第96話 【配信当日】みなさんのおかげです






「へぇー……それでさっきまで返信がんばってたの?」


「うんそう。やっぱおれってまだまだ弱小じゃん? 視聴者のひとたちが居てくれるから、おれはこうして活動できてるわけだし……少しでも『ありがとう』って伝えたいなって」


「んふふ……やっぱノワはいい子だね」



 天使のように愛らしい白谷さんに褒められて、おれは思わず心が『きゅん』と高鳴るのを感じた。……やっぱこの子反則だよお。


 モーニングルーティーン動画を全体公開してから、おれは怒濤の勢いでSNSつぶやいたーのコメントリプライに返信していった。さすがに動画編集ほど重要視される作業では無かったためか、集中の深度はそこまで深くなかったようだ。

 午前中のおよそ三時間あまりを返信に費やしていたわけだが……時間の経過も、喉が乾いたことも、おしっこがしたくなったことも、ちゃんと自覚することが出来た。

 そのためお昼ご飯の時間が近づいてきたことにも気付けたし、白谷さんをちゃんと起こすことも出来たのだ。


 そうしておれは今……起きたばかりでまだちょっとぽやぽやしている白谷さんと一緒に、おれが作りすぎて戦略撤退を図った朝ごはんの残りを片付けているところ。……要するに、お昼ごはんだ。

 スープは再度火に掛け、ホットサンドは軽くレンジでチンして、ダイニングではなく自室のコタツテーブルで仲良くいただく。朝ごはんとして食べたときもぶっちゃけなかなか上出来だと思っていたが……『すごくおいしい。ありがと、ノワ』とのありがたいお言葉を頂戴したことで、おれのよろこびはたちまちのうちに有頂天だった。




 …………で。


 おれにとって幸せいっぱいなお昼ごはんを終え、現在時刻は十二時を少し回ったくらい。

 今夜の配信本番が二十一時なので……まぁ、八時間ほどはまだ時間があるわけだ。



「二十一時スタートで……二十時頃にはもう機材立ち上げてスタンバっておきたいから……そのまえに軽くごはん済ませるとして……十九時半! それまでちょっと『集中』する!」


「配信はいつもの『正装』で? 巫女装束じゃなくていいの?」


「あれは……おれ一人じゃ着付けできないし……そもそも外で着て良いのかな?」


「着付けはシロちゃんに手伝って貰えば? 着て良いかも含めてボクが聞いてこようか」


「うーーーん……じゃ、じゃぁ……ダメもとで………十九時にお邪魔してもいいか、聞いてきてもらって良い? ……忙しそうに見えるようだったら粘らないで。あちらさんに迷惑掛けたくない」


「了解。まーかせて。……ボクもなるべく早く戻るけど、『集中』する前にちゃんとおしっこ済ませとくんだよ?」


「んグゥーー! だ、大丈夫だよ……たぶん」



 妙に良い笑顔を残し、白谷さんは【門】を開くと飛び込んでいってしまった。恐らくは鶴城つるぎ神宮の社務所、客間のような和室へ。

 おれはもちろん、白谷さんの漂わせる神力……いわゆる魔力もまた、かなり独特らしい。事前に訪問の予約アポは取り付けていないが、姿を隠したままの白谷さんなら一般の参拝客や職員の方々に見られることなく、マガラさんたち『あちら側』の方々に嗅ぎ付けて貰えるだろう。


 白谷さんが『任せて』と言った以上、きっとうまくやってくれるに違いない。おれが心配することは無いだろう。

 彼女が彼女のすべきことを全うしてくれている間、おれはおれの務めを果たすべく……先日鶴城つるぎさんで撮影した膨大な映像データの編集作業に取り掛かるのだった。



 ……取りかかる前にちゃんとので、尊厳の危険に陥ることは無いだろう。






 かたかたかたっ。かちっ。かちっ。すーっ。


 かちかちっ。すーっ。ころろろ。ころろろ。かちっ。


 ふーんふんふんふふふんふーん。


 かたかたっ。かたかたかたかたっ。かちっ。


 かちっ。かたかたかたっ。かたかたっ。ったーん。


 …………んー。ふんふんふふふーん。ふふんふ



「いいって!!!」「ゅごャぁぁ!!?」




 静まり返った我が家のスタジオダイニングに、突如元気いっぱいの可愛らしい声が響いた。

 密閉型ヘッドフォンをしっかり被って作業していたおれでさえ思わず現実に引き戻されるくらいの、それくらい溌剌はつらつとした声の出所は……帰ってくるなりおれの胸元に飛び込み、その小さな身体を擦り寄せる、お陽さまのような笑顔を湛えた妖精さん。


 最近特に身体的スキンシップが増えてきてる相棒の、カワイイが溢れる言動に……びっくりとはまた別の理由で、心臓が早鐘を打つのを感じる。



「っ、と……おかえり、白谷さん」


「ただいまノワ。ばっちり許可貰ってきたよ。シロちゃんも十九時に待っててくれるって」


「おほー! やった! 巫女装束だよ巫女装束!! 可愛い! カッコいい!!」


「めっちゃ嬉しそうだね、ノワ。……視聴者さんも喜んでくれるかなぁ」


「わかめちゃんスレに巫女服すきニキ居たから、何人かは確実に喜んでくれると思うよ」




 そもそも『木乃若芽ちゃん』は、動き出した当初こそバーチャルアバターの運用を前提とした仮想アンリアル配信者キャスター計画だったが……やんごとなき事情により、実在する肉体で動画配信者ユーキャスター活動を行うこととなってしまった。

 バーチャルアバターを使えないことで、色々とデメリットを感じることも幾度かあったが……その一方で実在の肉体ならではのメリットも、当然存在する。


 出先で軽率に撮影を始めることもできるし……なによりも『お色直し』が非常に簡単だ。

 春服に夏服に秋服に冬服に、部屋着に寝巻きに普段着にお出かけコーデに、季節ごとのイベントコスチュームやハレの日の晴れ着に。バーチャルだとその都度モデルデータを作って物理演算を設定してパラメータ整えて、決して簡単ではない手間を掛ける必要があるのだが……一方リアルの身体であれば、ただ着替えれば良いだけだ。当たり前だが。


 クリスマスのコスプレサンタさんやお料理動画のエプロン姿など、配信時の正装格好のわかめちゃんは、正直言って非常にウケが良い。

 スレッドの反応もなかなかだったし、実際SNSつぶやいたーでお褒めの言葉を貰うことも多い。


 よって……今夜の配信で着る予定の巫女装束も、きっと喜んで貰えることだろう。




「……っし。じゃあとりあえず……十八時半まで。おれちょっと『集中』するから……」


「了解。時間とコンディションの管理は任せといて。思いっきりやっちゃっていいよ」


「ありがとう。頼りにしてるぜ相棒!」


「おうよ。やっちまえ相棒!」




 年末に向けて、順次投稿していく予定の『鶴城つるぎ神宮』シリーズ、全三部作。

 その一作目となる総合紹介動画はものすごい速度で組上がっていき……



 本日の作業終了時刻、十八時の時点で……大雑把ではあるが、動画の形として纏まるまでに至った。


 やっぱさすがだよな! おれら!



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