第74話 【鶴城神域】神対応





 鶴城つるぎ神宮の大結界内、の言うところの『神域』。

 普通の人たちが参拝したり、茶屋で平打うどんをすすったりしている……いわゆる『現世』から半分だけ位相をズラした、ここは並列時空のようなもの……であるらしい。



 ごく稀に存在を知覚できたり、覗き込めたりするような……一般的に『霊感が強い』と言われる人が現れることもあるらしいけど、基本的には『この世』の者たちが干渉することが出来ない領域であるという。


 本っっ当に身も蓋もない言い方をすると……要するに『この世ならざる者』の住まう世界であるらしい。



 神格の高さで言えば日本屈指の、つまりはそれだけ位の高いお社の、あろうことかそこに根を張る霊験あらかたな木を『切ろう』とした罪によって……おれと白谷さんは『コッチ側』の神宮へと連行され、現在護送されている最中なのである。

 重要文化財破壊未遂の現行犯、ってところか。日本国の法律でそんなのあるのか解らないけど……少なくともの法ではバッチリアウトらしい。


 おれ達を確保した『与力ヨリキ』の大狼(マガラさんというらしい)に見張られながら、人っけの無くなった鶴城つるぎ神宮境内を進んでいく。

 人の姿が見られなくなった以外はいつもの鶴城つるぎさんなので、観光するぶんにはコッチの方がゆっくり見て回れるかも……などと場違いなことを考えながら、目の前でゆっくり揺られる巨大なしっぽにトボトボと続いていった。


 ……ちなみに。

 確保の直接的な決め手となる発言をしてしまった白谷さんは、現在おれの肩の上で可哀想なくらいヘコんでいる。

 この世界この国の常識を知らなかったからとはいえ、今回のことに関しては残念なことに非を認めるしかない。あとでいっぱい慰めてあげないと。




 『此の場にてしばし待たれよ。……逃げよう等とはくわだてるで無いぞ』


 「はは……さすがに解ってますよ……」




 本殿に程近い……社務所だろうか。ではお守りとか売ってそうな建物の前で、マガラさんはおれ達を置いて姿を消してしまった。

 とはいえ彼の言ったように、逃げようなどと考える気にもなれない。姿は見られないとはいえ、この『神域』を護る存在がマガラさんだけであるはずが無い。彼が口にしたアザマルさんを始め、同僚が恐らくそこかしこに潜んでいるのだろう。

 怪しい行動を取ればたちまち顕現して取り押さえられるだろうことは想像に難くない。……大人しくしてよう。


 とりあえず、白谷さんがマジ凹みしてしまっている以上、おれがなんとかするしかない。ちょっと世間知らずだったとはいえ、本来白谷さんは根っからの善人なのだ。

 ここの木々が大切なものだと知っていれば『切ろう』などということは無かっただろうし……幸いというか未遂なので、誠心誠意謝れば許してもらえると思いたい。




 「おや、珍しい。随分と可愛らしい容疑者じゃないか」


 「……しか龍影リョウエイ殿、此奴等は霊木を伐ろうと画策し」


 「其れは其れは。幼気な女子が二人で? 一体どうって伐る心算つもりなのやら」


 「い、いや……しかし……」



 本殿を眺めながら決意を新たにしていると、マガラさんと誰かの話し声が近づいてくる。振り向いたおれの目の前、社務所(仮)の引き戸がガラリと開かれ……中から姿を表した二人の男性と、完全に目が合った。


 狩衣姿の男性……見た目からしてばっちり人間の、大人の男性二人組である。

 長い黒髪を背後で一つに括った柔和な笑みの男性と、黒と灰色の短髪を流したワイルドな感じの男性。あっれ……言い合ってる声の一人はマガラさんだと思ったんだけど……


 しかし、この黒髪のお兄さん……纏う気配が半端じゃない。大狼のマガラさんも……存在感というか、プレッシャーがかなりのものだったけど、この『リョウエイ殿』と呼ばれたお兄さんはさらにその数段上を行く。

 やっぱりこの鶴城神宮のを護る警察、その偉い人ということなのだろう。おれも含め、オイタをした子や化生の類いなんか一息で消し飛ばせそうだ。

 おれ同様、黒髪お兄さんの気配を察したんだろう。白谷さんなんて……完全に顔がひきつっている。


 ま、まぁ良い。開幕ぶっ飛ばされなかったってことは、まだ対話の余地がある。聞こえてきた会話から察するに、やはりこの黒髪お兄さんリョウエイ殿が決定権を持っているのだろう。


 ……であれば。

 おれがやるべきは、ただひとつ。



 「あ、あのっ! えっと…………この度はわたしの監督不行き届きの致すところにより」


 「あぁ大丈夫大丈夫。謝らなくて良いから」


 「ひっ……!?」


 「しゃ、謝罪を! ボク達に謝罪の機会を! どうか!!」


 「はっはっは。要らない要らない」





 し、謝罪を……


 これはやばい。あかんやつだ。完全に取り返しのつかないやつだ。

 いや……無理もない。考えてみればおれたちは、最高神様のお膝元を汚そうとしたのだ。


 なんとかしないと。おれがなんとかしないと。でないと……白谷さんが裁かれてしまう。

 それはだめだ。絶対に回避しなければならない。白谷さんはおれにとって……おれの心の安寧のためにも、おれがこの世界を守るためにも、絶対に必要な存在なのだ。



 「ど、どうか! 謝罪の機会を!!」


 「え? あ、あれ? いいってば。そんな謝罪なんてしなくて良いから。木を伐ろうとしただけなんだろ?」


 「はひっ!! 畏れ多くも鶴城神宮の木を頂戴しようと画策しました!!」


 「だ、だよね? でもまぁ考えるだけなら」


 「原因はボクです! ボクが余計なことを仕出かそうと!! 彼女は悪く無いんです!!」


 「大変申し訳ございません!! 謝って許されることではないと存じておりますが……どうか、どうか命だけは!!」


 「ボクが悪いんです! ボクが愚かなことを口走ったからで!!」


 「いや、待っ……待って!? ちょっとマガラ!? お前この子らに何言った!?」


 「……その……『生殺与奪は吾輩が預かった』と」


 「お前…………こんな小さな女の子だぞ? そんなガチで脅して可哀想とか思わないのか?」


 「ごめんなさい!! ゆるしてください!! 申し訳ございません!! 命だけは!!」


 「ノワは悪くないんです!! どうか逃がしてあげてください!! どうか!!」


 「…………面目次第も……御座いませぬ」


 「謝る相手違うよな?」


 「…………はっ」





 とりあえず謝罪することでいっぱいいっぱいで、何があったかよく覚えていないけど……

 ワイルドな感じのお兄さん(どうやらマガラさんらしい)のほうから、何故かおれ達が謝られました。


 どうやら、許されたらしいです。



 ……ちょっと漏れた。


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