第132話 【近隣探索】静かな温泉街




 皆様こんにちわ。魔法情報局『のわめでぃあ』局長、実在美少女配信者エルフの木乃若芽きのわかめです。へぃりぃ。

 本日はですね、いつものスタジオから飛び出して……岩沢市の『滝音谷たきねだに温泉』よりお送りしています。


 ここ滝音谷温泉はですね、中央を走る岩波いわなみ川に沿うように広がる山あいの温泉地なんですね。北から南へと流れる岩波川の西と東それぞれに源泉があって、周辺の宿泊施設や公共浴場へ掛け流しの温泉を供給しているとのこと。

 そんな中で、わたしたちがいまお邪魔しているのがですね……こぢんまりとした佇まいながらも創業八十年を越す『落水荘』さんです。

 部屋の総数は十二室と決して規模の大きなお宿ではありませんが……和のテイストを随所に残しながらもモダンにアレンジされた館内は古くささを匂わせず、それでいて歴史を感じさせるシックで落ち着いた雰囲気に包まれています。


 そして……はい。こちらです。

 なんとこの『落水荘』さん館内にはですね……岩波川の流れを眺めながら優雅なひとときをたのしめる、喫茶店が設けられているんですね。





「若芽様! 若芽様! ぜんざいが……ぜんざいがこんなにも美しく!」


「フルーツいっぱいだね。見た目も鮮やかで……あっ、ほら! 霧衣きりえちゃん大好きなソフトクリーム乗っかってるよ」


「ほ、本当に……本当にわたくしが、これをいただいて宜しいのですか!?」


「はっはっは。可愛らしいお嬢さんだ。テグリちゃんのお連れさんだろ? あの子には世話んなってるからね。遠慮無くおあがり」


「……だって。よかったね霧衣きりえちゃん。……すみません、ごちそうさまです」


「いやいや。ありがとうね、こんな山奥まで来てくれて」



 黒く塗られた木材が空間にメリハリを与えている、大正浪漫な空気漂う喫茶店スペース。

 カウンター席が八席と、四人掛けテーブルがふたつ。全部で十六席しかないこぢんまりとした喫茶店だが、調度品も程よくレトロな雰囲気で纏められていて、正直なかなか好みな感じだ。

 現在おれと霧衣きりえちゃん(と姿を隠したラニ)は、テグリさんが空調の修理を行っている間……なんと、温かいお茶とフルーツ白玉ぜんざいをごちそうになっているのだ。

 ……いいご身分だとは、実際自分でも思ってるよ。



 おれたちは『落水荘』さんの正面入口から堂々とお邪魔し、テグリさんがフロントカウンターの人と二・三言葉を交わしたかと思うと……なんと支配人である小井戸こいどさん――白髪混じりの頭髪をオールバックに纏めた、なかなかダンディーなおじさま――自らテグリさんを出迎えてくれた。

 そこでおれたちがテグリさんに『我が家に遊びに来た恩師の友人』という形で紹介され、ならばとおれたちはフロント脇の喫茶店スペースへと通され……一方でテグリさんは呼び寄せられた中居さんに案内され、お仕事へと向かっていった。


 そこからは、先程のやり取りのとおり。

 全く仕事をしていないのにおもてなしを受け、しかも明らかに子ども扱いされるという……なかなかに申し訳ないというか、自尊心が傷ついたというか、でも好意を無駄にするのも憚られるというか……とても複雑な心境でモノローグを入れるはめになったわけだ。



 しかし……こんなにいい雰囲気の喫茶店スペースなのに。

 そもそも滝音谷温泉自体、なかなか風情ある温泉街なのに。


 気にしないようにはしていたんだが……出歩いている人の姿が殆んど無いというのが、やっぱりどうしても気になってしまう。



 おれたちが誉滝ほまれたきインターを降りてから、実際数えるほどしか車を見掛けていない。

 道中のサービスエリアはあんなに混雑していたのに、この温泉街から最寄りインターに至るまでは……そんな活気は見られないのだ。

 そろそろお昼時だというのに、川沿いの食事処へ入る人の姿もない。


 この『落水荘』もそうだ。時間帯的にはチェックアウトを終え、客室の清掃が一斉に始まっている頃だと思うのだが……おれのエルフイヤー(地獄耳・指向性)によると、リネン類の摩擦音――クリーニング用の大袋にシーツを詰め込むときの音――が、ほぼ生じていない。

 つまりは……清掃が必要な客室がほとんど無かったということだろう。




「……あの、小井戸支配人。ちょっとお尋ねしたいことがあるんですけど……」


「何でしょう? 私で良ければ、何なりと」



 実際……客入りってどうなんですか。


 そう聞こうとしたことは確かなのだが……よくよく考えてみれば初めて会った相手、しかもまだちんちくりんな幼女に売上を聞かれるなんて、普通は気持ちの良いもんじゃないだろう。

 ……来客不足に喘いでいるとしたら、なおのことだ。間違いなく気分を害してしまうことだろう。


 せっかくテグリさんが築いてきた良い関係を余所者が引っ掻き回すのは、それは決して誉められたもんじゃない。



「…………滝音谷たきねだに、って……滝の音の谷って書きますよね。滝があるんですか?」


「あぁ、そのことですか。…………そうですね。……んですよ。以前は」


「無くなっちゃったん……ですか?」


「……えぇ。三十年ほどか、もうちょっと前か……それくらいですかね。残念なことですが」


「そ…………そうなん、ですね……」




 今からおよそ三十年ほど前。……その情報を耳にし、一つの仮定がおれの脳裏をよぎったのだが……それが『正』だったとすると、この話題を掘り下げるのはマズイ。自殺行為となる可能性がある。

 これ以上話を拡げるわけにもいかず、かといっていきなり畳むのも怪しすぎる。どうすべきかと思考を巡らせているところに……重装備を携えた天狗面のメイドさんが現れた。



「……小井戸様。作業完了しましたので、ご報告を」


「おぉ、ありがとうねテグリちゃん。……やっぱもう寿命なんかねぇ、あのエアコン」


「……そうかもしれませんね。モーターもかなり古いものですので。……今回は断線箇所の接触を繋いで何とかなりましたが、やはりかなり消耗が進んでいる様子です。……本格的な部品交換ともなれば、手前では手に負えません」


「……そっか。入れ換えるべきか、どうすべきか…………いや、済まないね。何はともあれ、ありがとう。すぐ来てくれて助かったよ」


「……いえ。こちらこそ、ありがとうございます」



 小井戸支配人は穏やかな笑みを浮かべると、テグリさんに茶封筒を手渡す。両手でそれを受け取ったテグリさんは深々とお辞儀を返すと、こちらに視線(?)を向けた。

 自分は帰るが、どうするのか。……そう問いたいのだと思う。



「あのっ、小井戸支配人……わたしたちも、そろそろおいとまします」


「おお、そうかい。またおいで。……次はちゃーんとお代を頂くけどね」


「そっ、それはもちろん! じゃあ……帰るよ、霧衣きりえちゃん」


「…………はっ! は、はいっ! ……御馳走様でございました」


「はっはっは。お粗末さまでした」




 小井戸支配人と他の従業員さんに見送られ、おれたちは『落水荘』を後にする。

 当初の目標となるご挨拶……というかおれたちのビジュアルに関しての印象調査だが、意外なほどあっさりと受け入れられた。

 また実際に見て、歩いて、この温泉街の雰囲気を多少なり味わうことができた。


 そのこと自体は、よかったと思うべきなのだが。



 滝の音の消えた滝音谷たきねだに温泉……その現状と、それを引き起こした原因について、おれは少し思考を巡らせることとなった。



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