第67話 【在宅勤務】もうダメしぬマジやばい



 一般的な社会人とは大きく異なる仕事に就いているおれ達は、生活リズムにおいても一般的な人々とは大きく異なる。

 出勤時間や休憩時間や退勤時間に縛られることもなく、そもそも平日や休日・祝祭日という概念さえも曖昧だ。


 仕事したいときに仕事に取り組み、休みたいときに休む。これだけ聞くと自由気ままで羨ましいと感じる人も居るかもしれないが……休みたいだけ休んだら当然、その分の皺寄せは丸々自分へ返ってくる。

 当たり前だが、仕事をしなければ収入は得られない。休みたいから休むというのは間違いなく自分の意思なので、収入が無くなるのも当然自分の意思によるものだ。


 いつ働くか、いつ休むか。なまじ自由であるだけに、そこは誰の庇護も受けられない。一定の収入を得て一定水準の生活を送るためには、並々ならぬ自制心が求められる。

 要するに……おれ達のような業態の人間は、怠け癖がついてしまったらオシマイなのだ。





(おはよぉーございまぁーす)



 ……そんな中。

 エルフの少女としてデザインされたこと木乃若芽ちゃんは、大自然と寄り添って生活を送っていた種族(という設定)である。

 朝陽と共に目が覚め、起床と共に活動を開始し、働くべきときは働き休むべきときは休む。森の木々と共に生きてきたエルフ族は、生活習慣も極めて健康的(という設定)なのだ。


 健康的な時間に起床し、一日を有意義に過ごすことは、おれにとってはお手のものと言っても良い。



(ただいまの時刻……七時半を回っておりまぁす。今日は水曜日、平日ですね。平日なのにこんな朝寝坊しちゃう子は……ちょーっとけしからんですよねぇー)



 いっぽう……ラニこと白谷さんの種族である、フェアリー種。

 もちろん作品や媒体によってその扱われ方は様々、その上で個体差ももちろん在って然るべきだが……イタズラ好きであったり、子どもっぽい性格であったり、自分本位マイペースでお昼寝が好きだったり……おれやモリアキも含め、こういったイメージを抱く者が多いのではないか。


 そんなおれ達のイメージに引きずられたからなのか、それとも昨晩思いの丈をぶち撒けてくれたからなのか。

 今朝に限っては、この時間になっても白谷さんが目覚める様子も無く……そのためこうして、襲撃を企てる余裕も出てきているわけだ。



(……というわけで。ねぼすけさんの可愛らしい寝顔をですね、じーっくりと堪能してしまおうと思いまぁす。……ふふふ、おれは一回起こしたもん。ちゃんと起きないのが悪いんだよ……)


『いや先輩……スゲェ顔してますよ今……』


(静かに。ラニ起きちゃうでしょ)


『ラニ? あぁ…………あー、えっと……スマセン』


(よろしい)



 朝の身支度を終えたおれは、先程自室に戻ってきて枕元に何気なく目線を遣り……そこで見かけた光景に言葉を失った。

 すぐさまモリアキに映像通話を発信し、可愛らしさマックスな我らが天使ラニちゃんの無垢な寝顔を自慢すべく『お目覚めドッキリ』じみたレポートを入れている……というわけである。


 というわけで……映像通話の設定を切り替え、インナーカメラからアウターカメラへ。右下にワイプで映る映像が、おれの顔からおれの部屋へと切り替わる。

 スマホを握りしめたまま音を立てないようにゆっくりと歩を進め……カメラはついに目的地点へと到達する。


 A5サイズのレタートレイと今治タオルで作られたラニ専用ベッドと、そこで膝を抱えるように丸まり眠っている妖精の姿を捉え……通話の向こう側からは声にならない感嘆の吐息が聞こえてくる。




「やだ……可愛い…………どうしよ、クッソ可愛い……どうしよう……しんじゃう……」


『いや死なないで下さいよ。……いや、でも…………確かに、ヤバいっすねこれ』


「ヤバい。マジヤバい。もうだめ無理マジ無理……あかん尊い……ラニちゃん尊い……涙出てきた……」


『もう完璧に限界オタクっすね先輩……』



 いや、だって……だって、これはやばいよ。やばいよ。大事なことなのでもう一度言うけど……やばいよ。

 薄くて綺麗な翅翼はねを潰さないようにするためだろうか。ラニはふわふわタオルのベッドでお行儀よく、横向きに丸まってすやすやと眠っている。

 サイズは人間のものより圧倒的に小さいけれど、その造形は下手な人間よりも整っているだろう。絹糸のように細く滑らかな髪で彩られた幼げな顔は……快晴の空のように綺麗な瞳こそ拝めないが、ほんのり赤らんだ頬もすっきり立った鼻筋も、彼女の愛らしさを引き立ててやまない。


 昨晩はあんなに不安げだった小さな顔は、今や一切の不安が無いと言わんばかりに健やかな呼吸を繰り返している。




「…………この愛らしさを全世界と共有できないのが悔やまれる。このKAWAIIは世界取れるぞ」


『さすがに妖精はねぇ……特殊メイクって言い張るのは無理があるっすよ』


「動画の中だったらまぁ、CGとか合成とかクロマキーとか、それっぽい単語で押しきれるんだけどな……」


『生活感が映り込んじゃうと現実リアルだってバレちゃいますし…………あれ、じゃあつまり生活感が映り込まない写真ならセーフってことっすか?』


「……!! そ、そっか……タオルのテクスチャくらいあるもんな! 写真を『CGです』って言い張れば良いのか!!」


『せ、先輩ちょっ、落ち着いて……声が大きいっすよ』


「モリアキごめん一旦通話切るぞ! 後で写真送ったるから!」


『え!? あのちょっと、先輩待っ』



 映像通話を一方的に終了し、ホーム画面に戻ってカメラアプリをいそいそと起動する。

 おれ達の声が耳障りだったのだろうか。ラニは少し顔をしかめておくちをむにゅむにゅと動かしたものの、結局そのまま目を覚ますことなく眠り続けている。……クッソ可愛い。


 比べるのも失礼な話かもしれないけど……ふわふわの子猫とか、ころころの子犬とか、そういう可愛い生き物を愛でるときのような……どうしようもなくたまらない、『かわいい』に満ちたこの気持ち。たまらない。

 おれはこれ幸いと超接写で、この『かわいい』が振りきれた天使を撮りまくる。画面上のボタンをタップするどころか長押しして、バシャシャシャシャシャシャっと盛大にシャッターを切りまくる。



 可愛い。かわいい。どうしよう、めっちゃ可愛い。

 ラニがいけないんだよ、ちゃんと早起きしないから。おれの目の前で無防備に眠ってるから。そんなあざと可愛い格好ですやすや寝息立てておれのこと誘惑したでしょ。ラニ子がわるいんだよ。


 ふふふ。


 ……うふふふふ。


 





 尊み溢れる寝顔へ、至近距離に顔とスマホを近づけての一方的な撮影会は……


 響き続けるシャッター音によって眠りから引き起こされた白谷さんに、ドン引きした顔を向けられるまで続いた。


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