてないかな、って……わたしごときミジンコがこちらからお声かけするのは、とてもとてもおこがましいっていうか……ほら、わたしクソザコですし……フフ」


「そこで自虐に走らなくても……!! ああもう……大丈夫、ノワはがんばってるよ。クソザコだけど。ノワががんばってること、ボクも視聴者さんもちゃんと知ってるよ。フィジカルミジンコだけど」


「うううう……ラニぃ……」



『海草』『これツッコミどころだよな!?』『慰めるか貶すかどっちかにして!!』『これが飴と鞭かぁ……』『いい話……かなぁ……』『これのわちゃん歓喜と怒りとどっちだと思う?』『ミジンコフィジカルは草』『海草生えまくってウニ豊漁ですわ』



 要するに……仮想配信者ユアキャスの方々にとっては、3Dモデルではない『実体』であるおれのアバターが懸念であり……一方現実リアルで活躍している配信者キャスターさん達にとっては、単純にサブカル色の強いおれのビジュアルは『異端』なのだろう。

 何がとは言わないが……明るい陽の雰囲気キャラクターに満ち満ちている実在配信者キャスターさんたちにとっては、大人しい陰の雰囲気キャラクターに染まっている仮想配信者ユアキャスは気にくわない存在……だと考えてそうなところがある。まぁ偏見かもしれないけど。


 実際のところ『当初は仮想アンリアルを名乗って客寄せをしておきながらその後は方針転換を図りやがった』といったヘイトを集めていても、別段なにもおかしくない。

 想定外過ぎる事件があったからとはいえ、事実は事実だ。責められても仕方無い。


 仮想アンリアル現実リアル……この身体は双方の長所を併せ持っている一方で、双方の短所をもまた併せ持っているのだ。




「グスッ。……つまりですね……わたしとしては、いろんな同業者さんと仲良くしていきたいのが本音ですので…………こ、こんなわたしと……こっ、交流、してもいいよ、っていう神様のような配信者キャスターさんが居ましたら……お声かけ頂けると、うれしい……です」



 あっ、フツノさまのことでは無いです。まさか聞こえてるわけないと思うけど、一応自己弁護しておきます。



「ノワ、正直に言ってごらん。コラボの打診…………欲しい?」


「うぅぅ……ほしい」


「ほんと? 打診いっぱい欲しい?」


「ほ、ほしいよぉ。……わたしも、いっぱい……いっぱいほしいのぉ!」


「楽しそうなみんなのナカマに入れてほしい?」


「……入れて、ほしい。わたしもナカマに……入れてほしい!」


「…………フッ。後は任せたぞ、同志よ」



『惜しい人を亡くした』『ラニちゃん!!!』『切り抜き職人たのんだ』『もうだめだこの妖精』『ラニちゃん中身絶対俺らだろ』『でかした!!!!』『※この後はぶらしの刑されました』『ラニちゃん……無茶しやがって……』『はぶらしの刑』



 先程からコメント欄がよくわからないところで盛り上がりを見せているようだが……過酷な運動の後遺症でアタマに酸素が回りきっていないおれの思考では、その意味するところはよく解らなかった。

 ラニもちゃんと改心してくれたはずなので、そんなひどいことを企てたりはしていないだろし……きっと『おれがコラボに前向きだ』ということを喜んでくれているのだろう。




「じゃあボクが生きてるうちに次の質問ね。『ラニちゃんとは一緒に寝てるんですか?』……だって」


「一緒……まぁ、そうだね。ラニもわたしのベッド(の枕元の)で寝てるもんね」


「そうだね。ノワのかわいい寝顔独り占めだよ。羨ましかろう?」


「嘘おっしゃい。ラニのほうが寝付きいいしねぼすけじゃん。かわいい寝顔堪能するのはわたしのほうだし」


「ぐぬぬ。はいつぎの質問ね!」


「照れ隠しラニちゃんかわいいかよ」







 その後も、あたりさわりのない質問コーナー……コメント欄いわく『てぇてぇ』なやりとりを、時間いっぱいまで。


 なんとか体力を回復させたおれは、いつも通りのクロージングを掛けて……どうにか無事に、突発配信を終了することができた。




 正常な思考が戻ったところで、先程気になった部分のやりとりを見直した結果……わるいこ妖精さんに『シリコン耳かきの刑』が新たに追加されることとなった。


 悔い改めて。




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