第75話 【鶴城神域】神狼の主






 「いやー済まない、怖がらせてしまったね。……えっとまぁ、最近ちょっと立て込んでてさ。与力ヨリキ達に『警戒を強めろ』って指示した矢先だったんだよね」


 「は、はひ……」



 先程狩衣姿の男性二人が出てきた、鶴城つるぎ神宮本殿近くの社務所……のような建物の中。

 人間的な感覚に基づいて判断するとすれば……座卓と座布団が設えられた客間のような部屋にて、おれ達はなんとお茶を振る舞われていた。


 座布団はワケわかんないほど座り心地が良いし、出されたお茶は意味不明なほど美味しい。

 ついさっきまでは冗談じゃなく死ぬんじゃないかと思っていただけに、状況のギャップに思考が追い付いていない。



 「改めまして。僕はこの鶴城ツルギの神域奉行……ええと、治安維持担当の元締を拝命している。名を龍影リョウエイと謂う。まぁつまり……なんだ。具体的な指示を出さなかった、僕の落ち度という訳だ。申し訳無い」


 「いやそんな!! 元はといえばボクが伐採とか言い出したのが悪いのであって……」


 「まぁ、そうだとしてもね。我等はホラ、神使だから。俗界の者に干渉するには、本来最大限の注意が必要なんだけど…………」


 「…………けど?」



 項垂うなだれているマガラさんとは対照的に、困ったような苦笑のような複雑な顔で……あろうことか、おれ達に謝罪を述べている黒髪のお兄さん。もとい、リョウエイさん。

 そのリョウエイさんは何やら言いたげにこちらへと視線を寄越し、おれの肩の上で正座している白谷さんへ視線を向け、再度おれに視線を戻すと……しばしの思考の末、絞り出すように口を開いた。



 「君達の纏う『気』がね。……俗界のヒトのものには、とても見えないんだ。マガラ達『与力ヨリキ』が騒ぐのも解る。そりゃもう大騒ぎだったんだよ? 『なんかヤベェのが侵入しはいってきた』って」


 「は……入ったときから…………目ぇ付けられてたんですね……」


 「まぁ、それだけ奇特な気を漂わせて居ればね。此処ここ鶴城ツルギの『与力ヨリキ』は、皆総じて鼻が利く。直ぐに嗅ぎ付けたさ」


 「全然気づきませんでした……」



 そんな奇妙なにおいを漂わせていたんだろうか。思わず袖口を鼻に近づけ、すんすんと嗅いでみる。

 肩の上の白谷さんも鼻をひくひくさせ、におっていないか確かめているようだ。かわいい。


 しかし……そんなにも多くのヨリキの方々に見張られていたなんて。おれ達はちっとも気づかなかったし、そんな状況下で呑気に平打うどんをすすってたんだなぁと思うと……我ながら間抜けな絵面だ。



 「まぁかく。君達の出生に関して気になる処は在るが……自責の念がしまうような幼子だ、神域を穢すような禍つ者とはとても思えない」


 「っもょ!!? えっ!? な……っ!?」


 「済まないね。鼻が利く者ばかりだから。……御詫びじゃないけど、替えの着物は此方コチラで用意しようか」


 「……え? 何ノワ、もしかしておし」


 「ちちちちちがいます!! ひょんなことあにませんので!! ちがうですので!!」



 エルフやフェアリー……ファンタジーな種族とはいえ、所詮は人間に過ぎない。人間の百万倍ともいわれる感度を誇る狼の嗅覚を誤魔化すことは……さすがに無理だったようだ。

 ちくしょう。理不尽だ。一方的に脅された上に漏らしたこと共有されるなんて。報連相だかなんだか知らないが花も恥じらう乙女を辱しめるなんて、さすがに万死に値する。

 ……おれは中身は男だけど、配信者としてのは乙女なのだ。というか事実この身体はまごうことなき乙女なのだ。だからこの怒りは正当なものなのだ。


 到底手の届かない格上とはいえ、せいいっぱいの怒りを込めてマガラさんを睨み付ける。顔真っ赤で涙が滲んでる情けない顔なのは自分でもわかるが……その甲斐あってかマガラさんは複雑な表情を浮かべて、ばつの悪そうな顔で視線を逸らした。

 ふふん、勝った。




 「まぁ、御咎め無しとは謂ったが……少しばかり話を聞かせて貰いたいんだけど、良いね? 霊木を伐ろうとした目的もだけど……君や、君の従者の事について」


 「……えっと、それは…………はい」


 「念の為もう一度明言しておくけど、我等には君達にバチを与える心算つもりは無い。返答によって君達の立場が危うくなる事は無いので、包み隠さず教えて欲しいかな。…………何か知っているんだろう? わざわいの事」


 「………………わかり、ました」



 柔和な笑みを浮かべたまま、しかし穏和そうな目をほんの少し鋭くひそめて……リョウエイさんの金色の瞳が、真正面からおれを見据える。

 本能、とでも言うのだろうか。理屈ではない理由によって、隠し事や嘘など無駄であるということを直感的に悟ったおれは……観念して、ここに至るまでの経緯を話し始めた。



 おれ達が今日、霊験あらかたなパワースポットであるこの鶴城つるぎ神宮へと足を運んだ、その理由まで。


 始まりの金曜日。が死んだあの日から始まった……おれの常識を軽々とぶち壊していった、その全てを。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る