第66話 【在宅勤務】薔薇で作った百合の造花





 地球人類が誇る技術の結晶、インターネット通販の恩恵により……この時代においてはいつでもどこでも、それこそ在宅したままでも『お買い物』に興じることが出来る。


 こんな非常識な容姿となり果てたおれであってもそれは勿論同様であり……この物件に備わっている宅配ボックスに配送先を指定することで、おれは『完全に人目に触れないお買い物』術を会得したのだった。


 そのお陰もあり……特に『衣』の分野において、事件直後よりかは大幅な文明レベルの上昇を果たすことが出来た。

 おれが配信時に着用する『正装』も、白谷さ…………もとい、の持っている装備の数々も、いわゆる中世・近世を基調としたファンタジーな衣装である。現代日本にはどうしたってそぐわないし、そもそも着心地も肌触りも動きやすさも優れているとは言い難い。


 そういった点で、可及的速やかに衣類を購入できたのは非常に助かった。……特に下着の類においては…………通販以外で購入する度胸は、おれには無い。

 ともあれ、そんな便利な技術の発展により必要充分な下着と着替えを手に入れることができたおれは……集中作業によって凝り固まった身体を解すべく、温かいお風呂を堪能しているのだった。




「前世のボクは男だったからね、女の子の下着なんて持ってないし。まぁ仮に持ってたとしても……さすがに他人の使用済みなんて嫌だろう?」


「ラニのならべつ…………い、いや! なんでも無い! そう! そうね! 下着はね! あははは!!」


「ははは。ノワって可愛い顔して割と……変態だよね」


「うぐ…………だ、だって……おれも一応、元男ですし」


「ほぉーう……ふぅーん……へぇーぇ……」




 ……そう、おれだって元は男。いや『元』というか……身体はもとより精神的には今だって、三十二歳の健全な男性なのだ。


 なので、つまり、その……いわゆる『女体』に対して、そこまで免疫があるわけでもなく。

 これまでは脱衣所や浴室の鏡を極力見ないことで、可能な限り目をそむけ続けてきたのだが……


 …………の、だが……





「ら……ラニ、さん? ……その…………見え、ちゃってるんだけど……色々と」


「色々、って……そんな『見えちゃいけないもの』なんて、ある? 同性同士だろう?」


「っ、…………そ、その…………おれ、元は男だし……」


「安心すると良い。ボクも同じだ」


「で……でも! ラニは今可愛かわっ、……お、女の子、なんだし……」


「安心すると良い。キミも同じだ」


「えっと、えっと…………で、でも!」




 小さなその身に纏っていた服を……果たして『服』と呼べるのか疑問が残る、布を被って紐で止めただけの簡素な衣さえも脱ぎ去って。

 いたずらっぽい笑みを浮かべたおれの相棒は、一糸纏わぬその身を堂々と晒している。

 ……のみならず。

 先程からおれの視界に映ろうと執拗に、この狭い浴室内を縦横無尽に飛び回っている。



「良いじゃないか。元男同士、現美少女同士。おまけに魂だってほぼ同じと来たもんだ。実質自分の裸を眺めてるようなものだよ」


「おれは自分の裸だって満足に見れないもん!」


「『もん』じゃないよ、何でそんなふとした挙動が一々いちいち可愛らしいのさ。それにそんな堂々と宣言することでもないし」


「し……しょうがないじゃん! 恥ずかしいんだから!」


「ふぅん……ボクの下着は想像して欲情しちゃうのに?」


「っ!! っ、っっ!!」


「ぷっ…………あはははは! もう……本当に可愛いなぁ、ノワは」


(それはこっちのセリフだってば……全くもう!!)



 今のラニの姿はつまり……フェアリー種の小さな女の子(かわいい)である。

 頭身は普通サイズの人間よりもやや低く、普通に幼い外見のおれよりも更にデフォルメ感が強い。百三十四のおれが五から六頭身くらいなのに対して、ラニはなんと四頭身程度。

 ただでさえ小さい姿かたちなのと相俟あいまって……すごく、ひたすらに、可愛らしい。


 さらさらと流れて煌めく白銀色の髪と、ひらひらとはためく虹色の翅翼はね。踊るように身をひるがえすたびにそれらもまた舞い踊り、可愛らしくもたいへん神秘的。

 お湯から立ち上る湯気と相俟って、非常に幻想的な光景なのだ。実態は単身者向け賃貸物件のお風呂場ユニットバスだけど。



「……ごめん。やっぱり少し浮かれてるみたいだ。…………本当に、嬉しかったから。ボクを認めてもらって」


「認めるって……当たり前じゃん。おれがラニを嫌うなんて、ありえないよ」


「ふふ……嬉しいなぁ。……じゃあじゃあ、ほら! ボクのこの身体も! 勿論もちろん好いてくれるよね?」


「ぐぎぎぎ……! 正直に言って滅茶苦茶好みなのですが…………!!」


「んふふ。さっきも言ったけど、ほぼ『キミのもの』の身体だからね。存分に欲情しちゃっても……好きにしても、良いんだよ?」


(くっっっそエッッッ!!!!)



 いや落ち着こう。大丈夫。冷静になれ。

 実際……ラニのことは、はっきり言って好きだ。そこは揺るがない。恋愛とか結婚とかにまで発展するような『好き』なのかどうかは正直わからないけど、一緒に居たいと思っていることは間違いない。

 おれに好意を持ってくれているのも嬉しいし、こんな可愛い子にこんなに無防備に誘われたら……そりゃあもう男冥利に尽きる。


 だけど……だけどさすがに、をする度胸は……まだ、無い。



「えっと…………ラニ?」


「んふふ。なんだい? ノワ」


「そういうのは…………すこしずつ、ね? ちょっと早いと思うし……それに」



 もしかしなくても、おれはヘタレなのかもしれない。気を奮い立たせて求めてくれたラニに対して、失礼なことをしているのかもしれない。

 ……でも。



「今はまだ、ただ一緒にいるだけで……こうして一緒にお風呂入ったり、一緒に生活したり……それだけで、おれは嬉しいから。……幸せだから」


「!! ……ああ、もう! 可愛いなぁ!!」


「うわァー!?」




(だから……! それはおれのセリフだって!!)



 喜色満面の笑みを浮かべて、湯に浸かったおれの身体にすり寄ってくる小さな美少女。

 意気地無しのおれが、彼女の真っ直ぐな気持ち全てを受け止められる日は……いったいいつになるんだろうか。


 とりあえずは、まぁ。

 このお風呂のように暖かく、幸せな生活に……しばらくは浸ってみようと思う。





「でも実際、見たくなったらいつでも言ってね。好きなだけ使っていいからね」


「つつつつつ『使う』って!? 何に!!?」


「何に、ってそりゃぁ…………オカ」


「わああああああ!! わあああああああああああ!!!!! ちょっ……どこで覚えてきたのそんな言葉!!?」


「ノワのベッド下の薄い書」


「わあああああああああああ!!!!!」




 この妖精……おイタが過ぎる……!!



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