第53話 【一旦休憩】で……できらァ!!





「…………んで? そろそろ教えてくれても良いんじゃない??」


「ホヘ? 何がっすか?」


「な…………何がっておま……!! ちょ、おま!! トボけんなよてめぇ!! 確かにおれは送って貰ってる立場だけどさぁ!! おまっ…………行き先告げずに運ぶんじゃ無ぇよ!! お前これ拉致だぞ拉致!! 通報すんぞ!?」


(やべぇ。おキレになられた)


(どうしよう。可愛い)



 思ってもみなかった白谷さんの技能スキルに面食らっていたこともあり、現在車はコンビニの駐車場で停車中である。

 今ならゆっくりができそうだと、おれは運転手へ現状における疑問点を問い掛けたのだが……その返答というか反応は、さすがにちょっとひどいと思った。


 少し口調が荒くなってしまったのは……正直申し訳ないと思う。加えてさっき言ったように、おれはあくまでモリアキの厚意で送迎していただいている立場だ。

 少なくない手間と時間と燃料代を負担させている以上、本来ならばおれが彼の予定に合わせるべきなのだろう。



 ……が。

 だからといって、行き先くらい教えてくれても良いのではないか。

 これから悪いことをしようってわけでもあるまいに、何をしに行くのかくらい教えてくれても良いのではないか。

 それとも……目的地はおれに言いたくないような所だとでもいうのだろうか。


 それらの不満と不安が爆発し、気づいたときにはもう止まらない。少しずつ慣れてきたと思っていたこの身体だったが……情緒的な部分においては、まだまだおれには制御しきれないらしい。




「…………ごめん。いきなり怒鳴って」


「い、いえ……オレの方こそスミマセン。……ちょっとドッキリ的なこと仕掛けたかったんすけど……確かに、ちゃんと言うべきは言っておくべきでした。スミマセン、先輩」


「いやいや……! おれの方こそ! ……何度も言うけど、おれは助けられてばっかりだから。今回の送迎も、おれが一方的に迷惑掛けてるんだし……だからおれ、モリアキの決めたことには従うから。から」


「今文句言わないって言いましたよね?」


「うん…………えっ??」


 「……ふふ。良かったね、モリアキ氏。本人が乗り気になってくれたみたいだよ」


「えっ??」



 目の前で何やら意味ありげに視線を交わす二人……頼れる仲間であるの二人を交互に見やり、おれは……なぜだろうか。背筋にうすら寒いものを感じてしまう。

 しかし……しかし。二人はおれの仲間のはずだ。味方のはずなのだ。おれの立場が悪くなるようなことはしないだろうし、おれのためにならないようなことはさせないはずだ。


 大丈夫、きっと大丈夫。モリアキ本人も言っていたではないか。ただのドッキリ、ちょっとしたドッキリだ。しかし『ドッキリがある』と言うことを聞き出してしまったので、つまりは恐れることなど……不安なことなど、もう何も無い。


 そうとも。何も怖くないのだ。



 そう思った。

 そう考えてしまった。


 つまりは……おれはまだまだ、未熟者だったってことなのだろう。









「つきましたよ。覚悟は良いっすね? せんぱ…………?」


「……して…………ころして……」


「どうしようモリアキ氏、目が虚ろだよ」


「オオゥ…………そこまで嫌っすか」



 やがて……とある駐車場で車が止まり、モリアキが後部座席を覗き込む。

 文句を言わないと言ってしまった上、モリアキと白谷さんの意図していることを聞かされた以上……おれはこの仕打ちを拒否することなど出来ない。


 彼らはなにも、おれが憎くてこんなことを企てたわけでは無いのだ。おれが今後、非実在アンリアルではない個人配信者ユーキャスターとしてやっていくにあたり、活躍の幅を少しでも広める一端になればと、善意で計画してくれていることなのだ。

 それはわかる。わかっている。理解している。


 ……だが。……だからといって。



「正気に戻って下さい、先輩。大丈夫、死にはしませんって。ちょーっとオメカシして可愛らしい女児衣装着てプロに写真撮ってもらうだけですって」


「殺傷力抜群やろ!! おれアラサーのオッサンやぞ!!!」


「大丈夫だよノワ。どこからどう見てもとおそこらの女の子にしか見えないから」


「見た目の問題じゃなくってですねェ!!!」



 わかってる。彼らのこれが嫌がらせじゃないことは解っている。

 先日のクリスマス突発ミニ動画で軽く触れたように……スポンサーの方々への特典のこともあり、今後若芽ちゃんはいろんな衣装を試すべきだということも認識している。

 どうせならいろんな衣装が揃えられているフォトスタジオで色々試した方が良い、なんなら画素数がエグいプロ仕様のハイスペックなカメラで撮って貰った方が良い……となったのも、まぁ理解できる。



 だからって。


 だからって!!


 おれの中身は、三十を越えた成人男性なのだ!!




「腹くくって下さい。せっかく予約取ったんすから。先輩も『おめかしした若芽ちゃん』見たくないんすか?」


「うぐ…………正直……見たい」


「そうでしょう。何てったって可愛い子を可愛く撮るプロっすからね、何も心配は要りませんって。全部プロが何とかしてくれます。何も気にせず力を抜いて……雰囲気に流されちゃって良いすから」


「…………なにも……なにも気にしなくていい? ほんと?」


本当ホントっすよ。不安なんて何も無いんです」


「じ、じゃあ…………わかった」


「いやぁ……だんだん手慣れて来てるよね」



 そうとも、おれ自身が『若芽ちゃん』になってしまったとはいえ……そもそもおれ自身『若芽ちゃん』のことが大好きなのだ。

 おれとモリアキの『好き』をこれでもかと注ぎ込んだ、おれたちが自信を持って『かわいい』と言えるキャラクターが……他でもないこの『木乃若芽ちゃん』なのである。


 彼女の可愛らしい姿や可愛らしい格好、長年夢見続けていたそれらが拝めるというのなら。おれが我慢すれば、プロがなんとかしてくれるというのなら。

 ならば……ちょっとくらい、我慢してみせる。



 他ならぬ愛娘、『若芽ちゃん』の晴れ姿のためならば。


 おれは、何だってしてみせる。



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