第60話 【途中退出】やっぱりそうなるのね



 保持者を守るように立ち上がった七体の『葉』のうち、既に五体は塵と化して消滅している。

 残るはやや後方に控えている二体と『苗』の保持者本人だけ。


 日本人離れした……恐らくは西洋系の容姿をもった、この百貨店内テナントの店員。染められたものではなさそうな金髪と、カラコンの類いではなさそうな青の瞳でありながら……その胸元に留められた名札には日本人然とした姓名が記されている。

 既に相当の魔素イーサを搾り取られているのだろう、その顔色はお世辞にも良いとは言えない。

 これ以上無理をすれば『花』を付けてしまうことは勿論だが……それ以前に彼の命に関わるだろう。



「……わたしは、あなたに危害を加えるつもりはありません。……話を、聞いて貰えませんか?」


『……………………ゥ……』



 投げ掛けた言葉に対する反応は薄い。既に本人の意識があやふやなのか、蒼白な顔に浮かぶ表情はどこか虚ろだ。

 ……これは、ちょっとやばいかもしれない。今の彼と意思の疎通を図ることは難しそうだ。まずは『苗』を除去するのが先決か。


 強化バフ魔法を纏って前傾姿勢を取り、思いっきりアスファルトを蹴る。とりあえず彼の左後方に佇む『葉』の頭を殴り飛ばし、残された胴体の胸部分を右足で蹴り飛ばしつつ左足を踏ん張って強引に方向転換を図る。

 つい咄嗟に大開脚してしまったけど、今はいつものローブじゃなくて影飛鼬シャルフプータ脚衣タイツを穿いている。わかめちゃんのパンツがチラする危険は無いので、思いっきり脚を上げられる。……っていうかそもそも【陽炎ミルエルジュ】纏ってたわ。どっちみちチラしないか。


 ともあれ、これで保持者の彼に肉薄できた。あとは無防備な襟足に手を伸ばして『苗』を引っ掴ん…………えっ? ……あれ?



(ノワ!!)


「っっ!!? ……っぶな!」


『…………ヴ、ゥ……』



 ほんの一瞬気を散らしたとはいえ……【加速アルケート】の強化バフ魔法を纏ったわたしの動きに、彼は対処してきた。

 よくよく見れば蒼白の顔には毛細血管のような……赤い根のような線が張り巡らされ、同様の血管のような根のような線は手の甲にも浮き出ている。……恐らくは全身に広がっているんだろう。


 あの血管のような線から感じる魔素イーサの気配は、延髄に生える『苗』と同一。恐らく見たまま『苗』から伸ばされた『根』なのだろう、彼の全身へと効率よく支配を行き渡らせるための末端器官。

 全身に『根』を伸ばされた彼の挙動は、今や常人とは比較にならないほどに……速い。それでもわたしのほうがやや速いとはいえ、『苗』を引き抜く際は精緻な挙動を求められる。

 茎が途中でちぎれたり、根が丸々残ってしまっては意味が無いのだ。


 とりあえず苦し紛れに七体目の『葉』を思いっきり蹴り飛ばしたが……保持者の彼の背後に回り込もうにも、的確にこちらを捉え正面を向けてくる。

 場合によってはさっきと同様、逆にこちらを捕らえようと手を伸ばしてくる。



 対処する方法が……無い訳じゃない。現在【陽炎ミルエルジュ】を纏うため多めに割いているリソースを戻し、一部あるいは全部【加速アルケート】へと注ぎ込む。保持者の彼を圧倒する速度で背後を取って除去に臨むか……もしくは同様にリソースを空け、拘束魔法の行使を試みるか。

 前者はまだしも、後者は誰の目に見ても明らかに『魔法』だ。本当に今更かもしれないが、多くのカメラが睨みを利かせるこんな場所で大々的に行使すると後が怖い。


 それにそもそも、わたしはまだ人に向けて魔法を使ったことが無い。……いや厳密には無い訳じゃ無い。回復ヒール走査スキャンの類いは経験があるけど、攻撃や拘束の類いはまだ経験がないのだ。モリアキに威嚇で向けたやつはノーカンで。

 拘束するつもりが加減を誤って、他ならぬわたし自身の魔法で捻じ切ってしまったら……そうなると、この状況では言い逃れなんて出来ない。現行犯だ。



 もっと目立たず、地味で……安全第一な手段は無いものか。

 彼の対処行動を封じ、かつこちらのリソースを圧迫せず、それでいて一方的にこちらが優位に立てる手段は。




「…………あった」


(へ? なにが?)


「白谷さん! 彼の感覚器官、全部潰せる!?」


(感覚器官……あぁ、なるほど。行くよ?)


「お願い!!」



 幻想と空間を司る【天幻】の号を誇る白谷ニコラさんは……他人の感覚器官に介入し、認識をねじ曲げて幻覚や幻視を誘引する『幻想魔法』の使い手である。

 かつて勇者だった頃には既に極められていたその腕前は……わたしの設定に巻き込まれてフェアリー種の女の子となった現在でも健在。むしろまぼろしと親和性の高いフェアリー種の種族特性なのか、より精度が上がっている様子らしい。


 そんな彼女にとっては……『苗』保持者の感覚器に介入し、わたしに対する認識をねじ曲げることなど造作も無いことなのだろう。

 手加減も出し惜しみも無し、対象を単体に絞り込んだ全力の幻惑魔法。普段は人に向けることを憚るそれを、ここぞとばかりに行使する。



我は紡ぐメイプライグス……【幻弄・極セルブストラング】』


『…………? ヴ……ゥゥ……』


(動きが止まった……! 今なら!)



 真っ赤に光る瞳をきょろきょろと周囲に巡らせ、完全に動きを止めた保持者の背後へこっそりと回る。脚衣タイツに付与された【敏捷シュブルク】と外套にも備わる【隠密ファニシュテル】の恩恵もあってか、視覚を始め幾つかの感知能力を喪失している保持者は忍び寄るわたしに感付いた様子もなく……





「えいっ」


『!!? ッ、、ギャアアアアアアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!?!??!』


「あー……やっぱ叫ぶのか」



 茎の根本付近を掴み、まっすぐ上へ。根っこの末端部位こそぶちぶちと千切れてしまったようだが、主根および側根の殆んどは茎と共に除去できた。

 残された末梢のみでは、さすがに組織を再生させることは不可能なようだ。みるみるうちに禍々しい魔素イーサの気配が薄れていき、後には身体中を掻きむしりながらのたうち回る『二梃木』さんのみが残された。


 尋常ならざる様子に、周囲の人々から戸惑いの気配が上がるが……とりあえず元凶は取り除いたのだ。分離した『葉』も全て殲滅したことだし、あとは警官隊に任せてしまっても大丈夫だろう。




『ノワ、ノワ。それ頂戴』


「え? ……ああ、『苗』?」


『そう。こんな完全な形で確保出来たのは初めてだからね、ちょっと調べてみたい』


「わかった。大丈夫だとは思うけど……気を付けてね」


『ははは。ボクは今やキミの一部だよ。心配には及ばないさ。……でも、ありがとね』


「……ん」



 培地から引き抜かれ、魔素イーサの供給を絶たれたことで、『苗』はみるみるうちに萎んでいく。それを白谷さんの【蔵守ラーガホルター】に仕舞い込み、時間停止の影響下に置くことで保存する。

 どうやら……わたしと魂の繋がりを得たことで、白谷さんも『苗』に干渉することが出来るようになっていたらしい。かつての世界では殆んど解明できなかった『苗』の性質が少しでも解析できるかも……と、非常に可愛らしい笑顔で喜んでいた。


 ……というわけで、もうここに用は無い。



「彼は…………彼も、良くないモノに操られ、利用されていただけです。この騒動は彼の本意じゃない。寛大な配慮をお願いします」


「…………同行を、願えませんか」


「嫌だ、と言ったら……どうしますか?」


「…………どうも出来んでしょうなぁ。我々が『魔法使い』殿に敵うとは到底思えません」


「そうですか。……では」


(お? 帰るかい?)


(うん。白谷さん『門』おねがい。モリアキのとこ)


(任された。……我は紡ぐメイプライグス、【繋門フラグスティル】)


「彼を、お願いします。……ご機嫌よう」


「!? 待っ――――」




 驚愕に目を見開き、こちらを引き留めようと手を伸ばす春日井さんに背を向け……おれと白谷さんは門へと飛び込んだ。


 刻んでおいた登録座標マーカー……門の出口は、浪越市港区のフォトスタジオ内女子トイレの個室、そのひとつ。

 内側から鍵を掛けておいたし、そもそも女子トイレなので……間違いなく誰も入って来ないだろう。達の出現を見られる危険も無い。


 しかし……他に手段が浮かばなかったとはいえ、転移の瞬間を撮られたのはマズったかもしれない。あの場が現在どうなっているのか、加えて今後どう広がっていくのか……正直いって気が重いが、



「おわったぁー…………」


「ふふ。……お疲れ様」



 とりあえず、やっと肩の荷が下りた。あとは早くモリアキと合流しないと。

 お願いしたこと……ちゃんとこなしてくれてると良いんだけど。



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