第113話 【年末騒動】状況一転また一転




 おれの紡いだ魔法による攻撃も――そしておそらくは『聖命樹のリグナムバイタ霊象弓ショートボウ』の矢による攻撃も――その一切が通用しない四名の『保持者』。

 圧倒的に分が悪いこの一戦を制するため、おれたちは同時に行動を開始した。




「【草木ヴァグナシオアルム】! どっせェい!!」



 モノを保持することに特化させた特性を付与し、【草木ヴァグナシオ】の腕を造り出す。そのままそれで周囲に散在する什器……百均商品をたっぷり詰め込んだ商品棚を引っ掴み、投げる。

 もちろん、さすがに直撃コースは狙わない。いくら『苗』によって身体を改竄されていようと、あれほどの質量弾が直撃すれば良くて大怪我、下手すれば死亡に繋がりかねない。

 横長の什器は狙い通り、保持者のすぐ横へと着弾する。陳列されていた商品(五百ミリペットボトル飲料・常温)がぶちまけられ、保持者たちは本能的に身をすくませる。速度を伴う五百グラム超の質量弾が降り注ぎ、身体中に直撃を受けた保持者の足が止まり、これにはさすがに体勢を崩す。



「も一丁いっちょ……おらぁ!!」



 第一段階の成功を確信しつつ、続けざまにもう一投。同様に五百グラム質量弾(一部二五〇グラム弾含む)を満載した什器が狙い通りに飛んでいき……ぶち撒けられる質量弾の雨に、奴らの行軍と攻撃動作が完全に止まる。


 ふと前方をよーく見れば……視界の端っこにひっそりと、頼れる相棒の姿。つまり第一段階はなんとかクリア出来た模様。

 というわけで、続けて第二段階。とはいってもやることは大して変わらない。増設した【草木ヴァグナシオアルム】で陳列什器をぽいぽい連投。……ただし今度は商品の数・細かさを優先し、体制を崩すことよりも奴らの視界を塞ぐこと・おれたちから注意を逸らすことに注力する。

 視界を埋め尽くすほどに飛来するを前にしては、お世辞にも思考能力が高いとは言えない『苗』は漠然と顔を覆って防御することしか出来ない。


 ……第二段階、クリア!



「っ、ラニ!!」


我が意を繋げメィウィリアス! 【繋門フラグスディル】!』



 奴らが顔を覆って自ら視界を閉ざし、かつおれの放り投げた散弾が放物線軌道を描いている……まさに、今この瞬間。

 第一段階で奴らの足を止めている隙にその背後に回り込み、こっそり【門】の座標指定マーカーを打ち込み即撤退していた白谷さん……満を持して開かれたその座標指定マーカーへの【門】に飛び込み、一瞬で奴らの背後へ移動する。


 周囲にはいまだから降り注ぐ、百均商品の絨毯爆撃。その中でこちらに背を向け顔を覆う防御体制を取る『保持者』達、その無防備なうなじが眼前に並んでいる。



(貰っ、た……ッ!!)


「【加速アルケートドヘル】!!」



 白谷さんの【門】から飛び出たその勢いのまま、【加速】の身体強化バフ魔法を纏った身体で『保持者』たちに肉薄する。丁寧に引っこ抜かないと根っこがちぎれて残ってしまう可能性があるとか、彼らの身体に後遺症が残ってしまう危険があるだとか……考慮しなきゃいけないことも勿論あるが、しかし今は一人でも多くの敵対対象を無力化しておきたい。

 いかに思考力の乏しい『苗』とて、同じ手はそう何度も通用しないだろう。最大の成果が期待できる初手を逃せば、その後に好機チャンスは期待できない。



 一瞬の葛藤を乗り越えて伸ばした手は……右手で一本、左手でもう一本の『苗』を引っ掴み、そのまま引き抜く。


 駄目押しとばかりに、白谷さんがもう一人の『苗』に飛び付き……両手でしがみついたもう一本を、渾身の力で引き抜く。




「ッッ!? ギャ――――――」

「グェッ、グギ――――――」

「!!? ぅギャ――――――」



 身体中に張り巡らされた『根』が消滅を始め、それに伴い身体中をむしりながら悶絶し始める三人……しかし最後の一人までは、結局手を伸ばすことが叶わず。

 振り向いたそいつの真っ赤な目が、至近距離からおれをと見据え……


 その口角が不気味に、しかしはっきりと吊り上がる。





我は紡ぐメイプライグス! 【回復・極レザリシュオ】!!」


「ガっ!? ぐ、か……ッ!!」


「っ! 我が意を繋げメィウィリアス! 【繋門フラグスディル】!!」





 甘く見ていた……なんて次元じゃない。

 なんということはない。先程まで空間を隔てておれに降り注いできた、いわゆる『具現化した魔力塊』……洗練されているわけではない、などとタカを括っていたそれを、直接身体に押し付けられただけだ。

 おおよそあらゆる攻撃と衝撃を遮断する【防壁グランツァ】、きわめて堅牢なさえ容易に崩壊させる魔力塊だ。特効対象であるおれに直接叩き込まれればどうなるか……そんなの、考えるまでもないだろう。


 だが……幸いというべきだろう、奴ら四人のうち三人の無力化には成功したのだ。一旦体制を立て直して、再度攻撃を試みれば……充分すぎるほど勝機はある。


 大丈夫。まだいける。次はもっとうまくやる。うまくやってみせる。

 急がないと。時間がない、急がないと。急いで、急いで、急いで、急げ。早く。急げ。早く早く早く早く早く。




「ノワのバカ! ちょっと落ち着けよ!!」


「えば……ば、バカって……そんな」


「バカだろう!? 解ってるだろ!? キミ今冗談じゃなく死に掛けたんだぞ!? 一瞬とはいえ心臓と片肺が消滅したんだぞ!?」


「…………あう。見事に血で真っ赤だね」




 白谷さんの機転で離脱したおれたちの所在は……現在駅ビルの外、地上階ピロティ部分。

 この周囲はさっき『葉』を刈り尽くしていたお陰で安全地帯となっているようで、おれはコーヒーショップのテラス席に座らされて白谷さん私物の霊薬ポーションを飲まされ、またお説教を受けているところだ。


 さっきの一瞬。ほんの一瞬とはいえ……奴の手で触れられたおれの身体は、瞬く間に侵食されていった。

 左胸を中心として半径十センチ程度の球状に、おれの身体は比喩じゃなく削り取られたのだ。一瞬で事態を把握した白谷さんが極級の回復魔法を掛けてくれたお陰で、幸い体組織に大きな影響は無いようだが……ほんの数瞬とはいえ大怪我を負った激痛はまだズキズキと響いているし、大穴が空いたことによる出血は服を赤黒く染めたままだ。




「…………ありがとね、ラニ。助かったよ」


「っ、っ!! …………もぉぉぉ!!」


「ははっ。……ありがとう。白谷さんがいてくれて良かった。……おれもまだまだ死にたくないもん」



 限りなく危険だった、ということは……間違いないだろう。胸を骨と臓腑ごと抉られた激痛は、なかなか忘れられるものじゃない。

 あんな痛みは、さすがに二度とごめんだ。おれは決して戦闘狂なんかじゃないし、どちらかというと臆病者だ。正直なところ危険な目には逢いたくないし……なにより、おれはまだ


 せっかく……せっかく『若芽ちゃん』が軌道に乗り始めたのだ。

 まだまだやりたいことも、試したいことも……恩返ししなきゃいけない人も、いっぱいいる。


 だから……おれはまだ、






「私もそうだ。私はまだ死にたくない」


「うん。……………………えっ?」




 この世ならざるモノのみが行動できるという、『カクリヨ』の結界内。

 さっきまでの激闘の場から一時撤退した、駅前カフェのテラス席。




「……何者かな? どうやってココに?」


「無論、浪鉄ローテツだよ。此処は駅だろう? 電車で来たに決まっとろう」


「えっ? ぇえ……っ!?」




 光量の頼りない照明を背景に……いつのまにかすぐそこの席に、見知らぬ老紳士が座っていた。





――――――――――――――――――――


※ねたばれ:この作品はべつに大してシリアスにはなりません。


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