第65話 【在宅勤務】ラニ




 たった一人生き残って、たった一人で異世界にたどり着いて、危うく一人だけで寂しく死んでいくところだった……異世界の勇者、ニコラ・ニューポート。


 かつての姿や存在や居場所を奪われ、今や儚く弱々しいフェアリー種の少女と成り果ててしまった……おれの大切なアシスタント。


 そんな彼女はこともあろうに、自分のせいでおれを危険に晒してしまったのだと……自分はおれ達に迷惑を与えている『疫病神』だ、などと言い始める始末。



 それは……違う。

 絶対、絶対に……違うのだ!!




「絶対違うし!! おれもモリアキも、ニコラさんが疫病神だなんて、これっっっぽっちも思ってないし!!」


「しかし……ボクが現れたせいで、キミの人生は大きく歪んでしまっ」


「そこ!! まず何よりもそこ!! そこからして違う!!」


「お、おぅ……??」




 まぁ……『勇者』なんてものを世界が滅ぶまで務め上げるくらいだ。ニコラさんは元々、責任感も半端ない人だったんだろう。

 だが、しかし。

 自分の落ち度ならまだしも……自分が何も悪くない事象まで責任を感じ、背負い込む必要なんか何処にも無い。


 そうとも。そもそも『苗』の出現も、おれがなったことも、それこそ『魔王』がこの世界に現れたことだって……ニコラさんは



「じゃあ仮に……仮に、ニコラさんが何もしなかったとしよう」


「う、うん……」


「仮に、ニコラさんが何もしなかったら。ニコラさんが居た世界は『魔王』に滅ぼされて、そして『魔王』は新しい獲物を求めて次元の壁を越えて、やっぱり結局この世界にやって来る。おれも結局『若芽ちゃん』のデータを亡くして、そこを『種』につけ込まれてなって…………そりゃ浪銀なみぎんのときみたいに場当たり的に『苗』をどうにか出来たかもしれないけど、おれ一人だと『魔王』の存在なんかわかるハズもない。おれは魔力が豊富みたいだし、いつか他の『苗』か、あるいは『魔王』本人に喰われて……おしまいだよ。確実に死ぬ」


「…………それは」


「間違いなく死ぬ。もしニコラさんが来てくれなかったら、おれは近いうちに死んでた。……恐らく、若芽ちゃんの成功と大成を見届けることなく。失意と絶望と恐怖のうちに、間違いなく死んでた」


「………………」



 そう、これは間違いない。

 そもそもおれとモリアキだけでは、この『苗』の出自も黒幕も何もかもが一切わからないままだった。ニコラさんに提供して貰った情報は重要なものばかりで、これがあったのと無かったのとでは状況が大きく異なる。

 押し寄せるバケモノを場当たり的に迎え撃ち続けるのと、事態の全貌を把握しながら対処を図るのとでは……難易度は全くもって別物だ。


 平和ボケした現代人だけで、世界をひとつ滅ぼした親玉を倒せるはずがない。



「それに! ニコラさんはこんなにも……こんなにも、手を尽くしてくれてる! 『全てを捧げる』なんて言葉、滅多なことで言えるもんじゃない! おれには……ほかでもない、ニコラさんと魂で繋がってるおれには! ニコラさんが軽い気持ちで言ったんじゃ無いってことくらい……本心からの言葉だってことくらい、おれは知ってる!!」


「…………だって、それは……責任を」


「だから! その前提がおかしい!!」


「えっ…………」



 ただの他人ではなく、演者とアシスタントとしての関係でもなく、魂の奥深くで繋がったおれには……嘘は通じない。

 ニコラさんの発した『喜んで命を捧げよう』というあの発言だって、その真偽はもちろん手に取るようにわかる。恐ろしいことにニコラさんは、全くの本心から言っていたのだ。



 だが……しかし。重ねてになるが、彼女はそこまでする責任なんて、本来であれば


 わざわざおれに『死ね』と命ぜられなくとも……わざわざ世界を飛び越えて『魔王』を追うまでもなく、自ら命を断とうと思えば断てただろうに。

 全てを投げ捨てて、後のことなど知らぬとばかりに逃げることだって……出来ただろうに。



「おれたちは…………助けてもらったんだ。ニコラさんに。……いや、今日だっていっぱい助けてもらった」


「ボクは…………助けることが、出来ているんだろうか」


「当っったり前だよ! モリアキをフォローして、一緒におれの撮影を見守ってくれていた! 幻想魔法と空間魔法、おれには到底真似できない魔法を使って助けてくれた! 大紋百貨店に急行できたのだって、ニコラさんの空間魔法のおかげだし! あの『葉』の大群や『苗』と戦う装備だって貸してくれたし! もしニコラさんに助けて貰えなかったら、きっと手遅れになってただろうし! …………それに!」



 ……それに。

 ニコラさんには、色んなところで助けてもらっているが……それ以上に。





「…………同居人が居るって……すごく、嬉しいんだよ」


「……………………」



 おはよう。おかえり。お疲れさま。

 頑張って。無理しないで。気を付けて。


 自分じゃない誰かが、ことあるごとに何気ない言葉を掛けてくれる。

 それだけで、充分すぎるほどにありがたい。

 充分すぎるほどに、温かい。




「おれは…………おれは、ニコラさんが好き。一緒に居たい。……だから、お願い。迷惑なんかじゃないから…………おれと、一緒に居て。『何でも言うことを聞く』っていうのがホントなら……これが、おれの答えだから」


「…………ノワ」




 おれ一人だけだったら、間違いなくあっさりと折れていた。


 モリアキを巻き込んだところで、非常識ファンタジーには敵うはずがない。


 ほら、昔の偉い人だって言っていたじゃないか。三人集まればなんとかなるって。



 だから、ね。ほら。笑おうよ。きっとなんとかなるから。

 せっかくそんなに可愛いんだからさ。笑わないと損だよ。



「ふふっ。…………そっか。まいったな」


「んえ? なにが?」


「いやぁ、ね。あんなに熱烈な告白されちゃったから……ね」


「……えっと、それは……ごめん、ちょっと調子のった」


「ボクは構わない、というか…………嬉しかったよ」


「…………えへへ」



 やっぱり……可愛いなぁ。

 こんな可愛い子が疫病神だなんて、おれは絶対に信じない。

 前々から思っていることだけど……この子はやっぱり『天使』と呼ぶにふさわしい。


 冬の空気は冷たいけれど透き通ってるから、星がこんなに綺麗に見える。

 曇りがちだった白谷ニコラさんの表情も、すっかりすっきりと透き通ったみたいだった。




「それはそうと……ノワ?」


「んう? どしたの白谷さ…………うん、えっと、……?」



 ちょっと照れながらも口にした呼び名は……果たして白谷ニコラさんは、どうやらお気に召してくれたようだった。

 彼女はしさんであり、ニコューポートさんでもあり……おれのアシスタントとしても、頼れる先輩勇者としても、おれにとってはどちらも大切な存在なのだ。

 無かったことになんて、したくない。


 綺麗な天色の瞳を真ん丸に見開いて、それからにっこりと弓なりに。頬を朱に染めて口角をほんのりと上げ……おれの相棒『ラニ』は、とても暖かな表情を形作る。



「ふふっ。いやぁ、ね? ノワは女の子だし、ボクはこんな身体だから…………赤ちゃん、ちゃんと授かるのかなって」


「な……!? ちょっ……な、な、なななななばばばばば」


「ノワの子だから、きっと可愛い子だと思うんだ。何とかして授かりたいんだけど……良い考え、無いかな?」


「ひょっ!? ひょうゆうのはわたしちょとはやいとおもう!!」


「ははっ! ……ごめんごめん、冗談だよ」


「もおおお! もおおおおお!!!!」




 ……澄み渡りすぎて、掴み所がないのも……それはそれで問題かもしれないけれど。


 でもまぁ……心地良いから、それで良いか。



 おほしさまきれい。


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