第138話 【非常呼集】終始余裕の試合運び



 そもそも……例の『苗』が発芽してしまう原因であるとおれたちが考えているのが、それこそ自ら死を選ぼうとする程までに心身を大きく害する『負の感情』の蓄積だ。

 絶望や落胆、憤怒、悲嘆などなど……大きな感情の変化を嗅ぎ付け、あの『種』は根を張り宿主を改竄していく。


 大きな『負の感情』というものは往々にして、原因となるもの・ことが明らかであることが多い。

 そのストレス源を打開する手段を目の前にぶら下げられれば、殆んどの人は飛び付かざるを得ないだろう。



 ……飛び付いたが、最後。

 すぐさま『理性』というブレーキを壊され、そこからは崖に向かって一直線。

 なかば強引に授けられた異能の行使に……どんどん歯止めが効かなくなっていくのだ。




「要するに! ストレスが溜まりそうなとこは要注意ってコトだね!」


「なるほど解りやすい!! 確かに接客業しかも繁忙期ってめっちゃストレス溜まってそうだ!!」


「ゴァァァァァアアア!!!!」


「「ウワァァァァァァ!!!!」」




 今回のケースでは、これは非常に解りやすい。原動力となってしまったのは間違いなく『憤怒』の類いだろう。

 全国展開しているコーヒーショップのエプロンを掛けたお兄さんが、目を赤々と光らせて壮絶な形相で追い掛けてくる。端的に言ってメチャクチャ怖い。

 幸いというべきか不幸にもというべきか……今や彼は完全におれたちに夢中のようだ。微動だにしない周囲の人々には目もくれず、立って動いている人物に反応している、とでもいうのだろうか。




「館内はやりづらい……外出よう! 【解錠エントスペイル】!!」


「よしきた! ヤーイここまでおーいで!!」


「グルァァァァアアアアア!!!!」


「「キャアアアアアアア!!!!」」




 モンスタークレーマー……とまでは行かなくとも、ワガママが過ぎるというものは意外と多い。

 世間一般が年末年始休暇を満喫しているそのときに、いつも通りお仕事してくれるサービス業の方々。普通に考えてとてもありがたい存在であるハズなのだが……品物の提供が遅いだとか、品物が売り切れだっただとか、単純に周りがうるさいだとか、そういったワガママを無抵抗な店員さんにぶつける迷惑客が後をたたない。


 おれ自身も学生時代、居酒屋でアルバイトしていたことがあるので……だいたい何があったのか予想がつく。

 先ほどの探知魔法で探った際、あの『保持者』が掴み掛かったお客様が、霧衣きりえちゃんの『霧』由来とは異なる事象により硬直させられていたのを確認していた。



 『黙れ』『静かにしろ』。もしくは……『逆らうな』『抵抗するな』。

 彼の異能の根本となるのは、おそらくこの系統だろう。


 気持ちは痛いほどよく解るが……かといって放置するわけにもいかない。




「ねえラニ! どうすれば良いと思う!?」


「定番でいうと拘束して動きを止めて、背後に回ってだろうね! 何にせよまずは」


「動きを止めないとね!! 【草木ヴァグナシオ拘束ツァルカル】!!」


「ッ、グ……!? グ、ガァァァアア……ッ!!」


「めっさ怖いんだけど! これ大丈夫!? 大丈夫!?」


「力はそこまで強化されてないから……多分?」


「クッッソガァァァァァアアアア!!!!」


「………ッ! こ、怖くないし! もう慣れたし!!」



 原動力が『憤怒』に類するものだからだろうか、なんだかいつにも増して恐怖感が煽られる。

 正面から怒気をぶつけられ身体がすくむが……あの腹立たしい『対わかめちゃん特化』や『魔王』とは異なり、ちゃんと【拘束】は発現している。つまりはおれの魔法が通用するということなので、彼はもはやまな板の上の鯉でしかない。もうなにも怖くない。



「終わらせる……! 【加速アルケート】【静寂シュウィーゲ】!」



 おれは自身の身体を魔法で強化しつつ、とりあえず大きくバックステップ。屋外の緑化通路には館内よりも濃い『霧』が立ち込めており、その視界はもはやほんの数メートル離れただけで見失ってしまうほど。

 一般の人々よりも遥かに高感度のおれでさえなのだ。どうやら常人レベルの視力しか備えていない『保持者』にとっては、地面以外真っ白にしか映らないだろう。

 ……おれたちだって、ただ無様に逃げ回ってたわけじゃないのだ。彼の五感と運動能力は、既にあらかた把握済みだ。


 思った通り、標的であるおれを見失い戸惑いながら当たり散らしている『保持者』を中心として、大きく円を描くように背後に回る。

 認識不可能な角度から認識不可能な速度で接近し、抵抗不可能な状態のまま細心の注意を払って『苗』を引っこ抜く。



(……王手チェック


「ッ!? グぇぼ、ッぐゥゥゥゥ……ッ!!?」


「……うん、『巻き戻り』始めたね。お疲れさま」


「やっぱめっちゃ苦しそうだよなぁ……【鎮静ルーフィア】【回復クリーレン】」


「……ッ、はーっ…………はーっ…………」



 身体中に脂汗を滲ませながら、それでも呼吸を落ち着けた彼に『ほっ』と胸を撫で下ろしながら……とりあえず気を失ったままの彼を抱き抱え、館内の安全な場所へと移動させる。

 例によって彼も被害者の一人なので、なんとか上手いとこ救われてほしい。周囲をきょろきょろ見回し、この時勢たいへん珍しい目的の品を見つけ、受話器を持ち上げて赤いボタンを押す。


 さすが専用回線なだけあって、すぐに相手と繋がった。



「空港から掛けてます。浪越中央警察署の春日井さんに伝えてください。『一階バスターミナルの喫煙室、彼も被害者なので寛大な配慮を』……以上です。よろしくおねがいします」



 おれの一方的な物言いに、電話口の向こうでは混乱している様子が伝わってくるが……あまり多く喋って声とかボロが出るのは嫌だ。

 伝えるだけ伝えて、あとは春日井さんに全部丸投げする。おれたちにはまだやることが残ってるのだ。


 この『霧』を消さないことには、異変が終息したと伝わらないだろう。

 がんばって術を維持してくれている霧衣きりえちゃんに作戦の終了と無事を伝えるため、おれは管制塔を目指して【浮遊】していった。




 高所に置き去りにしたことを涙目涙声で訴えられ、おれの平らな胸にすがりついて嗚咽を漏らす霧衣きりえちゃんに誠心誠意詫びながら――


 すぐそばでにやにや顔で囃し立てる妖精の刑罰を『はぶらしボディーソープの刑』に格上げすることを、おれはひそかに心に誓った。








――――――――――――――――――――






「おや…………『ベルア』が消されたか。……これはやはり、彼女らも何らかの探知手段を講じた……と見るべきか」


「えー……それヤバイじゃん。あたしらの動き筒抜けなんじゃない? やだよあたし自粛とか。まだ全然シ足りないのに」


「はは。心配は要らないよ。現に私達は好き勝手に動けているだろう? 精々せいぜい従僕サーヴスの覚醒を察知できる程度だろう」


「ふーん……? まぁお父様パパがそう言うならいっか。じゃあもうしばらく『いつも通り』できる? 結構良さげなパパ見つかったんだぁ」


「……そうだね。宜しく頼む。……期待しているよ、『リヴィ』」


「えへへっ。……じゃあ、あたし『食事』行ってくるから。二人が起きたら教えてね、お父様パパ


「そうするつもりさ。心配せず行っておいで」


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