第51話 【一旦休憩】追っ手は撒いたぞ




 浪越市中央区伊養町、その西町地区の二丁目に位置する『なかよしパーキング』は、商店街の只中に位置する、七層からなる鉄筋コンクリート造の大型立体駐車場である。


 駐車料金は三〇分三〇〇円(十二時間で二四〇〇円上限)と、パッと見た限りはあんまり安くない駐車場なのだが……なんとこの駐車場、伊養町商店街のほぼ全ての店舗でサービスが受けられるという、知る人にとっては文句なしで『ぶっこわれ』な大型パーキングなのだ。

 そのサービス額や驚くなかれ、商店街での利用金額千円ごとに一時間分……つまりは六〇〇円分のサービス券(当日利用に限る)が貰えてしまう。飲食店だろうと書店だろうとホビーショップだろうと殆どのお店がサービスに加盟しており、つまりはこの伊養町商店街でお買い物ならびにご飲食をしていれば、駐車料金は実質無料となるに等しい。


 そんなんで営業やっていけるのかと不安でしかなかったのだが……要するに半公営の駐車場であり、商店街および市から手厚い補助が出ているのだという。ですよね。



 そんな『なかよしパーキング』の六層部。REINメッセージアプリの指示に従い屋上から侵入すると……最上階から一層下の閑散とした駐車エリアに、見覚えのある軽自動車を見つけた。

 車の中の人物もこちらを認識したらしく、前照灯ヘッドライトがパシパシと点滅する。


 ……あの車の中以外、現在このフロアには人の反応は感じ取れない。今なら誰にも見咎められること無く合流できるだろう。



「よいしょっと……ただいま、二人とも」


「うっす。先輩お疲れさまです。……あ、後部の方が良いっすよ。助手席は外から見られやすいっす」


「ノワお疲れ様。そうだね、ボクが偏光魔法で隠せば見つかることも無いだろ」


「ほんと? わかった、そうする。白谷さんありがとう」


「何の何の。ボクとしても自分の有用性をアピールしておきたいからね」



 助手席のドアを開けたおれに告げられた言葉に従い、助手席ドアを一旦閉めて後部のスライドドアを引き開ける。

 普段は畳まれフルフラットな荷台スペースとなっているそこには珍しく座席が姿を表し、虹色に煌めくはねを持った手のひらサイズの少女(かわいい)がにこやかに出迎えてくれた。


 胸の底がじんわりと温かくなるような、うれしさとも安心感とも取れる感覚に頬が緩むのを感じながら……後部座席に尻を落ちつけ、スライドドアをばたんと閉める。

 同時に白谷さんがなにやらぶつぶつと呪文を唱え、一瞬窓ガラスが魔力を纏ったかと思うと……おれの目から見た限りでは何事もなく、元通りに外の景色を映し出した。



「スモークフィルム? とかいうのを参考にね。外から内側の様子を覗くことは出来ないけど、内側からは問題なく景色が見える。たとえこの中で着替えていようとも、外から見られる心配は無いよ」


「おおすごい!! じゃあ動きやすい服に着替えても……あ、すごい。座面上げるとおれ多分室内で立てる! ……ええ……やべえ、普通に着替えられるじゃん」


「先輩先輩。オレとしてはサービスシーン嬉しいんすけど、あくまでフロントと前席の窓はそのままだってこと忘れないで下さいね?」


「!!!! っぶねえ!! 何させようとしてんのさ!! 変態!!」


「オレ今の無実っすよねェ!!?」


「いやー本当仲良いね」



 とりあえず着替えは保留として、背中にぶら下げていたミニポスターだけ外しておく。

 今日一日伊養町を歩き回った限りだったが……このポスターのお陰で少なからず、おれとおれの放送局チャンネルの存在を周知できたと思う。

 古くは広告人夫、あるいはサンドイッチマンなどとも呼ばれる広告手法ではあるが……シンプルながらも効果は高く、特に容姿からしてカメラを向けられやすいおれにとっては尚のこと高い効果が見込めるのだ。


 題して『ふふふ……タダで撮ろうたぁフテぇヤロウだ。おれの宣伝も一緒に写してもらおうじゃねえか。嫌とは言わせねえぜ』作戦である。センス無さすぎだろ。



「でもさ、実際『ちんどん屋』ってあったじゃん。ちんどんちんどんしながら練り歩くやつ。あれやったら良いんじゃない? おれ多分練習すれば演奏できるぞ」


「今の先輩の口から『ちん』とか飛び出るとちょっとギョッとするっすね。……いやあ、良い考えだとは思うんすけど……でも難しいんじゃないっすかね。騒音とかクレーム入れられそうで」


「…………身元を大々的に宣伝してるもんな」


「悪質クレーマーにバッド評価粘着される恐れも……」


「ぅえ……それはやだなぁ……」



 せっかくの良い考えだと思ったのだが……このご時世、気づかないところでもいろんな制約があるらしい。なかなか簡単にはいかなさそうだ。

 まぁ……そのへんは無理なら無理で仕方がない。あくまでついでに過ぎないのだ。



「とりあえず、一本分は問題なく撮れたと思う。出演者の子たちにも公開許可貰ったし……まぁお顔と名前は伏せるけど」


「それが良いと思います。首から下でも伝わるには伝わるでしょうし……危ない橋を渡るよりかは」


「ノワのお顔はちゃんと映るんだろ? なら見ごたえは十分だと思うよ」


「そんな価値あるかなぁおれの顔…………そういえばさ」


「あるに決まって……え? 何すか?」



 宣伝と聞いて……ふと思い出した。

 お会計の後『ばびこ』さんのオーナーさんに声を掛けられ、写真を撮って貰ったこと。おれのような無名な人を撮ったにしては、オーナーさんをはじめ店員スタッフさんの反応が妙に……えっと、その……嬉しそうに見えたこと。

 ついでに言うと……撮影に協力してくれたJK二人組も、スマホに保存されたおれとのスリーショットを眺め、とても嬉しそうな顔をしていたこと。



 「もしかしてなんだけどさ。単なるうぬぼれのなのかもしれないんだけど……おれってもしかして、けっこう一般の方ウケ狙えてたりす…………え、な、なに? どうしたの二人とも……待って、なに? なに!? ちょ、何!?」


「モリアキ氏……どうするよ?」


「そっすね……やっちまいましょうか」


「待って!? 何その顔! こわい! 待って!!」



 

 思っていたことを口にしたら……何だかスゴい目で見られた。

 なんなの。ちょっと。その可哀想なものを見るような目をやめてくれませんか。


 二人して見つめ合ったと思えば盛大に溜め息ついちゃってるし。本当なんなの。



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