第129話 【物件探索】すごくすごいおうち




 そもそもおれたちがここへ来た目的は、何を隠そうこの物件の内覧である。

 誰よりもこの物件に詳しい天狗面重装備メイド少女テグリさんの先導によって、ついに豪邸案内ツアーの幕が上がった。

 参加者は御家族四名……もとい三名と、その付き添い兼お抱え運転手が一名。うち御家族三名に至ってはエルフと狗耳美少女と妖精さんという、こちらもなかなか個性的な面子だった。

 ふつうの人間種モリアキしか居ねえ!



 とりあえず……気をとりなおして。さっきまでくだをまいていたリビングからススッと移動して、すぐ隣のキッチンスペースへ。おれもモリアキもお料理が好きな人種なので、やはりここは気になるところだ。

 このお家のキッチンは、今はやりの対面とかアイランドキッチンではなく、調理台が壁際に向いたL字配置のタイプ。まあ建てられた当時のトレンドなのだろう。

 若干奥まっているとはいえ、調理台の内側キャビネットがリビングから丸見えだ。これは常にきれいに保たないといけないやつだ。



「……まず、こちら。先程の居間と続き間となります、調理場です。調理用ならびに給湯用の熱源はプロパンガス、水道は公共上水、管径二十五ミリにて引き入れており、水量水質ともに問題御座いません。換気設備や照明器具類も、動作は問題御座いません」


「スゲェ! ガス火の三くちコンロとグリルに……オーブンまで付いてんぞモリアキ!!」


「えっマジっすか!? ビルトインガスオーブン!? ……あっマジだ。スゲェ。いいなぁピザもロービローストビーフも作り放題じゃないすか。ていうか単純に広いっすね調理スペース……うっわ、食品庫パントリーひっろ」


「……然様に御座いましょう。屋敷全体を通して、広さに余裕を持たせた造りとなっています。相当金回りに余裕があったのでしょう。……計画した当時は」


「「あー…………」」



 昨今のいわゆる一般的な戸建て住宅なんかとは、根本的に異なる造り。建物が完成したのが二十五年前だとして、この別荘地計画が立ち上がったのはもっと前……まだまだ日本全体がバブリーでイケイケドンドンな感じだった時代のことなのだろう。

 設定価格帯も、ターゲットとなる販売層も、現在の一般家屋とは大きく異なっていただろうことは、この僅かな間でも感じ取れた。


 いい意味で現実離れした、見慣れない造りのオウチ見学会。その『驚き』はとどまるところを知らず、この後もおれたちを翻弄し続けるのだった。




「……こちらは洗面室……廊下側と調理場側、左右どちらからも繋がる構造となって居ります。入浴の際はにお気を付け頂ければと」


「モリアキ見て見て! 風呂すっげ! でっけ!」


「うわ……これユニットバス……じゃ、無いっすよね。本当金持ちじみた造りっすね」


「どれどれ……おお、いいね。ひろいひろい。これならノワとキリちゃんとボクと……」


「こっち見ないでください!! オレは部外者ですんで!!」





「……こちら廊下側を出ますと、洗面室の対面は御手洗い……右が階段室、左は先程の玄関ホールとなります。……二階は後にして、先に一階部分を。玄関ホールを横切った先は、畳敷きの和室が二間ふたま


「「二間ふたま」」


「……襖で区切り、別々の個室としても使えます。もちろん続き間とはいえ、別々に出入りできる造りで御座います。……間の襖を取り払えば、二十畳の広間としても利用できましょう」


「「二十畳」」


「……こちら側の間仕切りを開け放てば先程の居間と繋がりますゆえ、合わせて五十二畳の大広間となります」


「「五十二畳」」




 なんというか……規模がいちいち大きすぎて、感覚が狂いそうになってくる。

 おれが現在寝起きしている洋間が八畳間なので……つまりはこの一階部分、居間と調理場――要するにLDK――と和室二間ふたま部分だけで、おれの自室が六つは収まる計算となる。

 ……いやいや待って待って待っておかしいおかしいおかしい。


 ゆとりのある大空間なんてレベルじゃない規模に、ただただ唖然とするしかないのだが……ただひとつ確かなことは『お金持ちの考えることって、いちいち思い切っているなぁ』といったところだろうか。

 おれのような小市民には、こんな建物を建てようなんて考えすら浮かばない。



「……一階部分のお部屋は、以上となります」


「「すごい」」


「……では二階へ。…………こちらが主寝室、家主のお部屋となります。広さは二十畳」


「「二十畳」」


「……二階の洋間です。こちらは十畳。ルーフバルコニーへと出られます」


「「ルーフバルコニー」」


「……こちらは畳敷きの和室。眺望良好に加えて、吹き抜けより一階居間が見下ろせます」


「「吹き抜け」」


「……二階部分のお手洗いと……こちらがシャワーブースとなります」


「「シャワーブース」」



 ……これ、もう……個人宅じゃないでしょ。

 スタジオつくって自室確保して霧衣ちゃんのお部屋確保して……仮にラニにも一室割り振ったとして、それでも部屋数に余裕がある。本当にすごすぎる。

 というか、一部屋最低でも十畳以上って。……主室に至っては二十畳って。



「これ……建物自体、何坪なの?」


「……およそ二四〇平米、七十四坪ですね」


「二倍――――――!!!!」



 恐ろしい。恐ろしい建物だ。この建物そのものも非常に恐ろしいが、こんな建物を一人だけで長年保守してきたテグリさんもある意味恐ろしい。

 

 ……いや、まてよ。

 今案内されたこのお家の中には……まぁもちろん入居者が居ないというのもあるが、生活感がほとんど感じられない。

 と、なると。



「…………あの……テグリさん、は……どこで寝起きしてるんです、か?」


「あっ、そういえばそうっすね。管理人室みたいな部屋でもあるんすか?」


「…………納屋を」


「「……なや」」


「……ご要望とあれば……そうですね。御案内しておきましょうか」



 なや。納屋。……つまりは、別棟の物置。

 顔全体に『マジか』と書かれたおれたちをよそに、テグリさんは先導するようにテクテクと玄関へ。後に続くおれたちも履き物をはいて一旦アプローチに出て、そこからは脇道に入って割とすぐ。

 鬱蒼とした低木による隠蔽と、すぐ側に佇むヤベェお家に目が行ったせいで全く気付かなかったけど……そこには確かに、ひっそりこぢんまりとした建物が存在していた。


 規模でいうと……あのお家を一般家屋と仮定すると、それこそプレハブ物置くらいの比率でしかないだろう。ぱっと見た感じだが、六畳間が二階積み重なったくらいの大きさに……見える。



「……倉庫としての役割に加え、庭園用小型車の格納を目的としていた模様に御座いますが……手前が管理人として赴任するにあたり拠点とすべく、龍影様に改装の許可を頂きまして」


「か、改装の許可って……一人でやったの!?」


「……ええ、まぁ。……一から住処を創るよりは幾分ラクですので」



 外壁には蔦のような植物が這っており、母屋おもやとは異なりなかなか年期を感じさせる佇まい。

 しかし構造やら機構自体はしっかりしているようで、入り口である引き戸はがたつきや軋みもなく滑らかに開かれた。




「……あまり……見て楽しいものでも無いとは存じますが」


「…………ぇえ?」



 二階建て物置の一階部分。

 テグリさんが宿直室として手ずから改装を施した、その居住空間。


 入り口入ってすぐにある土間と、やや急で妙に細い階段をスルーした、その奥。

 決して広くはない、むしろ非常にコンパクトに纏められたそこには……




 どう見ても割と現行モデル、少なくともここ十年以内に調達されたであろうデスクトップパソコン一式が、壁際のデスクにきっちりと収められていた。



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