第78話 【鶴城神域】神使のおもてなし





 シロと呼ばれた使いが出され、一方で『宮司に会わせる』とのお達しを受けたおれ達。

 さっきまでリョウエイさん達と対面していた客間(?)を後にし、靴に履き替えて別の場所へと誘導されていった。


 社務所のような建物から表に出て、玉砂利の敷き詰められた境内をじゃっほじゃっほと歩んでいく。おれの先を行くリョウエイさんと、おれの後ろに続くマガラさん……背が高くて脚の長い二人だったが、おれの小さな歩幅に合わせてくれているようだ。そんなに焦らずとも問題なく追従できる。


 しかしながら、何度見ても不思議な感覚だ。

 ここ鶴城つるぎ神宮はその神格とその立地から、真夜中等を除けば誰かしら人が訪れている。参拝客だけならばまだしも、神職の方々や巫女さん達までもが居なくなることなんて無いだろうし……まだこんなにお陽様が高いのに完全な無人になることなど、まず有り得ない。

 どこかに異常や異変があるわけでもなく、平日とはいえ年の瀬の真っ昼間。無人の境内はしかしながら相変わらず、その静謐で神秘的な空気を漂わせている。


 毎年年始の初詣ともなると大量の屋台がひしめく参道も、お守りや縁起物を求める参拝客を捌くための仮設社務所も、ちょっとしたプールほどの広さにもなる特設の賽銭箱も……全く無人のそれらを尻目に歩を進めていると、なにやら大きく立派な建物が近づいてくる。

 ……待って。ここって。



 「さて……ワカメ殿。神楽殿に立ち入った事は?」


 「は、はひっ! 無いでしゅ!」


 「はははっ。そう固くならないで大丈夫だよ。知我麻と会うにはいつも此処を使って居るからね、少し歩かせてしまったが……あぁ、下足は其のままで大丈夫だよ」


 「はい! ありがとうございます!」



 神楽舞の奉納や各種祈祷を行う、神楽殿。普段は初穂料を納めなければ立ち入れない、恥ずかしながらおれは未だ立ち入ったことの無いそこへと、人生初めて足を踏み入れる。

 これまた無人の――しかし見惚れるほどに美しい――木の香溢れる館内を進み、さも当然のように関係者専用エリアへ足を踏み入れ……やがて明らかに格式高い設えの一室へと、場違いも甚だしい格好のおれ達は通されたのだった。


 石張りの廊下を進んだ先の、その部屋は……なんというか、まるで温泉旅館の客室のような造りだと感じた。

 木の木目が綺麗な引き戸を開けると、まずは玄関土間のようなスペースと上がり框が出迎える。側面には棚状の下駄箱が据え付けられ、履き物を納めるスペースとともに……実際に下駄も何足か収まっている。文字通りの下駄箱ですね、わかります。

 リョウエイさんに続き靴を脱いで上がると、板張りの廊下が三メートル程続く。その右手にはお手洗いがあり、左側は少し入ったところにミニキッチン……というか、給湯スペースがあるようだ。


 そのまま直進し、真正面のふすまを開くと……なんということでしょう。目に飛び込んできたのは、真正面に坪庭を望む上品な畳の座敷。

 右手には立派な床の間と掛軸が飾られた畳の間は、広さはおよそ……えーっと、ひいふうみい…………三十畳ほど。一枚板の天板が存在感を放つ座卓がぽつんと一つと、その周囲に艶やかな光沢を湛える座布団が六枚。これ絶対ぜってぇ超重要な会議とかに使う部屋ですよね?

 おれはあまりにも場違いな空気を感じ取ってしまい、開いた口が塞がらない。肩の上の白谷さんも同様に動揺を隠しきれず、興奮げにぱたぱたと羽をはためかせている。




 「…………さて、此処まで入れば大丈夫だろう。其れではワカメ殿、そろそろ。気を楽に」


 「へ? 戻す、って何…………っ!?」



 リョウエイさんの視線を受けたマガラさんが、柏手を一つ打ち鳴らした……その瞬間。

 この部屋の外に、この神楽殿に、この鶴城つるぎ神宮に……突如として多くの人達の反応が、全く同時に姿を表した。


 ……いや、ちがうか。リョウエイさんは『戻す』と言った。

 どちらかといえば……今まで異界に居たおれ達が、おれ達の世界に――リョウエイさん達が言うところの『俗界』に――と表現した方が正しいのだろう。

 人の目の無い部屋に着くまで、おれ達を『戻す』のを待ってくれていたのだ。本当にイケメンかよ。すき。



 「あの、そういえば…………おれ達さっきまで……その、に居たんです……よね?」


 「そうだね。俗界の茶屋で平打を啜っていたワカメ殿を、マガラが此方コチラへと引き込んだ形になる」


 「ああやっぱり。……えっと、その場合なんですけど……その瞬間のおれ達って、はたから見るとどういう感じなんですか? いきなり消えたりしたら大騒ぎになるんじゃ……」


 「其処そこは大丈夫。周囲の人々には認識阻害と、緩やかな人払いを敷いて居てね。あの場に居た人々は少しずつ君達を認識から外していき、認識にも記憶にも残らなくなる。そうして完全に認識が外れきった処で、此方側に引き込んだ。引き込む瞬間を認識される事は無い。身内ならばともかく……赤の他人の女の子だろう、直ぐ其処そこに居た事さえも覚えて居ないだろうね」


 「ほへぇ……すごい」


 「……すごいなんてもんじゃないね。……凄まじい技量だよ」


 「ははは。お褒めにあずかり光栄だよ。……さて、座ってくれ。じきに知我麻も来るだろう」


 「えっと……ええっと…………し、失礼します」



 恐る恐る、きめ細やかで異常に肌触りが良い座布団にお尻を落とし……座卓を挟んでリョウエイさんの向かい側へと腰を落ち着ける。

 すると直ぐにリョウエイさんの前に、ついでおれの前に、暖かそうな湯気を昇らせるほうじ茶の湯呑が出される。その後ちょっと躊躇ったような動きを見せながらも、三つ目の湯呑が同じくおれの目の前へ。ぎょっとして伸ばされた手の方を向くと……丸盆を携えたマガラさんと目が合った。…………白谷さん用のお茶か!

 現場担当一辺倒かと思いきやお茶も淹れられ、それでいて気配りもできるとか……なかなかどうして器用なお兄さんだ。



 「まあまあ。少なくとも今は、君達は御客様だ。自宅の様に……とは往かないだろうが、肩の力を抜いて構わないよ」


 「アッ、えっと、その…………お、おっ、……お気遣い、感謝します」


 「御馳走様です。……ノワめっちゃ挙動不審だよ」


 「しししし仕方ないでしょ! すごいお部屋だもん!!」



 知る人ぞ知る鶴城つるぎ神宮の、なかなか立ち入る機会も少ないだろう神楽殿の、一般人は立ち入れないだろう関係者専用区画の…………日本国内でもほんの一握りの者しか入ることを許されなさそうな、格式高いお座敷にて。

 神様の遣いが直々に煎れてくれたお茶を目の前に……根が小市民のおれは全身を強張らせ、ほうじ茶を頂くのだった。


 …………あっ、めっちゃおいしい。


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