第61話 【写真撮影】ぽんぽんなおった




「あっ、お帰りなさいセン…………若芽ちゃん。どうすか? ?」


「おうお帰り。大丈夫? 体調悪かったら無理しなくて良いんだぞ?」


「えーっと……はい、大丈夫です。ご心配おかけしました」



 女子トイレからこそこそと抜け出して更衣室へ戻り、途中だった着替えを済ませてスタジオへと戻る。

 出迎えてくれたモリアキは意味ありげにおれを慮ってくれたし、鳥神さんに隠れてこっそりサムズアップして見せる。……どうやら頼んでいたことはバッチリこなしてくれたらしい。さすモリ(さすがモリアキ先生の略)。


 衣装替えを経た今現在は、黒のインナーの上に淡い桃色のカーディガンを羽織り、下は黒のタイツの上にカーキ色のミニスカートを合わせたコーディネート。たぶんマフラーとか、厚手のコートなんかを加えてもよく似合うと思う。

 せっかく用意してもらった衣装なので、どうせなら撮って貰いたい。鳥神さんの表情は『続きはまたの機会にした方が良いのでは』と言いたげなので、大丈夫だと行動で示すことにする。


 そんなに長い時間お散歩していたわけじゃないハズだが、一旦中座してしまったことで集中力が途切れてしまった可能性もある。もう一回初心に戻って取り組まなければならないだろう。

 さっきと同様、幕の前に移動して軽く身体をほぐす。……多少魔力を消費したせいでほんの僅かに気だるいけれど、その程度だ。ぶっちゃけ体調には何も問題ない。



「おねがいします、鳥神さん」


「……わかった。無理だけはしないように」


「はい!」


「おーいいお返事。行くぞー、はい笑顔ー」





「…………で、結局のとこ何があったんすか?」


『えっとね……チューオーク? ってとこに『苗』の保持者が出てね。結構進行してて危なかったから、ノワと対処してきた』


「オーク……!? あぁ、中央区……そんなことになってたんすか……」


『ノワは……テレビ? にまた映っちゃうだろうなぁって嘆いてたよ。もしかしたら面倒なことになるかもー、って』


「あー、そういうこと……アリバイ作りだったんすね」


『ア……アリ? バイ?』



 スタジオの隅っこのほうで、スマホ片手に白谷さんと会話しているモリアキ。おれは写真を撮ってもらいながらも彼の発言に耳を傾け、彼が頼みごとをちゃんと片付けてくれたことを認識し……ほっと一安心する。


 彼にお願いしていたことは、以前編集してあったお料理動画――白谷さんが控えめに出演している『若鶏の墓』回――それの投稿、ならびにSNSつぶやいたーを用いての動画投稿アピールである。

 おれが『苗』の対処に奔走しているまさにそのタイミングで、モリアキにはおれの自室PCを遠隔リモートで操作して貰い、予め投稿スタンバイしておいた動画を一般公開して貰う。先行予約による自動投稿では、細かな分や秒単位での時刻指定は対応していない。ざっくり『何時』あるいは『何時三十分』程度での予約しか受け付けていないため、中途半端な時間での投稿であれば手動と判断されることだろう。

 また同時に、SNSつぶやいたーにて告知メッセージを発信。さも『その日その時間わたしは動画投稿をするためにオウチにいました!!』と装えるようなアリバイ作りを依頼しておいたのだ。


 これで後日、大紋百貨店に関して問い質されたとしても、自宅で作業中だったと言い張ることで追求を逃れることが可能なのだ。

 どっちみち今日明日中に公開するつもりだったので、スケジュール的には何も問題ない。



 しかし……今回はアリバイ作成のためのネタがあったから良かったものの、そう毎回毎回都合よく誤魔化せるとも限らない。ほとんどの人にとって未知の事象、『悪の魔法使い』による破壊工作……その現場には恐らく、かなりの高確率で報道カメラがやって来るだろう。


 どうにかしてこっそり事を済ませるか、あるいは何か別の手段で誤魔化すか。本業である動画配信者ユーキャスター活動が圧迫されないよう、早めに何かしらの手を打たなければならない。


 もしくは……単純に動画のストックを大量に確保しなければならない。



「……がんばんないとなぁ」


「? ……まぁ、あれだ。あんま気負いしすぎないよにな?」


「あっ、えっと……はい! ありがとうございます!」


「おう。……良い子だよなぁ若芽ちゃん。ウチのモデルとして雇いたいわ」


「あははは……嬉しいですけど、しばらくは本業に力を入れたいので……」


「そうそう、配信者キャスターだもんな。烏森かすもりが嬉しそうに話すんだよ……『オレが手掛けてる子めっちゃ可愛いんすよ!』ってな! 実際こんな良い子だもんな……そりゃ自慢したくもならぁな」


「も、もう……! からかわないで下さいよぉ!」


「ごめんごめん。でも本当応援してるから。烏森アイツの担当ってこと抜きにしても応援してっから。頑張ってね」


「あ……ありがとうございます!!」



 自然とこぼれた笑みにシャッターが切られ、鳥神さんは満足そうに頷く。

 そういえば鳥神さんとの会話に夢中になるあまり、途中からお手本モニター見てなかった。大丈夫だろうか。……大丈夫そうだ。



「よしじゃあ、ここまでにしようか。……まだ衣装何パターンかあるけど、今日はもうお開きにすっか? あんま暗くならないうちに帰りたいだろ」


「……えっと…………そう、ですね」


「もし気が向くようなら、明日でも明後日でも……それ以降でも、また来てくれりゃあいつでも相手しよう。他の奴らにも回しとくから、俺が不在でも対応してくれるハズだ」


「えっ……? 良いんですか?」


「おう。浪駅ローエキからホテル行きの送迎も出てるし、お代は気にしなくていい。全額烏森かすもりに請求回すから」


「ちょっと!? 聞き捨てならない発言が聞こえましたよ!?」


「わかりました! そのときはよろしくお願いします!」


「ちょっと!!?」



 モリアキと白谷さんの情報共有も、どうやら終わったらしい。


 せっかく衣装をいっぱい用意してくれた鳥神さんには申し訳ないが、お言葉に甘えて今日はそろそろおいとましようかと思う。

 やっぱり少なからず疲労が蓄積しているっぽいのと、少しでも次作の構想を練っておきたい。


 プロの手による女児服コーデも気になるけど……またの機会のお楽しみにしておこう。



「それじゃあ……撮った分はメディアに焼いとくから、着替えておいで。脱いだ服は纏めてカゴに入れといてくれりゃ良いから。お疲れ様」


「はい、おつかれさまです。ありがとうございます」



 ぺこりとお辞儀し、自分の着てきた服に着替えるべく更衣スペースへ移動する。

 当然のように白谷さんが着いてくるのを認識しながら扉を開け、自分と白谷さんを扉にくぐらせ……




「なぁ烏森かすもり、俺やっぱロリコンで良いわ。若芽ちゃんウチでモデルやってくれるよう頼んでくれね?」


「オレにそんな決定権無いっすよ! ……ああでも、いろんな衣装取っ替え引っ替えするのは良さそうっすね……メイド服とかありません?」


「あるぞ。女の子向けのドレスも浴衣も振袖も緋袴もあるぞ」


「あー緋袴いいっすね……」



 常人レベルの聴覚だったら聞き取れなかったであろう……しかしおれ若芽ちゃんの耳にはバッチリ届いてしまった男二人のひそひそ会話を全力で聞かなかったことにしながら、おれはスタジオ出口の扉を閉めた。


 …………よし!!早く着替えよう!!!



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