第79話 【鶴城神域】神使のお人柄





 そもそもが、メチャクチャに良いお茶っ葉を使っているのだろうか。それとも頂いている場所が場所だからだろうか。はたまた煎れた神使の技量がすばらしいのだろうか。

 ぬるすぎず、かといって熱くない絶妙な温度で供されたほうじ茶は……おれが今までの人生で飲んだお茶の中でも間違いなく、トップクラスにおいしいお茶だった。



 「ほふぅー………………」


 「……まーた艷な声出しちゃってこの子は」



 喉の奥と食道を通り、そのまま胸の奥へと降りてくる熱を感じ……思わず口から溜息が溢れる。白谷さんのかわいい声が聞こえたような気もするけど、なんだか頭がぽわぽわしていてよくわからない。

 たかがお茶だと甘く見ていた。人はたった一杯のお茶でも、こんなにも幸せを感じることができるのだ。やはり大昔の人々は偉大だ、こんなにも幸せになれる葉っぱの栽培法方を確立して受け継いでくれたんだから。おかげでぼくはとてもハッピーな気分だ。



 「ノワ? なんか顔ヤバイよ? 大丈夫?」


 「んうー…………お茶がね、おいしいの……」


 「…………御代わり、煎れさせようか?」


 「んー! おねがいしまぁす!」


 (あの……リョウエイ、様? これ普通のお茶ですよね? 何かヤバイもん入ってませんよね?)


 (の筈だよ。氏子の茶屋が奉納してくれた一級品だ……彼処あそこの家とは長い付き合いだからね、変な代物モノを納めるとは考えられない)


 (…………ただのお茶を飲んだ反応にはとても見えないんですが)


 (…………普段からこう、じゃ……無いみたいだね、うん)



 おれの肩の上に座っていた白谷さんが、いつのまにかリョウエイさんの側に居る。ひそひそ内緒話をするくらいまで仲良くなってくれたみたいで、おれとしても嬉しい。

 白谷さんはただでさえ……その神秘的きわまりない格好のせいで、おれとモリアキ以外の人と会話することが出来ないのだ。いくらなんでもそれは可哀想すぎるので、白谷さんの出自を知っても接してくれるリョウエイさんは――もちろんマガラさんも――正直、とても得難い存在だと思っている。


 それにしても……このお茶は、すごい。

 煎れてくれた神使の技量もさることながら、お茶の葉っぱに籠められたが非常に上質なのだ。

 お茶を育てた農家のひとが、茶葉を焙煎し包装した加工業者さんが、そしてそれを仕入れて奉納してくれたお茶屋さんが、どれだけこのお茶っ葉に想いを込めてきたのかが解る。『その気になれば植物と意思の疎通が行える』なんていうエルフっぽい設定を盛り込んでいたとはいえ……まさかこんな、お茶に籠められた想いまで受け取れるなんて、さすがに思っていなかった。


 ここ数日何気なく摂取してきた野菜なんかは特にそんなことも無かったので……多分だが、よっぽどこの葉への想いが強かったか、もしくはこの場所的な理由なのか。要するに、鶴城つるぎさんの神力あってこその現象だったのだろう。



 「……失礼」


 「んー。ありがとうー」



 お茶のお代わりを煎れてくれたマガラさんも、さすがに戸惑ったような顔をしているが……そんな彼の想いも、僅かとはいえこのお茶に溶け込んでいた。

 第一印象こそちょっと怖かったけど……それはそれだけ彼が真摯に職務を全うしているかの現れなのだ。……真摯な神使。フフッ。


 幸せに満たされた頭でそんなことを考え、それが思わず顔に出ていたのだろう。

 リョウエイさんの『大丈夫かなぁ』という顔と、白谷さんの『ダメっぽいかもなぁ』という顔が向けられる。


 いやぁ、さすがにそこまで心配されると……おれだって少しは思うところがあるよ。

 この部屋に近づいてきている人たちの気配も捉えたし、おれは気合いをいれて集中して……ついでに自身に【集中コンゼンタル】を掛けて、しあわせに染まっていた頭をきっちり覚醒させる。



 「……ほふぅ。マガラさん、お茶おいしかったです。ありがとうございます」


 「…………恐縮、です」


 「おおー、戻ってきた? ノワ」


 「戻ってきた? って……何なのさ、その『どっか行っちゃってた』みたいな言い方……」


 「いや、だって……ねぇ? ボクがカメラ扱えないのが悔やまれるよ、本当」


 「ははは。まぁ丁度良かった。……来たみたいだよ」



 リョウエイさんに示されるまま、入り口の方へと視線を向けると……小さく頷いたマガラさんが襖を開け、その向こうから三人の男女――男性が一人と女性が二人――が姿を表した。


 見るからに人の良さそうな、穏やかそうな表情を湛えた壮年の男性……この方が恐らく宮司さん、知我麻ちかま宮司なのだろう。場違いも甚だしいおれの姿を認識しても、見た感じ動揺した様子は見られない。……胆も据わっているらしい。

 その前後に控えるのは、目にも鮮やかな緋袴の女性。知我麻宮司の後ろに控えるのは落ち着いた佇まいのベテランっぽい巫女さんで、恐らくはこっちの方が宮司さんの補佐的な立場のお方なのだろう。……そこまでは良い。


 ……で。

 問題はもう一方……知我麻ちかま宮司の前で佇んでいた、もう一人の年若い巫女さん。



 「っ、っ……龍影リョウエイ様、……知我麻チカマ様を、お連れ致しました」


 「うん。ありがとうシロ。マガラと共に壁際で待て」


 「は、はいっ。では私はこれ……ええっ!?」



 シロという呼び名と、自信無さげなその口調には……聞き覚えがある。

 白の小袖と朱色の袴を纏った、小柄で見るからに初々しい巫女さん。学生バイトと言われても通用しそうな振舞いだが……の社務所に出入りしていたことと、その頭髪に備わる特徴から……彼女が宮司さんたちと同じ人間であるとは、これっぽっちも思えなかった。


 そんなシロちゃんの姿に見惚れているおれを知ってか知らずか、リョウエイさんは話を進めていく。



 「さて……年始の備えで忙しい処、悪かったね。知我麻チカマ殿」


 「いえいえ。龍影リョウエイ様の御声、しかもあのわざわいに関してとあらば……今は何よりも重きを置くべきでしょう。……して、そちらのお嬢様方が?」


 「えっ、えっと、えっと、えっと、あの、えっと」


 「まぁまぁ落ち着いて、ワカメ殿。知我麻チカマ殿も座るが良い。……あぁ、此方コッチだ。ワカメ殿が御客様だよ」


 「なんと。……成る程、失礼致します」


 「あっ、あの!? あの、えっと、えっと、あひ」


 「……我は紡ぐメイプライグス、【鎮静ルーフィア】」


 「…………あの、お初にお目に掛かります。木乃若芽と申します」


 「「ブフッ」」「「!?」」


 「これはご丁寧に。当鶴城つるぎの宮にて宮司を預かる……姓を知我麻ちかま、名をとおすと申します。ご承知置き下さいませ」



 白谷さんの鎮静魔法のお陰で一瞬で平静を取り戻したおれの変わり身に、狩衣姿の神使お二方がたまらず吹き出し……その様子を見ていた巫女服姿のお二人が目を見開き、明らかな戸惑いを見せる中。

 藤色の紋入り袴をその身に纏うチカマさんは、さすがというべきか動じた素振りを見せず……見る者全てを安心させるような穏やかな笑みを深め、おれに向かって会釈を寄越してくれる。


 なんか、すごい。この人の前に居るだけで……視線を交わし言葉を交わすだけで、ものすごい心が落ち着く。

 これが鶴城つるぎの宮司さんの……チカマさんの力なのか。


 リョウエイさんの言うとおり……この年の瀬のクッソ忙しいだろう時期に、せっかく時間を取ってくれたのだ。失望させるわけにはいかない。

 チカマ宮司もリョウエイさんも、小市民であるおれなんかとは比べ物にならないほど、ものすごくえらいひとなのだ。マガラさんやシロちゃんやお付きの巫女さん達だって、通常業務の最中に付き合わせてしまっている。


 彼らには、なんとしても良い報せをもたらさなければならない。

 この席を設けてくれたリョウエイさんの配慮を無駄にしないためにも、魔法情報局局長として全力でプレゼンテーションに臨まなければならない。



 情報局のわめでぃあの興廃、この一席に在り。

 わたしも……いっそう奮励努力しなければ。


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