第126話 【年始休暇】山あいの温泉地





 おれやモリアキや……フツノさまたちが住む浪越市から、第二東越基幹高速に乗って東進することおよそ一時間。

 目を輝かせながら静かに、そしておしとやかにはしゃぐ霧衣きりえちゃんにほっこりしながら車は進み、ついに目的地の最寄りであるインターチェンジに差し掛かった。

 都市部にあるような大掛かりなものではなく、自動の発券・精算機が据え付けられたレーンが一本のみの、ぶっちゃけたいへん地味なインターである。


 あたりを見回してもお店の類は見当たらず、当然人々の賑わいなんかも見られない。地図上では、こぢんまりした温泉街が近くにあるようなのだが……少なくともこのインターチェンジの近辺にまでは、その賑わいは届いていない。温泉街の名前と矢印が書かれた看板がひとつ、ぽつんと立っているのみだ。

 道路脇の植生は冬場なのに元気がよすぎて、整備費を倹約させられている様子がなんとなく伝わってくる。


 あくまでも高速道路の敷設が優先され、ここのインターチェンジはあくまでもおまけ程度に設けられたものなのかもしれない。『ここに本線が通ってここで下道とぶつかるし、じゃあインター作っとくか』みたいな。もしくは工事車両の進入ルートを再利用したとか。

 ま、まぁ……お役所の方々の考えまでは、おれにはわからないけど……少なくともおれの地元にあったような『インターチェンジを中心としたグルメストリート』『高速道路利用者を見据えたビジネス・リゾートホテル街』のような賑わいは、ここでは見られなかった。

 ……それが悪いということでは、決して無いのだが。



「……合ってるっすよね? 誉滝ほまれたきインター」


「合ってる合ってる。滝音谷たきねだに温泉って看板あったし」


「……斯様な箱の中に入ってのお勤めとは……なかなかに息苦しそうでございまする」


「うん? …………あぁ。……いやあ、霧衣きりえちゃん可愛かわゆすなぁ」



 おれたちにとっては何とも感じないものでも、長らく境内から出たことのなかった霧衣きりえちゃんにとっては、どれも新鮮に感じるものばかりなのだろう。

 よくある『現代にタイムスリップしたお侍さん』モノのようなリアクションにほっこりしながら、車はバーをくぐって一般道へ。

 ナビの誘導は件の『滝音谷たきねだに温泉』……ではなく、その反対方向へと向かっていく。



「あっ、もう別荘地に入るんだ? 『フォールタウン』って看板あったわ。この上もう例の別荘地ってこと?」


「そうみたいっすね。温泉街と別荘地の間にスマートインターがある感じっすか」


「……おいおいおい、思ってた以上にお店無いぞこれ」


「あるとしたら温泉街の方っすかね……ナビにはそれっぽいアイコン映ってなかったっすけど」


「ヒェッ……」



 う、うん……確かに、温泉街には程近い。

 車道は大きく迂回するようなルートを描いているが……最短ルートを歩めば確かに、五分程度で温泉街に辿り着けそうだ。


 だが……温泉街に辿り着いたとて、そこにお店があるとは書いてない。

 個人経営の飲食店なら探せばありそうだが……少なくともカーナビにアイコンが載るような全国チェーンのコンビニや飲食店、スーパーマーケットの類は無いようだ。


 贔屓目に見て、車での通勤はそれなりに便利だったとしよう。

 しかし一日の仕事を終えて帰ってきても、近くで食料を買えそうなお店がほぼ無い。かといって食事が出来るお店も、恐らく選択肢は多くない。

 温泉はあるだろうけど、他の娯楽は……ナビを見た感じ、見当たらない。


 なるほど確かに。長年買い手がつかなかったのも、なんとなく頷ける気がする。



 別荘地の正面入り口を通ってからは、物件自体は割とすぐだった。

 きらきら顔で周囲に目線を巡らせている霧衣ちゃんと、わくわく顔で表情を輝かせているラニの笑顔を尻目に……車は速度を落とし、やがて停止する。


 別荘地内の物件というよりかは、行き止まりの林道と言われたほうがしっくり来るだろう地点。

 まさかここじゃないよなというおれたちの思考を読んだかのように、カーナビの音声が無慈悲にも『目的地に到着しました』と告げる。



「………………どれ?」


「…………あ、見えた。あれじゃね?」


「あ、あれっすか。……ぇえ、そゆこと……マジで道繋がってないんすか……」


「アプローチとか完全に草に覆われてんじゃん……こりゃ草生えるわ」




 物件資料にあった家屋……建て売りの別荘というのは、今車を停めているここから見上げる形となる、あれのことだろう。隣接する車両用道路無しというのは、物件と道路地点は大きく高度差があるということだったらしい。

 コンクリートで固められた壁の上、長い階段を昇った先に、確かに大きな建物が建っているのが見てとれる。……多分この場所にクレーンか何か設置して建てたんだろうな。


 外観は特に問題があるとは思えない。建物が乗っかってるこのコンクリートの壁も、確かに年月相応の汚れで黒っぽくなってるが……ひび割れや崩落なんかまるで見当たらない。

 築二十五年でろくに手が入っていないとなると、もっと荒れていても良さそうなものだけど。……いや良くはないや。

 ともあれ、全くの手付かずで放置されていたわけでは無さそうだ。もしかしたら鶴城神宮の関係者が、定期的に手入れに訪れているのかもしれない。




「とりあえず……鍵貰ったってことは中見て良いんだよね? せっかくだから、見るだけ見てみよう。……せっかくだから!」


「いやぁー……いい笑顔っすね先輩。まあ気持ちは解りますけど」



 霧衣ちゃんに鍵を持たせたということは、つまりはそういうことだろう。

 一応モリアキ宅を出発する前に、チカマさんに『内覧に行ってきます!』とREIN入れてあるので……これだけ時間をおいても『待った』が掛からないということは、つまりは内覧しても問題ないということだ。……と思う。


 共有であろう道路に路上駐車するのはちょっと気が引けるが、そんな何時間も停めなければ大丈夫だろう。……ていうかそもそもこのあたり他に家無いし。

 シートベルトを外してショルダーバッグをひっつかんで、おれはワクワクを隠すこともなく地面に降り立つ。山の中だけあってやはり空気が澄んでおり、深呼吸するだけで心が落ち着く気がする。




「……うん。良いねここ。さすがに魔素は無いけど、嫌ぁな気も感じない」


「霧衣ちゃん足下きをつけてね。モリアキはやくはやく!」


「ワカメ様……元気いっぱいでございますね」


「ホンットお子様みたいっすよね。はしゃいじゃって」


「はー???」



 モリアキには後でセクハラでも仕掛けてやるとして……とりあえずはこの物件である。

 元気に伸びた草に覆われたアプローチを通りやっと辿り着いた玄関扉は、なかなかに重厚感がある立派なものだ。造りもしっかりしており、特に傷んだ様子は見られない。


 キュロットスカートのポケットから鍵を取り出し、心が高鳴るのを感じながら鍵穴に鍵を差し込み……回す。

 これもまた軋みや引っ掛かりや嫌な摩擦音なんかを響かせることもなく、大変スムーズに機構が働き、小気味のよい音と共にロックが解除される。その動きはとても滑らかであり、やはり長年放置されていた家屋らしくはない。

 やはり絶大な不人気とはいえ鶴城神宮関係者の所有物件、きっちり定期的なメンテナンスが施されていたということなのだろう。おれは一人で勝手に感心していた。



 ともあれ、期待通りに鍵は開いた。ドアノブをつかんで捻り、よっこいしょっと引っ張る。

 どっしりと厚みのある玄関扉は、しかしながら大きな抵抗もなく滑らかに開き……おれは無人の静けさに包まれたお家へと、ついに足を踏み入れ、



「お……おじゃましまぁーす」


「……はい。いらっしゃいませ」


「????????」





 ……おれは無人の、静けさに包まれのお家へと、ついに足を踏み入れ……ようとしたところで。



 予想外の事態に、足が止まった。



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