第140話 【背水配信】おれ空気読むエルフだから




「ヘィリィ! えっと……親愛なる人間種の視聴者諸君! いつもノワを応援してくれてありがとうね!」



 おれのお気に入りゲームのサウンドトラックを流す、愛用の密閉型ヘッドフォン……の向こうから聞こえてくる、おれの頼れる相棒妖精ラニの元気いっぱいなMCトークに耳を傾ける。

 完全なゲリラ放送……にする勇気はなかったので、直前でビビって結局SNS告知してしまったのだが……そういう経緯もあったので、視聴者さんが全く居ないというわけでは無いのだろう。

 ありがたいことだ。まぁ今のおれに確認するすべは無いんだけど。


 相棒の可愛らしい晴れ姿を拝めないのが悔やまれてならないが、今のおれは彼女の考えた『演出』をこなすべく、現在特殊な状況で待機中なのだ。仕方がないが……やっぱちょっと気になる。

 声のする方を向いてみようと、振り向いてみようと試みるものの……アイマスクで目隠しされた視界は誰を映すこともない。

 いつものパソコン椅子に座らされたおれの身体は自由に動くことを許されず、肘掛けにやさしく戒められた両手を不安げにぐっぱーぐっぱーすることしか出来ない。



「突然の配信にもかかわらず、来てくれてありがとうね。後ろで椅子に縛られてるのが美少女エルフ配信者のノワ……放送局局長の『キノ・ワカメ』。ボクはそんな彼女のアシスタント妖精、シラタニ。はじめましての視聴者さんも、どうぞよろしくね」



 ラニの挨拶に合わせておれもご挨拶したくなったが……今のおれは『ヘッドフォンで聴覚を、アイマスクで視界を塞がれている状態』なのだ。……視界はしょうがないとしても、実際には聴覚を塞がれているわけじゃないのだが……ラニの頑張りに水を差すのも申し訳ないので、おれは求められる役割を全うすることにする。

 こんなんでも演者のはしくれだ。観客が興ざめするような悪手は打たないとも。



「ねっ……ねぇ、ラニ? 放送始まっちゃうよ……? もう取っていい?」


「だめだよー。もうちょっと我慢してね、ノワ。……聞こえてないかな?」


「ね、ねぇえ? ……ら、ラニ? いるよね? ラニぃ……?」


「…………ッ、やっべ、めっちゃソソる」



 おそらく『』であろうラニの声色に、あやうく吹き出すところだった。

 あぶないあぶない……今のおれは『ヘッドフォンから流れる音楽以外聞こえていない状態』なのだ。



「……縛られたノワをこのまま堪能していたい気持ちもあるんだけど……ゆるふわ緊縛だからね、いざとなったら実力で脱出されちゃうからね。さっさと進めましょう」


「あっ、あのー……あのぉー…………ラニ、さん?」


「……ええ、本日の催し物ですが……先週かな? あの脳トレゲームでノワのかしこさは充分伝わったと思うんだけど……一方であの、体力ゲームのやつ。あれさぁ……消化不良だったよねぇ……?」


「ッ!!? ねっ、……ねぇ、ラニ? いま何時……? 配信……」



 アッ、ハイ。わかりました。理解しました。おれの相棒の考えが全部わかりました。そういうことかチクショウ!!

 大方おれの視覚と聴覚を封じた上でゲームをこっそり起動して、目隠しを『はいジャーン!!』って取って苦手なゲームを目の当たりにしたときのおれの反応……呆然としたり泣き崩れたりする様子を楽しみにしてるんでしょう!!

 な、なんていやらしい。そんなもので視聴者さんが喜ぶと思ってるなんて……ちょっとラニちゃんには教育の必要があるかもしれない。


 そんなおれの心配を知るよしもなく……ひとりで進行を務めるラニは視聴者さんへの説明をこなしながら、着々と準備を進めていく。



「……というわけで。今からノワの脚にコントローラーをセットしに行ってきます。……ふへへ……役得役得」


「しらたにさん?? ……っ、ちょっ!? ラニ!?」



 例の体力作りゲームでは、加速度センサーつきのコントローラーのひとつを、左脚の太もも部分に固定する必要がある。

 コントローラーがセットされた専用バンドを脚に巻き付ければ良いので、セット自体はとても簡単なのだが……手足を封じられた状態でセットの身にとっては、まずスカートをまくり上げられて脚を開かされた上で太ももにバンドを巻かれるという……カメラに映ったら確実にBAN配信停止される危険が危ない光景である。

 さすがの色ボケ妖精もそこはちゃんと頭に入っていたのか、チェアをくるりと回しておれに真後ろを向かせるよう調整してくれた。


 ……この角度ならチェアの背もたれしか映らないので、仮におれがスカートをまくり上げられても映像的にはナニも問題は無い。



「んゃっ!? ちょっ、やっ! な、なにやってんの!? なんでスカート捲ってんの!?」


「んふへへへへ……良いではないか良いではないか。はいちょっと脚上げてー……おお、絶景」


「ちょっ……!? なんかきた! わたしのあし! なんか巻いた!? ねえなんか! ねぇーラニちょっと! 今内もも触ったでしょねえちょっとおおお!!」


「っしゃぁオッケー! 任務達成! やったぞ視聴者諸君! ピンクだった!」


「もおおおおお!! ラニいいいいい!!」



 ……映像、何も問題無いのだろう。

 しかしながら音声は……これはセーフなのだろうか。……大丈夫?


 ま、まぁ大丈夫だと思うことにしよう。なにせ音声だけでいうなら、それこそもっときわどい音声動画を上げている仮想配信者ユアキャスだっているのだ。りったいおんせいとか。さいみーんとか。しゃっせーかんりとか。わたし幼女だからわかんないけど。


 しかしいい加減、おれだって視聴者さんの反応が気になる。

 ここまで恥ずかしい目に逢ったのにコメント閑古鳥だったらちょっとどころじゃなく悲しいので、そろそろ明かりのもとに戻してほしい。



「ねぇラニ、もういいでしょ……ジョグコンでしょこれ。もう何されるのかわかったもん……目隠し取っていいでしょ?」


「うーん……そうだね、視聴者諸君も喜んでくれたみたいだし。……そう、ピンクだったよ。リボンついたかわいいやつ」


「あの、ラニ? ねぇえ?」


「……え、? …………洗濯のときも見たこと無いし、つけてないんじゃないかなぁ、必要無いだろうし」


「ねええええラニいいいい!!!」



 ……もういい。いくら温厚なおれだって、おむねのことに触れられたら堪忍袋がリミットブレイクよ。聞こえないふりで反論できないのにも限度がある。

 そもそも手首の拘束はおれが痛がらないようにと、ハンドタオルでやさしく縛られた程度なのだ。ぷちキレたおれであれば自力で振りほどける程度の強度だし……っていうか、手前に引けば普通にスポッて抜けたわ。

 そのままヘッドフォンをがばっと外してぶん投げ……るのは精密機器だからやめた方がいいと思うので、膝の上に丁寧に置く。

 最後にアイマスクをはずして……いたいけなおれを苛んでいた全ての戒めから、こうして無事に解放されたのだった。




『キレたwwwwwww』『らにちゃんにげて』『やっぱちっちゃいのかぁ』『海草』『のわちゃんに触れるとかどういう技術だよ!?!?』『ピンク!ピンクです!!』『えちちたすかる』『のわちゃんの脚パカいいなぁ』『海草生える』『ラニちゃん中身おっさんやろ……』『絶叫たすかる』『のわのわよわちゃん→つよつよのわちゃん』『これは海草』『草ですわ』


「………………」



 そうして目にした光景は…………告知が直前になったとは思えない、定例生配信に匹敵するくらい多くの視聴者さんと、滝のように流れるコメントの嵐。

 一部欲望に忠実だったり、センシティブな部分を揶揄するようなコメントも見受けられるが……おおむね殆どが好意的というか『楽しんでくれている』のがよくわかる、正直なコメントだった。


 ……まったく、もう。

 こんなん見せられたら……怒れないじゃん。




「…………ラニ」


「はいっ!」


「『超極細毛はぶらしボディソープ綿棒の刑』ね。覚悟しとくように」


「ヒェッ!? は、は……ぃ……」


「返事!!!」


「イェス! マム!!」



 ……だが許すとは言っていない。

 おれなんかよりももっともっと、存分に恥ずかしい目にあってもらう。配信されないだけありがたいと思いたまえ。


 そんな意思を込めてにっこり微笑むと……察しのよいラニは顔をひきつらせながら頷いてくれた。



 なぜか視聴者さんには大ウケだった。



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