第103話 【報告配信】新規事業の進捗評価



 輪っかのゲームで大活躍したこの家庭用ゲーム機は、国内トップクラスの玩具メーカーによる渾身の逸品である。

 そのラインナップはこれまでのゲームソフトとは一線を画しており……老若男女問わず楽しめるように、その高性能っぷりを活かした様々なゲームが取り揃えられている。


 そんな独特ともいえるラインナップの中のひとつ。某大学の教授を筆頭に名だたる学者さん達が全面監修を行った、一般的に『ゲーム』と言われて想像するものとはちょっと趣の異なるゲーム。


 それがこの……『脳を鍛えるみんなの思考力トレーニング』である。






「ふふふふふ……! どぉーですか皆さん! これがかしこいかわいい若芽ちゃんの本気ってやつですよ!!」


「おぉぉ…………いや、すごくない? 割と冗談じゃなく……すごくない?」



 現在はゲームのリザルトとなっている配信画面には、おれの激闘の成果が余すところなく表示されている。

 瞬間記憶力、瞬間判断力、瞬間計算力、並列思考力、漢字知識、文法知識……この六項目で表される六角計グラフは、もののみごとに最も大きな正六角形を描いている。……つまりまぁ、最高評価というわけだ。

 紙吹雪が舞い散るリザルト画面の隅っこで、白の小袖を纏った緑髪エルフの少女が堂々たる自慢ドヤ顔を晒しているのだが……こればっかりは多少調子に乗って良い結果じゃないかと思う。


 それにしても……なんとか合成する手法が見つかったから良いものの、グリーンバック使えないのは痛手だった。何せおれは頭髪がモロにグリーンだもんな。でもなんとかおれの姿を画面に合成する手段が見つかって、望んだ形になって良かった……魔法マジパナい。

 ほんの数瞬、遠い目で自らの功労を振り返りつつ……ゲーム機とタッチペンを机に置いて腰に手を当て、まるで『えっへん』とフキダシで描かれそうな程に堂々としたキメポーズを取る。先週の体力作りゲームはグッダグダのグッズグズだったので、知力を必要とするこっちで雪辱を果たせたのはとても嬉しい。今度は勝ち申した。

 ……勝つとか負けるとかいうゲームじゃないような気もするけど、そこはまぁ、ほら。自分との戦いっていうか。



「『全世界ランキング』とかあるよこれ。……すごいね、世界規模で販売されてるんですね、このソフト。どうかな~何位かな~~……おお?」


「おーすごい、二桁だ」


「お……ぉおぉ…………やっぱすごいんですよね? これ…………ふ、ふふーん! どぉーですか視聴者さん! これが若芽わかめちゃんの実力ってやつです! 世界規模ですよ!!」


「いやあ……正直、ここまでとは思ってなかった。ごほうびも考えとかないとね。モリアキ氏に発注しとくよ」


「やった! 楽しみ! よろしくお願いしますねモリアキさん!!」



 さすがに全世界の頭脳自慢が、みんながみんなこのゲームとランキングに参加しているわけじゃないとはいえ……この全世界ランキング結果が、そのまま全世界かしこさランキングとイコールとはいえ。少なくとも日本国内において、このゲームのプレイヤーの中では、かなりの上位であるということが証明できたのだ。

 これはごほうびを貰っても問題ない、非常に優秀な成績といえるだろう。


 小さくぴょんぴょんとあざと可愛いく喜びを表現するおれと、歓喜に湧くコメント欄。約一名、なんだか見知ったIDの視聴者さんが悲鳴を上げていた気がするが……おれの目とて万能じゃない。見落とすことだってあるだろう。つまりはなにも見なかった。いいね。



 というわけで。そろそろ脳トレのゲームを始めて、一時間近くが経過しようとしている。

 チュートリアルから始まり、デイリー脳トレプログラムやらエンドレス暗算プログラムやら……さっきの総合力判定プログラムの世界ランキングまで。

 駆け足であったことは否めないが……一通りはこのゲームを堪能できたのではないだろうか。

 それと……この木乃若芽ちゃんのかしこさを、世間へしっかりとアピールできたのではないだろうか。



 つまりは、冒頭の重大発表――白谷さんのお披露目と鶴城つるぎさんでの年末年始助勤アルバイト――に始まり、みんなだいすきなゲームで遊びながらかしこさアピールを図り、ちゃっかりとママモリアキごほうび新作ファンアートを要求して……これで最後のを残し、今回の生配信でやるべきことは消化し終えたことになる。


 時間的にもちょうど良いので、そろそろクロージングに移ろうか。



「まぁ、こんな感じで。最後はわたしの独壇場でしたけど、今後はわたしとラニの二人体制でコンテンツを提供していきますので」


「ボクたち『のわめでぃあ』を、今後とも宜しくお願いします」


「宜しくお願いします!」


「…………って待って待ってノワ。まさかこのまま終わりじゃないよね? まだあるでしょ?」


「えっ? えっ、終わり……えっ? だめ?」


「ダメに決まってるでしょ! 前回ほら……あんなにおうた喜んでもらったじゃん! ノワは局長なんだから、視聴者さんの期待には応えないと!」


「えっ……でも、あれは……要望があったからで」


「今日だってめっちゃ要望あるよ! むしろおうたの要望はいつでもあるよ! ……なぁそうだろ視聴者諸君!!」


「ぇええ、そんな…………わ、わあ、あわわわ……!? ほ、ほんと……ほんとに?」



 白谷さんが何を言いたいのかを割と早い段階で察し始めた視聴者さん達(うち一人は見知ったID)の手によって、始めはほんの僅かに掻き立てられるばかりだったさざ波は……今やコメント欄全体を揺るがすほどの大波に、盛大な『おうた』コールとなるまでに成長している。

 ある程度のがあったとはいえ……いとも容易く視聴者さん達を煽動してのける白谷さんの手際にも、内心は『計画通り』とばかりにほくそ笑みながら困惑顔を纏うおれ自身の演技力にも……どこか末恐ろしいものを感じなくもないが、とりあえず場の空気は整った。


 前回に引き続き、今回で二回目。あと一・二回でも続けられれば、定番化は固いだろうか。

 幸いにして視聴者さんからの期待も熱く……生歌アカペラ民謡のコーナーも、この調子なら定着させることが出来るかもしれない。



 ただ、まぁ……今日のところは。



「じ、じゃあ…………ちょっとだけ、ですよ? うーん…………じゃああれです、ちょっと前の世界情勢で一瞬だけ話題になった、あのお歌でいきましょうか」


「オッケー任せて! BGM止めるね! 切り出し職人諸君あとは任せた! ノワいつでもいいよ!」


「おおげさだなぁ…………」





 静寂に包まれた、どこかファンシーで明るい配信ページにて……巫女服姿のエルフの少女が、大きくひとつ深呼吸。


 胸に手を当て、瞳を閉じて、艶やかな唇がゆっくりと開き。




 コメントの流れが、止まった。



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