第127話 【年始休暇】5SLDK管理人付き





「あっ……あった。ほんまや」


「ホヘェ、まじっすか」


「まじまじ。ほらここんとこ『契約済保守担当要員一名』って書いてある」


「あー……なるほど。つまりこちらのかたが」


「……御理解頂けたようで、何よりです」




 二十五年の歳月を感じさせない、清掃と整備の行き届いたリビングにて……おれたちは霧衣ちゃんが持たされていた物件資料を、改めてじっくりと読み直していた。

 それによるとこの物件、広大な土地と5SLDKの家屋に加えて……なんとなんと『保守担当要員』、つまりは管理人さんまで付いてくるらしい。

 いや、至れり尽くせりっていうかなんていうか……まずはそもそもこの『保守担当要員』さんだ。いったい何者なんだってばよ。


 恐らくだが……二十五年もの間、保守担当としてこの物件の保全に務めてきたのだろう。建物に荒廃した感じが見られなかったのも、つまりはこのひとの功績によるものなのだろう。

 その経歴とその外見からして、十中八九神使の方々と近しい存在。年齢を感じさせない容姿をもち、作業に適した服装でありながら……しかし一部致命的に、この現代日本にはそぐわない格好。



「……えっと、ごめんなさい。……お名前……お伺いしても、良いでしょうか?」


「……これは失礼を。なにせ久方ぶりの来客ゆえ、少々常識を欠いてしまったようで」



 そう前置きを述べると……保守担当要員の彼女(?)は踵を合わせて居住まいを正し、堂々たる姿勢にて名乗りを上げた。



「手前は……鶴城神域マワカタガシラ龍影リョウエイ様がしもべ、天つ走狗の山伏が一翼。姓を狩野カノ、名を天繰テグリと申します」


「あっ……ご丁寧にどうも。おれは……えっと、動画配信者やってます。木乃きの若芽わかめっていいます」


「……成る程。貴嬢が……あの」



 テグリさん……どこか異国情緒漂う響きだが、やはりというかリョウエイさんのところ所属らしいので、やっぱり日本人なのだろう。短めで揃えた清潔感のある髪は、日本人によく見られる真っ黒な色だ。

 しかしながらその身に纏うのは、違和感がものすごい――いや、室内作業用の服装としては正しいのかもしれないが――丈と袖の長い黒のワンピースドレスと、白く輝くエプロンドレス。

 ええ、はい。つまりは……どう見ても、古式ゆかしいメイド服である。


 オマケにその腰周りを彩るのは……建築現場や工事現場でお仕事する方々が身に付けてそうな、非常にゴツいツールバッグ。しかもどうやらガワだけじゃなく、実際に多種多様な工具が収まっているようだ。

 がちゃがちゃ音が鳴るほどに様々な工具を身に付けていては、ツールバッグが巻き付いている腰やら足やらに負担が掛かりそうなものなのだが……恐らくだが、テグリさんはどうやら大して気にしていない様子。


 恐らく、というのはほかでもない。

 立ち姿勢や声色から推測することは出来るのだが……おれたちには、実際にテグリさんの表情を窺うことが出来ないのだ。



 黒髪に縁取られた、彼女(?)の顔。

 そこには、彼女の纏うクラシックメイド服と非常にそぐわない――いや、むしろ本来の所属からすると正しいのかもしれないが――物々しい天狗の半面が、口許以外全てを覆い隠していた。



「……あの…………テグリ、さん?」


「? ……はい。なんでしょうか」


「えっと……そのお面って」


「……解り易いかと思ったのですが……お気に召しませんか?」


「わ……わかりやすい、って……まさか、やっぱ」


「……ええ、その通りです」



 背丈のほどは、霧衣きりえちゃんよりも少し高い程度。モリアキを基準にすると、だいたい彼の肩くらい。自らを『天つ走狗の山伏が一翼』と表した、リョウエイさんの部下。


 ロングスカートのクラシックメイド服に、嵩張かさばり重たそうなツールバッグを腰に巻き……天狗の半面で目元を隠した、物静かな(たぶん)女の子。なおおむねは控えめながら確かに存在を主張しているくらい。ぶっちゃけ好みのサイズです。



「不肖、狩野カノ天繰テグリ。……現在は約定に基づき、家政婦の役を頂戴しておりますが…………これでも以前は『大天狗オオテング』を名乗ったこともございまして」


「………………すごいひとじゃん」


「ヤベェお方じゃないっすか」


「……恐縮です。……まぁ、所詮は布都フツノ様に御厄介となっている、いち居候にございますが」



 やばい神様がヘッドを張る鶴城つるぎ一派は……家政婦さんに至るまで実力者揃いのようです。


 ハチャメチャに広い敷地と、バカデカいお家と、冗談みたいな実力者であろう管理人……至れり尽くせりっていうか、ここまで来ると逆に怖い。

 …………フツノさまは本当……おれに何をさせようとしてるのだろう。








…………………………





「やぁやぁ知我麻チカマ。聞いたよ、若芽殿が例の物件見に行くって?」


「その様ですな。朝方一報が入っておりましたので……そろそろ到着する頃合いかと」


「いやー良かった良かった。思った通り、興味持ってれたみたいだね」


「…………宜しいのですか? 大天狗殿と引き合わせてしまって」


「まぁ僕も色々考えたんだけどね。様々な可能性を鑑みた結果……若芽殿に全部任せるのが得策だと判断した」


「それは…………それは」


天繰テグリも悪い娘じゃ無いんだけどね。さすがに三十年近く放置して居た訳だろ? ……僕達が顔を出した処で、火に油を注ぐだけだと思わないか?」


「…………そう、ですな」


「大丈夫大丈夫、若芽殿はきっとうまってれるよ。何も心配要らないさ」


「……返信だけでも、返しておきます」


「うん、任せたよ。じゃあ僕はコレで。…………若芽殿への報酬額の件でね、勘定方に呼び出し喰らってるんだ。……割とガチな声色だったよ」


「御愁傷様でございます」




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