第112話 【年末騒動】ええい面倒な!




 おれの輝かしい(?)初陣となった、浪越銀行神宮支店での一幕。まだこの身体で戦うことと『魔法』の扱いにそれほど慣れていなかったおれだったが……あのときは相手との相性もあってか、さほど苦戦せずに無力化することが出来た。


 あのときは保持者の『願い』が『復讐』方向へと集束していたため、まだそこまで彼の怒りを買っていなかったおれは攻撃対象と見なされなかったのだろう。

 あのまま戦闘が長引けば、いずれ敵対認識されてしまっただろうが……その場のノリで行動したにしては、なかなか上出来な立ち回りだったと思う。



 ……今まさに神宮東門駅の駅ビル五階で戦闘中であるおれが、どうしてそんなことを思い返しているのか。


 簡単だ。今回はとは、どうやらなにもかもが正反対だろうからだ。




『後方七時!!』


「ッ!!」


『左右ほぼ同時!!』


「っとォ!?」


『ッ!? 上!!』


「ぐ……!?」




 周囲四方八方から立て続けに降りかかる敵意に、おれは突風に舞う木っ端のごとく翻弄される。

 薄暗い店内を這うように駆け回り、什器の列をかくみのにしながら右へ左へと転がり回る。


 敵の攻撃手段そのものは、全く洗練されていないただの『具現化させた魔力塊』でしかないのだが……厄介極まり無いことに【防壁】をほんの一瞬で侵食し切る破壊力を秘めており、回避し続けることしかできない。

 一対一ならいざ知らず、それが四人も揃って立て続けに攻撃を仕掛けてくるなんて……まったく悪夢というほか無いだろう。



「【氷槍アルケート】! っらァ!!」


『……ダメだ、目標健在』


「やっぱか畜生! 【草木ヴァグナシオ】!」


『接触と同時に解呪ディスペルされてる……デタラメだ』


「ホンっトだよ! んぎぎぎぎ……!!」



 おれの魔法による攻撃も、奴らに直接触れた途端に強制解除されてしまうらしい。

 しかし【氷槍アルケート】射出の際に付与した運動エネルギーは着弾の瞬間まで残っていたらしく、辛うじて衝撃で弾き飛ばす程度の成果は挙げられたが……一方で拘束を試みようと放った【草木ヴァグナシオ】に至っては、触れた瞬間に霧消してしまった。


 だがそれでも、遣りようはある。奴らが壁や床に触れている以上、何でもかんでも消し飛ばせるというわけでもあるまい。

 そこかしこに散らばる什器に対しては、おれは充分【草木ヴァグナシオ】で干渉することができるのだ。ぶっといツタを操って什器の幾つかを絡め取り、壁際へと奴らを押し込んで制圧を試みる。さらにその外側にも【草木ヴァグナシオ】を張り巡らせ、什器と床あるいは什器どうしをガッチリと拘束する。

 ……ヒト一人で持ち上げるには、いささか重量があり過ぎる什器だ。ちょっとやそっとの力では抜け出せまい。



 おそらく基幹となっているのは……認めたくないが、おれに対しての特効効果。今や理性も欠いた彼らに問い質すことは不可能だろうが、つまりは『若芽ちゃんを捕まえたい』『拘束したい』『征服したい』『組み敷きたい』……そんな系統の願い欲求が、都合良く『種』に拾われてしまったのだろう。

 彼らとて、おれ若芽ちゃんが世間を賑わす『正義の魔法使い』と知っていたわけでは無いだろう。あくまでおれの蒔いた餌(=初詣で巫女さんの助勤やるよ!)に釣られてここまで来たところで、鶴城神宮の神域結界に『苗』が本能的な危機感を抱いた結果、同様の境遇に陥った『苗』どうしで結託し、鶴城神宮の目の前で様子を窺っていた……そこをリョウエイさんが捕捉し、おれに対処依頼が下された、ってところだろうか。


 現状おれに与えられた材料から判断する限りでは、こんな感じの推測だが……あながち間違いじゃ無さそうなところと、これでは何の解決策も見いだせない辺り……非常に頭が痛くなる。



『ノワ来るよ!! 足下!!』


「っ!? クッソ!!」



 おまけに……この攻撃手段が、また嫌らしい。

 こんなところにまでおれ若芽ちゃんに対する特効効果が働いているのだろうか……理由はよく解らないが、ひたすらに知覚しづらいのだ。


 おれの視覚は――エルフ種族の特性だと思うのだが――魔力の流れをある程度、ることが出来る。

 相手が魔法を唱えていればその発現を察知することが出来るし、空間中に顕現しようとする魔法に対してもその『予兆』を感じとることが出来る。

 …………本来であれば。


 だが……今回に至っては。おれに対して抱いた『よからぬこと』を原動力としている彼らの、おれに『よからぬこと』を企てる攻撃に対しては。

 おれの視覚の魔力感知が……まるで働いていないのだ。

 そのため先程からは白谷さんのフォローと、鋭敏な聴覚で捉える魔法発現の瞬間の『大気を抉じ開ける音』を聞き取ることで、なんとかどうにか避け続けることが出来ているのだが……それはあくまで、この距離を保っているから。

 彼らの延髄に延びる『苗』を除去しようと接近を試みれば、そのぶん攻撃の精度も上がることだろう。今以上に回避が難しくなることは確かだろうし……いつまでも避け続けられるとも限らない。


 …………本当に、どうしたもんか。




『…………ノワ、ちょっといい?』


「んう、っと……なあに?」


『ひとつ考えがあるんだけど……乗ってくれる?』


「考え……?」



 白谷さんからの声に一旦距離を取り、攻撃の頻度が落ちたところで……白谷さんの提案する作戦イメージを精査する。伝声通信魔法の一部機能を拡張して、言葉と併せて作戦概要のイメージを受け取る。

 なるほど、うまくハマれば効果はありそうだが……白谷さんの負担が大きい、というか……単純に危険すぎる。



「……………………それ、……大丈夫なの?」



 奴らの『わかめちゃん特効』とでもいうべき特性が、おれと魂を共有する白谷さんにも適応されないとも限らない。

 なにせ、おれの【防壁グランツァ】を一瞬で喰い破るほどの侵食力なのだ。そんなものがおれの可愛い相棒に降り注げば……心配するな、っていうほうが無茶な話だ。



『解るよ。キミがボクに抱いている、懸念。心配してくれてるんだろう? …………でもねノワ、覚えていて。ボクはそれと全く同じモノを……キミに対して抱いているんだよ』


「っ、それは……」


『奴らの身体能力は、幸いまだ人間のままだ。……であれば、姿を隠したままのボクが見つかることは無い。少なくとも、今はまだ』


「……成長したら、手の打ちようが無くなる、と」


『ノワは賢いからね。解るハズだ。……大丈夫、言うほど危険は無いよ。なにせキミと違って、ボクは奴らに見えていないんだ』



 薄暗がりの先、赤々とした目を光らせる四人の『保持者』が……ついに什器の拘束を押し退ける。

 亡者のようなおぼつかない足取りで、それでも確実にこちらを認識し……おれたちの隠れる防火扉へ向かってくる。


 うだうだ悩んでいる時間は……あんまり、無い。




「…………いっしょに、新年迎えるんだからね。いっしょにおもち食べて……いっしょにお神酒飲むんだからね!!」


『当然だろ相棒。ボクらの相性を見せ付けてやろう』



 白谷さんの提示した作戦は……彼女はもちろん、おれだって重要な役割が多くある。

 彼女が覚悟を決めたのだ。それに応えずして……何が相棒か。


 さあ、反撃だ。

 おれたちの底力……よーく見とけよ!!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る