第137話 【非常呼集】物流拠点の人工島



 浪越市を擁するこの中日本エリアは、日本有数の重工業地帯である。

 港湾部には様々な工場や鉄工所やコンビナートが立ち並び、また貨物鉄道の積込所や高速道路のインターチェンジも整備され、自動車や鉄鋼製品や化学製品などをはじめとする様々な工業製品が日夜造り出されているのだ。


 そんな工業地帯の玄関口でもあるのが、海上の人工島に築かれた巨大ターミナル……中日本国際空港『セントラルゲート』。

 通称『空港島』とも呼ばれるこの区画は、当然国際空港としての機能を備えながら……しかしながら大規模な港湾設備と広大な倉庫エリアを備え、空だけではなく海の物運の要でもある。加えてこの『空港島』へは客運用とは異なり、貨物専用の鉄道線路も整備されている。


 つまりは……陸海空の物流が集まる、一大施設なのだ。




『なのでもー……大騒ぎみたいっすよ。飛行機は着陸できないってんで上空グルグルするしかないみたいですし、空港内の利用者も従業員もパニックみたいで……』


「利用者多いだろうからなぁこの時期……あー、くっそ!」


「落ち着いて。ノワのせいじゃない。まだ犠牲者も出てないんだろう? モリアキ氏」


『えーっと……報道ではそんなこと言ってなかったっすけど……あぁ、現在確認中って言っ』


?」


『…………そう、っすね。ええ、まだ出てないみたいす』


「わかったねノワ。まだ全然手遅れなんかじゃない。だからキミが自分を責める必要は絶対に無い」


「…………ごめんラニ。それと……ありがとモリアキ。……切るね」


『ご武運を。先輩』




 鶴城神宮から最短コースを突っ切り、山を飛び越え川を飛び越え海を飛び越え進むこと、およそ三十分。進行方向には巨大な人工島が、海上に忽然と顔を覗かせている。

 スマホをポケットにしまい、間もなくの着陸に備え、頭の中で作戦を再度思い浮かべる。



「もうすぐ。……霧衣きりえちゃん、大丈夫?」


「ごッ……ご心配には及びませぬ! 周囲の水気スイキも充分、わたくしの神力も問題ございませぬ!」


「じつは高いとこ苦手でしょ霧衣きりえちゃん!! ごめんね!! 無理しなくて良いからね!?」


「ひゅっ……いえ! わたくしも、若芽様のお役っ……お役に立ちとうございまする……! こっ、こっ、こっ……この程度!」


「よーしよしよし良い子だね霧衣きりえちゃん! わかった大丈夫だから一旦降りるね! 大丈夫だから! 【陽炎ミルエルジュ】!」


「ううううう…………」


「どうしよノワ、めっちゃそそる」


「わかる」



 ……作戦の要である霧衣きりえちゃんの身体全体がブルってしまっているので、慌てず騒がずプランBに変更。

 おれたち全体を覆い隠すように光学系迷彩魔法【陽炎ミルエルジュ】を展開し、万が一目視されても正体が露見しないように備えた上で……管制塔の上に強行着陸する。



「きりえちゃん着いたから! 大丈夫だから落ち着いてね! あっそだ、【鎮静ルーフィア】」


「うううう…………かたじけのうございまする……」



 霧衣きりえちゃんが落ち着きを取り戻すまでの間、空港ターミナル内に探知魔法を放つ。すると案の定というか前情報通りというべきか……禍々しい『苗』の魔力反応を四階レストラン街にて捉えた。

 無言でラニに視線を向けると、瞑っていた目を開いた彼女と視線が合う。どうやら彼女も『苗』の所在を突き止めたらしい。



「……うう、無様をお見せ致しました……かくなる上は働きにて、汚名返上してご覧にいれまする。……若芽様」


「うん。お願いね、霧衣きりえちゃん」


「はいっ! …………では」



 自失状態から復帰した霧衣きりえちゃんが目蓋を閉じ、可愛らしい三角形の耳が立ち上がる。

 おれの感覚器が『苗』とは異なる魔力の流れを感知し、それがこの空港ターミナル全域を覆わんとしているのが理解できる。



真十鏡まそかがみ……映せし鶴城つるぎ……白妙乃しろたえの……」



 よく晴れた日の午後三時。いかに冬とはいえ、気温はそれほど低くはない。

 洋上の人工島とあれば、遮るものなど有りはしない。風は勢いよく吹き付け、大気が滞ることなど有り得ない。


 そんな環境において『有り得ない』はずの事象が、みるみるうちに現実となっていく。



「……くもかくせる…………輩霧ともぎりや」



 周囲一帯に無尽蔵に存在する海水から、明らかに異様な速度で真っ白な『霧』が立ち上る。

 人工島の周囲全方向から、まるで意思を持ったかのように纏まった霧は、建物の内外で大混乱が巻き起こっている空港ターミナルへと迫っていき……ついにはすっぽりと覆い尽くす。


 大開口部の窓ガラス越しに、呆然と佇む人々の姿が見てとれるが……空調ダクトから侵入を果たした『霧』は、そんな人々さえもあっさりと呑み込んでいく。




「吾が名の下に。『微睡まどろみ』よ………御座おわしませ」



 霧衣きりえちゃんが柏手をひつと打ち鳴らすと……今やあたり一面を覆い尽くした『霧』を媒介として、ひとつの術式が発動する。

 魔力に対する抵抗力を持ち合わせていない――つまりはこの世界のほぼ全ての――人々は、周囲の『霧』から発せられた『微睡み』のまじないに抗えず……糸の切れた操り人形のように、ばたばたと倒れていく。

 見た目はかなりアレなことになってるが、命や健康に害は無い。特殊な眠りに落ちているだけだ。


 ……とはいえ、周囲に立ち込める『霧』による視界不良は、もちろんのこと健在だ。

 上空に待機する航空機のためにも、迅速に事態を終息させて『霧』を払わねばならない。……急がねば。




「ノワ、行けるよ!」


「ん。……ありがとね霧衣きりえちゃん。行ってくる」


「……はいっ。お気をつけて」



 ひと仕事終えた霧衣きりえちゃんを管制塔の屋上に残し、おれはラニが開いた【門】へと飛び込む。


 その出口は……空港ターミナル四階のレストラン街。

 いきなり湧き出た『霧』と、いきなり倒れ始めた人々を目の当たりにし、さすがに呆気に取られたように立ち尽くす……赤黒く禍々しい魔力を纏った『苗』の保持者、その背後。


 このまま迅速に音も無く接近し、抵抗する間も無く『苗』を引っこ抜く。

 大胆かつスマート、叡智のエルフが誇る世界ランク二桁位の頭脳によって導き出された、おおよそ完璧な作戦…………だったのだが。




「あっ」


「!?」


(あっ! お馬鹿!!)



 開かれた【門】出口の真下にあった、散乱したフードコートの椅子に蹴躓けつまずき……したたかに脛を打った際に盛れ出た悲鳴と、蹴飛ばされた椅子が立てる物音によって。


 ……完璧な作戦は、変更を余儀なくされたのだった。



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