第84話 【鶴城神域】神職の身支度




 おれは今となってはこんな有様だが……これでもこの世に生を受けてから三十年あまりを、健全な男子として生きてきた。

 SNSつぶやいたーやらネット掲示板とかで度々目にしてきた情報……『巫女さんは下着をつけない』とかいう出所の知れない情報に、言葉では言い表せない『ときめき』みたいなものを感じたりもしていた。



 だが。

 その情報が出回り始めた当初はどうだったか知らないが。

 日本全国津々浦々の神社すべてがだとは思わないが。


 少なくとも! この鶴城つるぎ神宮では!

 巫女さんは……ちゃんと下着を付けているのだ!!



 ふははは! 絶望するが良い! 健全な男子諸君よ!!

 おれは……おれはちゃんと! ちゃんとパンツをはいているぞ!!






 「ワカメ様……不安が御座いましたらそう仰って頂ければ、このシロめがお手伝い申し上げましたのに……」


 「ハイ。スマセン。申し訳ッス」




 こんにちは。ごきげんよう。親愛なる人間種諸君。

 魔法情報局『のわめでぃあ』局長、現在ちょっとだけセンシティブな木乃若芽きのわかめだよ。へぃりぃ。

 今わたしは、なんとですね……白髪狗耳ロリ巫女さんの手によって、着衣を剥かれているところでぇす! まぁ例によって配信でも撮影でもないんですけどね! はっはー撮影できるかこんな場面!!


 ……いや、ちがうな。着衣を剥かれているとはいえ、白紐パンツと白足袋タビには手を付けられていない。剥かれているのはあくまで着物部分、襦袢と小袖と袴。ここだけだ。

 まぁもっとも、洋服に置き換えて考えれば『シャツとキャミとスカートを剥ぎ取られた状況』になるわけで……つまりは今のおれの格好がどれだけセンシティブなのかは、大体理解して貰えると思う。



 「小袖も襦袢も、左側が上でございます。ワカメ様のような異国の御方には珍しい衣だとは存じまするが……神様のお側に仕えるとあっては、きちんとして頂く必要がございまする」


 「……ハイ。お手間お掛けしまッス」



 前世男だった頃の記憶に基づき、襦袢と小袖を着て袴を履いたおれだったが……お待たせしましたと声を掛けたおれを一目見るなり、白髪狗耳ロリ巫女ことシロちゃんは顔をひきつらせて固まってしまった。

 思わず『おれ、何かやっちゃいましたか?』などと口走ったおれに対して、困ったように眉根を寄せて『失礼致しまする』と一言断ると……目にも留まらぬ速さで帯紐(適当に結んじゃってた)を解き、小袖と襦袢のあわせ(左右逆だった)も解き、先程申し上げたセンシティブな格好へと大改装してしまわれたのでございます。



 「ワカメ様は御髪おぐしも大層お綺麗でございますゆえ……お召し物が整いましたら、そちらも整えさせて頂きたくございまする」


 「あっ、えっと……ハイ。全部任せます。ホントスマセン」


 「和泉イズミ様が水引を取りに向かわれましたゆえ、戻られるまでにお召し物を……このシロめが責任をもって、完璧なお姿へと整えてご覧にいれまする」


 「ハイ。お世話んなります。いやーホント手際イッスネ……ホントスマセン……」


 「はは…………良い感じに『全てを諦めきった目』してるね……」



 ……もうどうにでもなれ。

 公衆の場、しかもめっちゃ神聖な場で素っ裸すっぽんぽんになった上、はずかしい思いをして袖を通した和服を小さな女の子に即剥かれ、もうこの時点でおれの心はぼろぼろだ。

 なけなしの男性は軽い音を立てて粉々に砕け散り、抗う気力はこれっぽっちも残っていない。


 今のおれはもはやシロちゃんに言われるがまま、好きなように身体を整えられる『良い子』になることしかできない。完全に無抵抗を受け容れた形である。


 そんな自己分析を進めている間にも、シロちゃんはてきぱきとおれの身支度を整えてくれており……あっという間に帯紐が結ばれ、それは見事な巫女装束が完成したのだった。



 「ではワカメ様、こちらにお座り下さいませ。御髪おぐしを整えさせて頂きまする」


 「あっ、ハイ。お世話んなりァッス」


 「……いつまでふて腐れた喋りしてんのさ」



 姿見の前、シロちゃんがぽんぽんと叩いて整えてくれた座布団に座り、背筋を伸ばして平静を保つ。そんなおれの背後に陣取ったシロちゃんは、これまたてきぱきとおれの髪を纏めていく。

 長い髪は後頭部でひと括りに。ロングポニテと化したおれの髪に……どうやら小さな和紙を巻き付け、イズミさんとやらから受け取った水引で和紙ごとくいくいと結んでいるようだ。


 ……なるほど。髪の長い巫女さんはこうやって纏めるのか。今度モリアキに教えてやろ。

 ていうか……おれの自撮り送ってやろ。



 「……はい! お疲れ様でございました。これにてお支度、完了いたしましてございまする」


 「おぉ……おぉぉ…………ありがとうございます、シロちゃん」


 「いえいえ。ワカメ様のお役に立てたならば幸い、このシロめも鼻が高いでございまする」


 「可愛ッ…………ン゛ンッ! ありがとうね。……じゃ、リョウエイさんとこ戻ろっか。だいぶ遅くなっちゃったし……」


 「ノワがパンツ脱ぐのめっちゃ躊躇ってたからね……」


 「言わないで!!」



 忘れ物や落とし物がないことをしっかり確認したおれは、シロちゃんとイズミさんに先導され、着替えの部屋を後にした。

 ただのサイズ合わせって聞いていたのに、だいぶ心をすり減らした気がする。……めっちゃつかれた、とりあえずやすらぎがほしい。


 おいしいお茶……マガラさんの煎れた、はちゃめちゃにおいしいお茶が飲みたい。



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