第83話 【鶴城神域】神職の身繕い




 いやまさか。いくらなんでもそこまでは。

 巫女服だけって、言ったじゃないか。


 ……わかめちゃん心の俳句をお送りいたしました。短歌か。いやどっちでもいいわちくしょう。

 はいどうもこんにちはへぃりぃ。エルフ種の仮想アンリアル改め動画配信者ユーキャスター、木乃若芽です。まぁ今はべつに配信してるわけでも、撮影してるわけでもないんですけどね。……してたまるかこんなトコ。




 『ワカメ様、大丈夫ですか? やはりお手伝い致しましょうか?』


 「いえ大丈夫です! おかまいなく!」


 『そ、そうでございますか……何かございましたら、何なりとお声かけ下さいませ』


 「ありがとう……! もうちょっと時間下さい!!」




 思わず心の俳句を詠み上げるくらいには、なかなか精神的にクる状況。そんなおれの現在地は鶴城つるぎ神宮のほぼ中心部、神楽殿の関係者専用エリアの一画。

 その中でも、本来であれば位の高い方々が使うような個室――控え室というか休憩室というか、広さは喫煙室ほどのこぢんまりとした板の間――を貸し与えられたおれは……つい先程シロちゃんに手渡された木盆とを、茫然と見下ろしていた。



 きっちりと畳まれ、ぱりっと糊が利いた、朱襟の入った純白の小袖。

 小袖と同様に真っ白の、しかしこちらは肌触りの良さそうな長襦袢。

 巫女装束の代名詞とも言える、鮮やかな朱色に染められたスカート状の長袴。

 ……ここまでは良い。受け入れるまでには覚悟が要ったが、事前に犯行を予告されていた分まだ備えようがあった。


 問題は……これだ。今まさにおれの手で摘ままれている、

 三角形の布ふたつを頂点の一つで繋ぎ、繋がれた部分付近は布地が二重に補強されており、三角形のその他四つの頂点からはそれぞれ紐が生えた構造の……言葉で説明するのはやや難解だが、かといっての名を口に出すのははばかられる。

 敢えて云うとすれば……長襦袢の更に下に身に付けるもの。またおれの身に起こった事態を察したリョウエイさんが、シロちゃんを通しておれに渡るよう手配したもの。……とだけ言っておく。



 …………いや、無理だろ。何が悲しくて日本有数のおやしろさまの中枢でパンツ脱がなきゃなんないの。無理だろ。

 渡されたってことは履き替えろってことなんだろうけど……いや、でも、だって……そりゃあちょっとのは事実だけど、それだって【消臭デオフィラー】と【洗浄ヴァッシュラー】で証拠隠滅……もとい、ちゃんとキレイにしてあるのだ。

 だから…………べつに、べつに大丈夫……なハズなのだ。




 (………………。………………)


 「なあに白谷さん。なんなの」


 (…………、……………。…………)


 「………………はぁ。……ごめんね。もういいよ、喋っても」


 「っぷはっ! ……はふぅ…………ありがとうノワ」


 「まぁ……元はといえばおれが禁じたわけだし。……で、何? 何か言いたいことあるんでしょ?」


 「んー……まぁ、あるんだけど……」



 べつに下着まで履き替える必要は無いだろうと、一人結論を下そうとしていたおれに対し、発言を禁じられた身ながらも身振り手振りで、何事かを必死にアピールして見せた白谷さん。

 珍しく真剣そうなその表情と、その動作の可愛らしさに……早くも決意が揺らぎそうになる。……いや、なったんだけどね。

 これ以上勝手な発言をしておれを窮地に陥らせないようにと『許可が出るまで発言することを禁止』されていた白谷さんだったが……その戒めはわずか十分たらずで撤回されることとなったのだ。だってかわいいんだもん。


 まあ……そこはべつに良い。白谷さんとて悪意があったわけじゃないのだ。良かれと思ってやってくれたことを許してやれないなんて、そんなケピーの穴が狭いようじゃオトコが廃るってやつよ。

 なので『発言禁止』令は撤回するとして。白谷さんが伝えようとしていたことが何なのか、今はそこが気になる。


 白谷さんも、自身が戒められた理由は納得しているんだろう。だからこそ何か言いたげにしているが……またおれが迷惑を被ることを危惧して、あと一歩言い出せないでいる。



 「白谷さんの魔法とかの知識は、正直おれよりもずっと詳しい。この鶴城つるぎ神宮の中じゃ、特に注意が必要だと思う。おれには悪気がなくても、魔法的に良くないことをやらかすかもしれない。……だから、何か気づいたことがあるなら……遠慮無く助言して欲しい」


 「…………わかった。じゃあ言わせて貰うけど……悪く思わないでね? ノワ」


 「アッわかった! だいたい何言われるのかわかったぞ!!」


 「そうなんだ、やっぱりノワはえらいね。……じゃあ、脱ごっか。下着パンツ


 「やっぱりかァーーーーー!!!!」


 『わ、ワカメ様!? 何事でございますか!? 大丈夫でございますか!?』


 「大丈夫大丈夫じゃないです!!!!」




 ……いわく。

 白谷ニコラさんが元居た世界では、神様に近しい立場で働く人々は、身の回りに人一倍気を配る必要があったという。

 畏れ多くも神様のお近くでお仕えする以上、その身やその衣に穢れがあってはならない。神職に就く者は清い身でなければならず、身に纏うものもまた浄められたものでなければならない……のだとか。


 まぁ、あくまで『こうすべき』という指標であり、実際にこの指示を全うしているのは総本山の人間、それも敬虔な一部に限った話だったという。

 地方や辺境の教会なんかでは、そんな贅沢言ってられる環境じゃなかったらしいし……それどころか総本山においても、私利私欲に溺れる司祭や司教も居たのだとか。



 その異世界の風説が、こっちの世界でもそのまま適応されるかは解らない、とのことだったけど……なるほど、お参りする際には手水舎で手や口を浄める風習がある以上、日本の神様が清浄を好んでもおかしくないだろう。

 ……いや、それに……まぁ、そうか。いくら消臭してキレイキレイしたとはいえ……ちょっとよごれちゃった服で神様のお近くをうろうろするなんて、普通に考えて失礼極まりない話だ。

 というか神様云々関係無く、よごれちゃった服のままでいるというのは……相手が誰であろうとも、普通に失礼に当たるだろう。

 ……どのようによごれちゃったかは絶対に言わないが!




 「……白谷さん」


 「なあに? 覚悟決まった?」


 「…………っ、……その…………おっ、……お願い、あるんだけど…………いい?」


 「もちろん。ボクも、ボクの【蔵】も、ノワのお願いとあれば全力で応えるよ。ちゃんと誰にもバレないように空間隔離掛けて……穢れも気配も匂いも一切漏れないように仕舞っておくから、心配しなくて良いよ」


 「よくわかったねえ!! さすが白谷さん!! 泣きそう!!」


 「ノワには笑顔の方が似合うよ。だからさ、ほら。一思ひとおもいに脱いじゃおう。恥ずかしくないよ、誰も見てないから」


 「わああああん!!」


 『ワカメ様!? ほんとに大丈夫でございますか!?』


 「大丈夫大丈夫じゃないですーーー!!!!」




 衝立の向こうのふすまの向こうに待たせてしまっているシロちゃんと補助の巫女さん達を、これ以上待たせるのも宜しくないだろう。

 おれは半泣きになりながらも覚悟を決め、長袖シャツを下着ごとすぽんと脱いで、キュロットスカートもすぽんと脱ぎ、ヒートテックのタイツから脚を引き抜き、やむにやまれぬ事情でけがれを負ってしまった淡いブルーの下着を引き下ろす。

 脱いだ衣類やはそのまま白谷さんに投げ渡し、【蔵】に仕舞い込んで証拠隠滅してもらう。


 つぎは……こっちだ。この忌々しい白いダブル三角布。モリアキの絵やゲームグラフィックでしかお目に掛かったことの無い……ああもう、良いやもう! 下着パンツ! 紐下着パンツです! もう自棄ヤケだ! ちくしょうめ!

 巫女服は良いにしても! なんで紐下着パンツなんか置いてあるのさ! シロちゃんみたいな女の子神使のためか! そうか! そうだな! でもなんでわざわざ紐下着パンなのさ! ゴムが無いからか! なるほど! そっか! へー! 確かに紐ならゴム無しでもサイズ調整できるもんね! なるほど! ちくしょう! いちいち理にかなってやがるな紐パンツのくせに!!



 「ちくしょう……なんなの紐パンって……! これずり落ちるじゃん! どう結べば良いの!?」


 「どうどう落ち着いて。一旦脱いで、軽く結んでから穿くと穿きやすいよ」


 「なんでそんな詳しいの……」


 「構造的には、男性用も同じようなものだからね。形はやや違うけど」


 「へぇー……異世界の服飾文化ってやっぱ色々違うんだ……」


 「うん。それとね……」



 白谷さんの助言通りに攻略を試み、なんとか真っ白な紐下着パンツの装備に成功する。ここまで来ればあと一息、浴衣を着るようなものだ。

 ……と、何やら意味ありげに言葉を切った白谷さんの様子を窺うと……苦笑というかなんというか、複雑な表情でおれのことを見つめている。



 「着替えるときにわざわざ一度真っ裸すっぽんぽんになる、っていう文化も……ボクの世界では特に無かったかな?」


 「………………」


 「顔に似合わず大胆だね、ノワ。……今夜のお誘いって捉えて良いかな?」


 「…………よく、ない」



 ちくしょう……なんてみじめなんだ。もっと早く指摘してほしかった。シャツ脱いだくらいに。いやむしろ脱ぐ前に。

 ……まあ、テンパってたおれが完全に悪いんだけど。


 おれは我が身の情けなさにすんすん鼻をすすりながら……とりあえずは着替えを完了させるべく、残された巫女装束へと手を伸ばしたのだった。



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