第76話 【鶴城神域】神使のおしごと





 リョウエイさん率いる与力ヨリキの方々のお仕事は、この境内の巡回警備および不審者の捕縛を主としているらしい。

 おれ達が捕まる原因となったような罪状……物理的手段によってこの鶴城つるぎ神宮を穢そうとする者は、直接干渉せず、間接的に――転ばせたり手元を狂わせたり鳥のふんを直撃させたりして――警告を加えることで対処していたらしい。


 ……その一方で。

 今回のこうしておれ達が連れて来られたように、与力ヨリキ本人が直接干渉するケースも、度々生じているのだという。



 その基準。直接干渉するか、間接的な警告にとどめるかを判断する、基準。

 それはずばり、その容疑者が『神域』に干渉し得る者であるかどうか。


 普段のおれ達に認識しやすいように言い換えると……悪霊や呪い等を始めとする霊的な要因、要するにの仕業であるかどうか。

 まぁ、つまりは……白谷さんいわくの『魔力』が現代人には有り得ない規模だったため、マガラさんが接触してきたということらしい。



 そして……彼らがここまで異常に対して目を光らせていたのは、他でもない。

 ここ数日、この鶴城つるぎ神宮を訪れる参拝客の中に……わざわいの『が、度々見受けられたのだという。





 「…………成る程ね。異なる世界からの御客様、しかもこの世を滅ぼす可能性さえ秘めた『種』か。……道理で此迄これまでに前例の無いだった訳だ」


 「た、『種』……取り除けた……んです、か?」


 「載っかってるだけだったし、ね。僕は此でもそれなりに歳を重ね、場数もそれなりに踏んでいる。造作も無いさ」


 「す、すごい! なんだ、リョウエイさん達がいてくれれば安心じゃん! ……良かったぁ」


 「…………発芽してない『種』を感知……しかも除去も出来るなんて」




 さすがは神様の遣い、おれ達に出来ないことを平然とやってのける。

 そこに惚れる。あこがれる。


 なにせ、おれ一人で全ての『種』を探し出すのは、不可能に近い。目の前に現れてくれれば知覚することも出来るだろうが、現状では問題の『種』がどこにあるのかが解らないのだ。

 白谷さんが作ろうとしてくれている、頼みの綱の探知機だって……口ぶりからすると、根を張って行動を開始した『苗』にならないと感知できない様子。

 ……まぁ、素材の入手方法は改める必要があるだろうけど。


 しかし、そんな中で。

 リョウエイさん達の手に掛かれば、おれ達が知覚できない『種』の段階で――まだ宿主に何の害も加えていない状態で――その種を取り除けるのだという。

 無理ゲーだと思っていたところに、思わぬ強力な協力者の登場だ。これは助かる。……きょうりょくなきょうりょくしゃ。んフフッ。





 「いやぁー……喜んでくれてるところ申し訳無いんだけどね」



 ……しかし。


 心強い味方の出現に心踊らせるおれに向かって。

 他でもないリョウエイさん本人から……非情な現実が突きつけられる。





 「この鶴城ツルギの境内ならまだしも……僕達は『外』に干渉する事は出来ない。赦されて居ないんだ」


 「……………………つまり、」


 「『外』に於けるあのわざわいに対しては、如何どうすることも出来ない。君達に頼る他無いだろう」


 「………………あおーん……」



 いわく……そもそもが鶴城つるぎ神宮の治安維持担当である彼らは、基本的にこの鶴城神宮境内から出ることが赦されていない。

 よしんば許可を取り付け『外』に出たとして。彼らの……そのままの意味で神憑かみがかり的な力の源となるのは、ほかでもない『鶴城神宮』そのものである。



 神様の力が桁違いに強かった大昔ならば、神様の部下であるリョウエイさん達が神域から出張することも出来ただろうが……技術と理論と学問が発達した現代においては神様の持つ神秘もすっかり剥がされ、いかな最高神様といえど信仰も影響力も薄れる一方。

 その力を十全に扱えるのは、僅かに残された神宮境内のみ。その神宮自体も時代とともに地域の開発が進み、敷地を少しずつ削り取られ……かつての敷地よりも大幅に減じてしまっているらしい。



 『他でもない俗界のヒトビトがそう望んだのだから、我々には如何どうすることも出来ない』と自嘲気味なリョウエイさんの言葉に、傍で大人しくしているマガラさんも苦々しげに頷いた。


 やはり神宮の治安維持を担うだけあって、かなりの良心を持ち合わせた方々なのだろう。あの『種』が悪しきモノだと、対処せねばならぬわざわいであると理解しているが……現状では手の届く範囲――鶴城神宮に参拝に訪れた人々――に対しての対処しか出来ない。

 表情の優れない彼らの、そんな葛藤が見て取れる。


 どうやら本当に……彼らの力添えを得ることは、不可能のようだ。




 ……だが。

 確かに、神宮の外での対処は不可能だとはいえ。



 「あの……相談なんですけど」


 「……ふむ。良いだろう、僕達に出来る事ならば」



 逆説的に考えれば、神宮境内であればリョウエイさん達も『種』に対処することが出来るのだ。

 むしろ……こと鶴城つるぎ神宮の境内においては、彼らはおれ達なんかよりも圧倒的に格上なのだ。鶴城つるぎの神様直々の遣いであり、おまけに頭数も指揮系統も備わった組織体制である。その処理能力は疑うべくもないだろう。



 「『種』に憑かれた人が、鶴城神宮に参拝してさえくれれば……リョウエイさん達は動けるんですよね?」


 「……そう、だね。『種』のわざわいそのものは、実際何度か討ち取っている。手の届く範囲であればマガラ達与力ヨリキも……勿論僕も、対処に出ることは可能だ」


 「じゃあ…………なるべく多くの人が鶴城つるぎさんに来てくれるよう、そういう告知をすれば……少しは効果が見込めるんですよね?」



 つまりは。

 可能な限り多くの人々を『鶴城神宮』へと誘うことが出来れば……それだけ多くの『種』を、未然に処理することが出来るハズ。

 わざわいが『根』を張り巡らせ『苗』となる前に。宿主に悪影響や被害を生じさせる、その前に。



 「勿論もちろん。……現状鶴城つるぎの宮司や禰宜ネギに指示を出したり、彼らを通して神社庁や文化大臣にも要請を出そうと試みて居るが……何せ『種』のわざわい此迄これまでに経験の無い事案だ。俗界の者達に詳細を説明し難い上に、この国の者達は……ほら。……前例の無い出来事には、異様に腰が重いだろ?」


 「じゃじゃじゃ……じゃあ! おれが呼び掛けてみる…………みます! 鶴城つるぎさんに足を運ぶように、なるべく多くの人々に!!」


 「ははは。……君みたいな可愛らしい子に頼まれれば、確かに足を運んでくれるかもね」


 「アッこれは解る! 信じてくれてないやつだ……!」


 「ノワ、スマホスマホ。ノワのチャンネルを……動画の再生数見せてみれば? あとSNSつぶやいたーのフォロワー数」


 「なるほど、ってかココって電波届く……アッ問題ない! てかWi-Fi飛んでるし!!」



 ネットに繋げるならこっちのもんだ。おれ自身の活動内容をアピールするにあたって、スマホがあれば何の問題もない。

 立ち上げたばっかりでまだまだ駆け出し、吹けば飛ぶような初心者オブシディアンではあるが……これでも動画作成と公開と生配信を心得た動画配信者ユーキャスターの端くれだ。


 流動的きわまりないし、状況的に報酬は期待できないだろうが……はじめての案件営業、掛けてみようじゃないか!



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る