第64話 【在宅勤務】なやめるこひつじよ




 十二月末の、某火曜日。……いや、日付変わって水曜日。

 普段の水曜日深夜零時過ぎともなれば、出歩いている人などほぼほぼ居ないのだろうが……数日後に大晦日を控えた今日は、ちらほらと出歩く人影を感じ取れる。


 おれの部屋は浪越市南区の住宅地、電車の駅からは徒歩約二十分とやや離れているため利便性は並とのことだが……近くにコンビニがあり、小ホールを備えた図書館があり、そこそこ大きな公園もあり、やや近くにはホームセンターがあり、生鮮食品を扱うスーパーがあるので……つまり周辺生活環境自体は悪くない。

 懸念されていた交通の便に関しても、すぐ隣の国道には繁華街行き路線のバス停があるので、不動産屋さんが言うほど悪くはなかった。むしろ良い方だろう。



 深夜でも明るいコンビニのイートインスペースには、にこやかに談笑する若者の集団が見える。店内にも立ち読みコーナーほか各所に買い物客の姿が見られ……ちょっと立ち入るのは避けた方が良さそうだ。

 おれがなる前は毎日のようにお世話になっていたコンビニだが……なってしまってからは、未だに一度も利用できていない。……仕方ないか。

 おれは未練を振り払うように頭を振り、何事かと見上げてくる白谷さんに『なんでもないよ』と言葉を掛け、コンビニの前を素通りした。


 国道から一本入ったこの辺りは、もう完全に家ばっかりの住宅地だ。規則正しい升目状の道路に面して等間隔に家々が立ち並び現在位置を把握しづらく、その上で一方通行が交互に並んでいるので……自動車での初見通過はそれなりに難易度が高い。

 初めてモリアキが遊びに来たときも、そういえば半泣きでキレ散らかしていたっけ。



 一方通行の細い道を真東に進んでいけば、やがて南北に別れる丁字路にぶつかる。突き当たりは車両侵入不可能の階段になっており、そこから先はそれなりに大きな公園『緑池公園』の敷地内となる。

 広大な地と大きなからなる、市民の憩いの場となるというのが由来らしいが、近隣の人からは『池の水が緑色だからだろ』などとひどい言われようだ。まぁ、実際その通りなのだが……おれはこうして夜の散歩に訪れるくらいには、この公園が嫌いじゃない。




「さすがに静かだね。……寒くないかい?」


「大丈夫だよ。白谷さんこそ寒くない? 上着とか着れないし、大丈夫?」


「ボクも平気だよ。フェアリー種は魔法制御の技能に秀でてるし、気温操作なんかもお手のものだから」


「へぇーすごい。器用だなぁ」


「ふふ、ありがとう。まぁノワも大概だけどね。今度教えてあげよう、すぐ使いこなせるようになるよ。とりあえず……はいっ」


「ほわわわわ、あったか……ありがとう! たのしみ!」




 年末の長休みの夜とはいえ……深夜に薄暗い公園をぶらつく人は、さすがにそうそう居ないらしい。

 少し前はモンスター捕獲ゲームで昼夜を問わず大賑わいだったけど、最近はめっきり熱も冷めてしまったらしい。なんでも家庭用ゲーム機で新作が出たんだとか。

 他にもいろいろ理由はあるだろうが……まぁ、そもそも冬の深夜だもんな。魔法であったか~いできる我々でもないと、とてもゆっくりのんびりなんてできないか。


 かく言うおれも、こんな真夜中にこんなのんびりしたのは初めてだ。それこそ仮想配信者ユアキャス計画が動き出してからはせかせか動き回っていたし、その前は夜勤で起きていたことは在れども当然のんびりなんてしていられない。



 星空なんて……それこそ誰かと一緒に見たのは、いったいいつ以来だろうか。





「ねぇ…………ノワ」


「ん? どしたの白谷さん」


「………………ボクは」



 多くの人々が暮らす住宅地にありながら、まるでこの世界におれ達二人しか居ないかのように静まり返った公園で。

 高台の展望台に据え付けられたベンチに座って、ぼーっと空を眺めていたおれの……その正面に。


 小さく弱々しい女の子が、ぼんやりと頼りない光を放っていた。




 顔を伏せたその姿は……その優しい光は、とても儚くて。


 まるで……今にも消えてしまいそうで。





「ボクは……キミの傍に、居てもいいのかな……」


「白谷さん?」



 小さな小さな女の子は……弱々しい灯りを明滅させながら、その心情をぽつりぽつりとこぼし始めた。




「ボクはあのとき……魔王を仕留め損ね、この世界に流れ着いて、行き倒れて死にそうになって……キミの存在のに与かって。こうして生き長らえている今この瞬間だって、キミの魔力を食い潰して……キミにしているに過ぎないんだよ」


「…………白谷さん」


「それだけじゃない。今日遭遇したあの『苗』、あれに関わる面倒事を持ち込んだのも……他でもないボクだ。災いばかりを持ち込んで、それでいて恩もロクに返せやしない。自分では気を利かせたつもりでも、肝心なところで詰めが甘い。……ははっ、笑えるね。詰めの甘さは治ってない。こんなんだから魔王を取り逃がすんだ」


「……………………」




 おれ達は……白谷さんのことを、少し勘違いしていたのかもしれない。

 百戦錬磨の『勇者』。幻想と空間魔法のエキスパート。いついかなるときも冷静で取り乱すことなく、ニコニコ顔(ときにはいたずらっぽいニヤニヤ顔)でおれ達を導いてくれる、頼りになるアシスタント。


 …………そう、勝手に思い込んでいた。




「『勇者』なんて栄誉ある名を賜っておきながら、その栄誉を授けた世界さえ守れない。駆け込んだ先に不幸を撒き散らす…………『疫病神』のほうが、ボクにはお似合いだ」


「っ、……おれは!」



 この世界に流れ着いて、死にかけて。一人ぼっち残されて。

 顔を伏せているせいでその表情は伺えないけど、きっと泣きそうな顔をしているんだろう。

 当たり前だ。冷静に考えてみれば……彼女だって心細くないわけがない。


 気が利いて気配り上手で完全無欠の反則チートキャラだとばかり思っていたけど……今にして思えば、おれ達に気に入られようと必死に気を回してくれていたのかもしれない。

 今までずっと……こんなに泣きそうになるまで自分の本心を押し殺して、せいいっぱい取り繕っていたのかもしれない。



 こんなに小さく、儚く、弱々しい女の子が……たった一人で。


 ……そんなこと。

 そんなこと!!!!




「おれ達は! そんな!! 思ってないから!!!」


「お……おぉ?」




 迷惑だなんて……思っているわけがない。

 まったくもう。この子はいきなり何を言い出すんだか!!


 これはちょっとばかし『お説教』が必要なようですね!


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