第131話 【近隣探索】最寄りの集落




 ちょっと仮眠しときたいんで車で休んでます、というモリアキを一人残して鍵を預け、おれたちはテグリさんに導かれるままに温泉街へと向かう。

 こちらの世界の全てが物珍しいラニはともかく、霧衣きりえちゃんもどこかわくわくを隠しきれない表情でついてきてくれた。

 ……そっか。長い間鶴城つるぎの境内から出たことなかったんだもんな。



 なんだかほほえましい気持ちになりながら、おれはとりあえず温泉街に関する記憶を呼び起こす。……といってもほとんど無いんだけど。

 物件資料には……たしか『隣接道路無し・近場の温泉街まで徒歩五分』と記されていた。このうちまず『隣接道路無し』に関しては『舗装道路と物件とに高度差があり、階段のみでしかアクセスできない』ということなのだと理解できたのだが……もう一方の『徒歩五分』に関しては、まだ確認していなかったのだ。




「はーはーはー。なるほどなるほど? そーいうことね。なーるほどなるほど?」


「な……何、どうしたのさ……」


「いーや? べっつにー??」


「…………???」



 ……結論からいうと、その表現は正しかった。

 徒歩五分。確かにそうだろう。車道とは別の荒れ放題の散歩道を通り、ここへ来るときに降りた誉滝ほまれたきスマートインターの下をくぐり、歩行者専用の細い橋を渡り……所要時間を計ってみたところ、確かに六分十三秒。

 おれの歩幅と歩行速度が一般成人男性より大きく劣ることを考慮すると……まあ、だいたい許容範囲だろう。


 しかしながら。正しかった、といったのはほかでもない。

 確かに、おれの足で六分。慣れた一般の方々であれば、五分程度で踏破できる道ではあるのだが。


 その道のスタート地点は……例の物件が建つであり。

 ……要するに、お家の玄関からの計測では無いのだ。


 そしてこの敷地境界なのだが……ヤケクソぎみに敷地統合したというかというか、道路を無視して最短コースを突っ切っても徒歩五分くらい掛かってしまう。

 ……とはいえ、鬱蒼とした植生に妨げられているのがほとんどだったし、テグリさんが鉈を振り回して切り開いてくれたので……つぎからは半分ほどの所要時間で済むだろうけど。



 つまりは、だ。

 物件資料には『温泉街まで徒歩五分』と記載されていたのだが……実際のところは『玄関から徒歩でおよそ十分』は掛かるっていう……でもまぁ『実は三十分でした』とかいう規模でも無いので、誤差と言えばそれまでなんだけど。





「高低差がなかなかデカいね……行きはヨイヨイ帰りは、ってやつだよこれ」


「ノワは特に体力面があれだからね。えーーっと……クソザコナメクジ?」


「ちょ、っ!? っ、どこで覚えてきたのそんな言葉!! そんな子に育てた覚えはありませんよ!? それに自己強化バフ魔法使うからクソザコじゃないもん!!」


「はいはい。そうだね。自己強化バフ使わなくてもクリアできるようにカラダ鍛えようね」


「きぃぃぃぃ!!」




 なにかほほえましいものを見るかのような、暖かい視線の霧衣きりえちゃんに見守られながら……クソザコナメクジの謗りを受けたおれは自然豊かなショートカットルートを突破し、アスファルト舗装された道路へと無事に帰還を果たした。



 目の前には、欄干が赤く塗られた橋。その橋が架かる川はゆるやかに蛇行しつつも左手から右手へと流れ、その両岸には大小さまざまな建物がひしめきあい、そこかしこで温泉のものと思われる湯気が立ち昇る。

 ごつごつした岩が散らばる川はなかなかに風情があり、心地よくも迫力ある水音を辺り一帯に響かせている。

 川の水面近くには遊歩道が整備されているようで、夏場なんかはさぞ涼を堪能できることだろう。


 しかしながら……この『滝音谷温泉』。

 雄々しく流れる川の水音こそ響き渡っているが、地名から推測する限りではそれに加えて『滝の音』でも聞こえてきそうなものなのだが……そこは突っ込んではいけないところなのだろうか。



 ……でもまぁ、べつに気にする必要は無いか。滝があろうと無かろうと、住環境には微塵も影響無い。

 今おれが気にするべきことは……テグリさんの目的地である今回の『依頼者』、またそのかたを始めとするこの滝音谷温泉街の方々に、おれたちのビジュアルがどう捉えられるのか。……まずはその一点のみだ。



 正月休みも終盤となり、人によっては今日から仕事の人も少なくないだろう。この滝音谷温泉街はどちらかというと閑散としており、人通りはぶっちゃけ少ない。

 この客入りが今日だけのことなのか、それともここ数日ずっとこんな感じなのか……そこはあえて、あまり気にしないことにする。


 浴衣姿の人の影があっても良さそうな、下駄の音が今にでも聞こえてきそうな、そんな風情ある温泉街の上り坂。

 しかしながら実際に聞こえてくるのはテグリさんの保護靴と、それに連なる二人分の足音のみ。

 きょろきょろせわしなく視線を巡らせるおれたちを率いるように、テグリさんは狭い路地へと物怖じせずに入っていく。



「ちなみにテグリさん、今回の依頼って何なんですか?」


「……空調機器の故障のようですね。よく寄せられる依頼です。……最近は特に冷えますので」


「ええ、直せるんだ……すごい」


「……症状にもよります。……手前では手に負えぬことも多々ございますので」



 車一台通るのがやっと、といった幅の道をお話ししながら進んでいき……やがてテグリさんが入っていったのは、玉砂利の敷き詰められた和風のお庭。

 敷地の入口脇に置かれた岩には、達者な書体で『落水荘』と彫られていた。



「あのっ……てっ、テグリさん! ……えっと、今回の依頼主って……」


「……はい。こちら『落水荘』の支配人、小井戸コイド様です」


「し……しはい、にん……」




 今回依頼を送ってくれたテグリさんの『お得意先』とは……どうやら温泉旅館だったらしい。

 しかもどうやら……テグリさんの口振りから推し測るに、なかなか良好な関係を築けているようだ。



 ……いや、テグリさん顔ひっろ。




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