第52話 【一旦休憩】とてもすごいやつ





 結局あのあとおれは、おれのよき理解者二人に懇々と諭されながら、しょんぼりしながら帰路についた。といってもモリアキの車でだけど。

 二人から同時にお説教を受けたのは初めてだったけど……うん、ちょっとこわかった。すみませんでした。


 モリアキの運転する車は実質無料のパーキングを後にし、多くの人通りで賑わう伊養町商店街を脱し、おれの自宅方向へと順調に走っていく。

 時刻はまだお昼過ぎ、お出掛けを終了にするには少々早めでもったいない時間ではあるけど……おれはこの格好でお買い物とか出歩く気にはなれないので、まだ明るいけどおうちに帰って作業に取りかかろうと思った。




 ………………はず、なのだけど。



 「ね、ねぇ……ねえ、モリアキ」


 「どうかしました? 何かおかしいところでもありましたか? 先輩」


 「えっと…………いえ、なんでもない……です」


 「そうですか。目的地までもう少し掛かるんで、今のうちに仮眠でも取っといて下さい」


 「エッ!? えっと…………は、はい」




 ……おかしい。何かが、おかしい。


 伊養町のある中央区からおれの住む南区へは、大雑把に言えば南方向へと向かうはずである。

 この浪越市は割とキッチリした都市計画のもとで開発が行われており、主要な幹線道路は京都のような升目状になっている。時刻はお昼をちょっと回ったくらいであり、まだまだ太陽は高い位置からおれたちを見下ろしているはずなので……つまりは、大雑把に太陽の方向へと向かっているはずなのだが…………


 …………なぜだろう。

 いったい何故、太陽がおれの横顔を照らしているのだろうか。

 何故正面方向にあって然るべきの太陽が、おれの左頬を温めているのだろうか。



 「ね……ねえ、白谷さん……」


 「ん? どうしたんだい? ノワ」


 「えっと…………どこ、向かってるのか……わかる?」


 「この地に来たばかりだし、地理にも疎いから……ボクは解らないなぁ。ごめんね、ノワ」


 「えっと、えっと……う、うん。気にしないで」



 小声で白谷さんに助けを求めると……妙にニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべたまま、しかし何の解決にもならなかった。

 無理もないだろう、別世界の住人であった白谷さんがこの浪越市の地理に精通しているはずがない。


 で、あれば……行き先を知っているのは、この車を運転するモリアキただ一人なのだが……さっきのやり取りを思い起こす限り、彼には行き先を教えるつもりは無さそうである。ちくしょう、なんでさっき引っ込んでしまったんだ。


 ルームミラー越しに盗み見る彼の顔は……特に見た感じ怒っているようには見えない。

 ……しかしそうは言ってもついさっきお説教を受けたばかりなので、おれに対して何かしら思うことがあるのは恐らく間違いないのだろうが……それがこの現在の状況に繋がっているのだと考えると、途端になにやら怖くなってくる。



 「まぁまぁノワ。そんな不安そうな顔しないで。ピザトースト食べる?」


 「えっ? だ、大丈夫、お昼さっき食べたからあんまお腹いてな…………? !? ちょっ!? どっから出したの白谷さん!?」


 「はっはっは。【天幻】の名は伊達じゃ無いってことさ」


 「ねえモリアキ!! 白谷さんが!! 白谷さんがピザトースト!! モリアキ!!」


 「ぅえ!? ちょっと待って下さい今運転中…………っと、えー……ちょっ、って……待って!? まさかあのときのっすか!?」


 「そうそう。ノワはお腹いてないっぽいから、モリアキ氏お腹いたら声掛けてね。ちゃんと熱々アツアツのまま仕舞ってあるから」


 「ねえ!! あのときのって何!! 何があったの!! ねえ!!」



 二人の間に交わされたやり取りから、モリアキはどういうことなのか把握したようだが……おれにとってはわけわかめだ。……若芽わかめちゃんだけに。

 いや、冗談言っている場合じゃない。突如として現れたアツアツのピザトースト(すごいおいしそう)、そこに秘められた謎を解くまでは……とかいうほど深刻な話でもないが、単純に気になる。

 モリアキもあまりにもの事態に驚いたらしく、急遽近くのコンビニ駐車場へと待避する。事故の心配は無さそうだ。


 というわけで、こちらが問題の品。どう考えても白谷さんの懐には収まりそうもない、というか白谷さんの身体よりも大きそうなピザトーストである。

 しかも溶けたチーズの艶も、ふわりと漂うおいしそうな香りも、まるで出来立てであるかのように……非常に美味しそうだ。満腹でなければ卑しくもおねだりしていたかもしれない。



 ……しかし、何もない空間に突如として出現したピザトースト。

 自分の身体よりも大きなピザトーストを、ふわふわ漂わせている白谷さん。

 とうのピザトーストは、出来立てのようなアツアツを保ったまま。

 そして……白谷さんが自慢げに発した『【天幻】の名は伊達じゃ無いさ』という言葉。


 これは…………もしかして、もしかすると!!



 「し、白谷さん! もしかして…………【収納】的な魔法が使えるとか!? アイテムボックスとかストレージとか!!」


 「【蔵守ラーガホルター】……とボクらは呼んでいるけどね。ニュアンスとしては同じだと思うよ」


 「ちょちょちょちょい! マジっすか! アイテムボックスってじゃないっすか! ちょっとさすがにテンション上がるっすよこれは!!」


 「時間経過止まるの!? 容量キャパはどれくらい!? 収納物の重量は!? えっと、あと……えっと!!」


 「ま、待って、落ち着いて二人とも。とりあえず時間経過は投入時点のままで、収納物の重量は生じない。容量は……ごめん、単位が解らない。とりあえず家財一式は余裕で収まるくらい……『それなりに多い』としか」


 「「ス…………スゲエエエエ!!!」」


 「お、おぉ……」



 あまりにもの剣幕に、軽くたじろいでる白谷さん。おれはモリアキと二人顔を見合わせ、まるで中学生男子のようにハシャいでしまったが……だって仕方ないだろう。

 だって……だって、『アイテムボックス』である。

 妄想膨らむ健全な男子であれば追い求めて止まない、異世界を旅するエピソードであればほぼほぼ必須とも言える……反則チートと名高い技能スキルなのである。


 しかし……さすがは【天幻】の称号、ということなのだろう。白谷さん本人は『幻想魔法』と『空間魔法』が得意だと言っていた。

 光の屈折を操ったり、幻を見せたり纏わせたりといった『幻想魔法』と、このアイテムボックスのように空間そのものに作用する『空間魔法』。それこそ白谷さん……もとい、ニコラさんが世界の壁を越えられたのも、この『空間魔法』の恩恵なのかもしれない。



 …………いや、まって。

 まって。空間魔法。まさか。



 「白谷さん、あの…………まさかとは思うんだけどさ? …………転移魔法、みたいなのって……使えないよね? ほらあの、行ったことある場所にワープ……その、一瞬で移動する、みたいな」


 「そこまで自由自在じゃないけど……【繋門フラグスディル】がソレに当たるかな? あらかじめ目的地を記録しておく必要があるけど」


 「「あるの…………」」



 おれたち健全な少年(の心を未だに持った大人たち)が求めてやまない、代表的な二つの反則チート技能スキル

 今後の配信や撮影が楽になりそうだとか、使い方によっては色々と便利かつ画期的な運用が出来そうだとか……そんな論理的な思考が出来るようになったのは、もう少し後のことで。



 このときの……子どもの心を忘れていなかったおれたち二人が感じたことは――



 「やべえ」「すげえ」



 とても幼い、このたった二言の感想に集約されていた。



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