第130話 【物件見学】救いの光




 この七十四坪ものバカデカイ物件を、たった一人で保守し続けてきたテグリさん。

 敷地内の物置小屋を手ずから改装したのだという、彼女の自室(というか宿直室)を見せて貰ったところ……いろんな意味で予想外のお部屋が、おれたちを待ち構えていた。





「……あまり……見て楽しいものでも無いとは思いますが」


「………………いや、そんな、ことは」




 まず、楽しいか楽しくないかで聞かれたら……ぶっちゃけおれはとっても楽しい。


 そもそもおれは他の人の部屋とか見るの、実はけっこう好きだったりする。インテリア情報誌とか、お部屋づくり雑誌とか、そういうのを見るのも結構好きだ。

 最近はしまったばっかりに、モリアキ以外の知人のオウチを訪問することが出来なくなってしまったわけで……そんなわけで他の人のお部屋訪問に飢えているおれにとって、これは思ってもみなかったご褒美だったりする。



 ……とかいうおれの個人的な感想は、一旦置いておくとして。


 改めて、テグリさんの宿直室。さっきまでの母屋おもやには無かった生活感が、確かにこの空間にはしっかりと漂っていたのだが……その中でもひときわ目を引いたものが、なかなかご立派なタワーパソコン。

 決して広いとは言えない、ぶっちゃけ狭……コンパクトに纏められたこの一室において、見るからに強力なマシンパワーを秘めていそうなその佇まいは非常に目立っていた。


 しかしながらそれ以外にも、注目すべき箇所が多く見られるこの一室……まずはなんといってもその面積だろう。およそ六畳ぽっちの空間に、テグリさんの私生活の場の全てが収められているのだ。



 ……いいか、勘違いするんじゃないぞ。部屋が六畳じゃない。

 廊下部分と、水周り――ミニキッチンや洗濯機や、恐らくはお手洗いやシャワーブース――も含めて、でおよそ六畳なのだ。


 おれもつい最近SNSつぶやいたーとかネットニュースで知ったんだけど……東京の都心部では現在、極小物件の需要が高まってるとかなんとか。

 いわく……『片道二時間往復四時間もかけて通勤するよりは、近場でギリギリまで休める場所を確保したい』だとか『映画も漫画もスマホやタブレットで事足りるし、モノをあまり必要としない』だとか『食事は外食でほとんど済ませるし、ほんと寝るだけの場所でいい』などという考えの若年層を中心に、ものすごい勢いで増えていっているらしい。


 ちょっと話はズレたけど……イメージとしてはまさにあんな感じだ。短い廊下の両側に限りなくコンパクトに纏められた水回り、その先には……ほんの三畳程度の自室スペース。

 ロフト、というよりかは『押し入れの上段』のような感じの寝台がちょっと高めの位置に設けられ、その下には衣装箪笥タンスのような収納やオープン棚やらが端から端まで造作され、その片隅からは立派な机の天板が伸び……大きめのワイドモニターが置かれ、座りやすそうなチェアが収められている。


 ネットカフェとかのペア席とかだと、こんな感じのデスクまわりになってるかもしれない。

 非常に限られている空間ながら、極めて効率よく纏められており……おれ個人としては、非情に好みなお部屋だ。




「……パソコン……デカいっすね」


「……えぇ。薦められまして。……慣れれば、これもなかなか便利な道具ですので」


「…………よく、使うんです……か?」


「……それほどでも。……備品や資材の在庫管理と、月々の資金繰りの出納記録、ならびに私的な金銭の出納帳、龍影リョウエイ様との諸連絡に、例の『副業』の商談、他には欠乏消耗品の発注、世間や世界の情報収集……その程度しか」


「「めっちゃ使いこなしてるじゃんっすね……」」


「……そうでしょうか?」



 そうですとも。へたな現代人より扱えてますって。

 ネットサーフィンや通販専用マシンとしてではなく、ちゃんと表計算ソフトやらメーラーやらも使ってあげてるあたり、とても『使いこなしてる』感が高いと思います。


 ……いや、しかし。

 メールの送受信や通販の発注ができているということは……つまり。



「もしかして……いやもしかしなくても、ネット環境完備なのか!? 光なのか!?」


「……そうですね。……川沿いの集落が、数年前に観光客を誘致しようと躍起になったことがありまして。やれ歩道の整備やら、やれ宿泊施設の改装やら、やれインターネット環境の整備やら……その際は手前も微力ながらお手伝いさせて頂き、そのお零れにあずかった形ですね」


「…………光?」


「……電線業者は確か……光ファイバーケーブル、と仰ってましたね」


「ッッッ!! シャァァア!!!」


「おー……ガッツポーズ」



 完璧か。完璧すぎないか。

 青空と木漏れ日の下、バカデカイ敷地に響き渡らんばかりの大声で、おれは歓喜の感情を露にする。


 いや、だって……おれたちが拠点とするための必須事項であり、また同時に最大の懸念であった問題が解決していたのだ。

 ぶっちゃけ山奥とか回線通ってんのかな、新しく引くとすると工事に何ヵ月かかんのかな……とかまで考えたり、工事業者に見積依頼出そうとも考えていたのだ。


 正直いって……物件の規模には若干るけど、それさえ目をつぶれば理想的な物件であることに変わりはない。

 ……どうせ知人を家に招くでもないし、他人にどうこう思われる心配もあまり無い。招くとしたらモリアキくらいだろ。



「ちょっと前向きに検討したくなってきた。リョウエイさんと話進めれば良いかな? そのへんどう…………テグリさん?」


「…………失礼しました。……依頼が届いていたようで」


「依頼って、例の『副業』? 便利やさんの?」


「……はい。…………宜しければ、ご紹介致しましょうか? 若芽様がこの地を拠点となさるのであれば、遅かれ早かれ集落の者と顔合わせを済ませるべきかと」


「うーん…………ま、まだ本決まりってわけでもないし……それにおれ、見た目だし……引かれない?」


「……手前の身なりでも受け入れられましたので、あまり問題は無いかと」


「なんかすごく説得力あるな。……そっか。ありがとう」



 確かに……現在かなり乗り気になってきている以上、近隣の環境は把握しておくに越したことはないだろう。

 せっかく遠出してきたんだし、時刻はまだまだお昼前だし。例の……滝音谷たきねだに温泉街、とかいう場所がどんな場所なのかも、正直にいって気になるところだ。


 ……というわけで。おれは『副業』のお仕事に赴くテグリさんの厚意に甘え、案内と紹介とやらを受けることにした。

 うん、やっぱ調査は大事だもんね。



 それにしても……温泉街かぁ。


 ……ふへへ。ちょっとたのしみ。



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