第49話 【街頭収録】久しぶりに自業自得の窮地に陥りました




 非常に満足感の高いランチを堪能し、おれたち三人は少しお腹を落ち着ける。

 そのまま数分おいしい食事の余韻に浸った後……なけなしのプロ意識がファインプレーを見せ、すべきことをなんとか思い出した。



「……こほん。ええと、では……今回のお昼ごはん、『ばびこ』さんのココナッツカレープレートです。このメニューのおすすめポイントを教えていただけますか?」


「あっ、えっと……そうですね。幾つかあるんですが……やっぱりまずはこの内容に対してメチャクチャお手頃な値段ですね。私達学生にとってはすっごくありがたいです」


「そう! 六八〇円ですよこれ! 六八〇円なんですよこれ! ごはんにカラフルな素揚げ野菜があんないっぱい載っかって、ココナッツカレーとスープがついて六八〇円ですよ……すごい。……やっぱり学生さんはなかなか贅沢に使えませんからね」


「そうなんですよ……でもここならお店の雰囲気も良いし、六八〇円とは思えない豪華さだし、正直普通にメッチャ美味しいから……毎日は来れないけど、たまに遊びに来たときくらいは……って」


「今日はわたしがご馳走するから! エルフのお姉さんがご馳走してあげるから! 安心して!」



 そう、ランチメニューを見て思ったのだが……まずなによりも全体的に価格がお手頃。ココナッツカレープレート(六八〇円)と蒸し鶏と生春巻プレート(七四〇円)を筆頭に、だいたい六百から九百円台の価格帯で揃っている。

 ここのようなお洒落なお店は四桁に届く価格設定でもおかしくないと思っていたので、これには少なからず驚いた。


 勿論、価格設定が高いなら高いなりの理由があるのだろう。安いなら安いなりの理由もあるはずなのだが……見た限りではいわゆる『手抜き』『妥協』といった部分は見られず、結果として価格に反して非常に満足度の高い品に仕上がってる。



「ちょっとごめんなさいね。……ちなみに、蒸し鶏と生春巻プレート。こっちも驚きの七四〇円です。蒸し鶏と生春巻と小鉢とスープ、この品数でですよ? ……聞くまでもないような気もしますが、このメニューがお気に入りの理由って、教えていただけますか?」


「そうですね、私もまず値段がそんな高くないっていうのと……私エビと鶏肉が好きなんです。ここの蒸し鶏すっごくしっとりしてるし、生春巻もエビちゃんと入ってるし。お母さんなかなか作ってくれないから……」


「家庭じゃあんまり作りませんよね、生春巻。蒸し鶏も意外と奥が深いって聞きますし、美味しく作るのは大変そうです」


「そうなんですよ……一回お母さんに蒸し鶏作ってみてもらったんですけど……ホント『鶏肉をそのまま蒸した』って感じで……」


「普段なかなか食べないお料理が気軽に食べられる……なるほど、魅力的ですね。好きなものなら尚のこと……」


「そう~ここの蒸し鶏めっちゃ好きなの~~」


「よしよし、いいのよ、ご馳走するから」



 ココナッツカレーはおいしかったし、蒸し鶏と生春巻もおいしそうだった。

 それぞれのメニューのイチオシポイントも教えて貰えたし……何よりもお話好きな彼女達のお陰で、トークの部分もなかなかの収穫だったのだ。和スイーツのおすすめとか、季節限定変わり種メニューの存在とか。このへんの会話も多分動画に活かせるだろう。メグちゃん(仮名)ナイス。

 撮影する分はほぼオッケーだと思うので、あとは帰って編集して投稿するだけ。いつもよりも難易度の高い編集作業だけど……金曜まで時間はたっぷりあるのだ。まぁなんとかなるだろう。


 ともあれ、非実在アンリアルではない実在の配信者ユーキャスターとして初めての企画。このお店は内容的にも価格的にも申し分なく、これは間違いなく初回から『当たり』を引いた。

 いや、元はといえば彼女達がおれに声を掛けてくれたからこそ、得ることが出来た『当たり』だった。彼女達にも改めてお礼を言わなければならない。




「えっと……じゃあ、このあたりで。お会計はわたしがお支払するので……いや、本当にありがとうね。助かった。いろいろと」



 ……そう、名残惜しいがそろそろお別れなのだ。

 何しろ冬季休暇中のお昼時、こんなにサービス満点低価格なお店で閑古鳥が鳴いているハズが無く……お店の入り口付近とお店の外には、ランチを楽しみに待っているお客さん達の気配を感じる。

 ただでさえ『撮影させてほしい』などとワガママを言っているのだ、これ以上お店の迷惑となる長居は慎まなければならない。


 そろそろおいとましようと身支度を始めると……なにやら彼女達からちらちらと注がれる、どこか期待するような視線。

 な、何だろう。お会計はおれ持ちって言ってあるよな。支払いを期待されてるわけじゃないだろうし……じゃあこの、を期待されているようなそわそわした雰囲気は、いったい……



「えっと……」「わかめちゃん!」


「は、はひッ!!」


「「REINメッセージアプリ!! 交換して!!」」


「はい!! え? ちょ」


「ほんと!?」「やったー!!」


「っと待っ、…………えっ? ちょっ、待っ」


「わかめちゃんフレフレしよフレフレ! フレフレーって……あっ来た来た! ……ん?」


「私も! わかめちゃん私もフレフレ! 来た来た…………ん?」


(…………っ!! やっば!?)



 つい勢いに流されて友達登録されてしまったREINメッセージツールだが……おれは普段使いのアカウントしか持っておらず、つまりは彼女達とID交換したアカウントは俺こと安城正基あんじょうまさきのアカウントなわけで。

 この『のわめでぃあ』を立ち上げる際に関係者各位と連絡を行うにあたって、アイコンやプロフィール背景やヘッダーや公開設定は『若芽ちゃん』のものに染めてあるとはいえ。


 肝心のユーザーIDそのものは、本名由来の……本名ほぼそのままのIDなのだ!!



(やばい!! 待ってこれヤバイ! どうしようヤバイ!!)


「わかめ、ちゃん……?」


「これ…………名前」


「えっと、えっと、えっと、えっとえっとえっと……!!」










「さきちゃん、っていうの? ウソ、同じ名前!?」


「わかめちゃんじゃなかったんだ。でもやっぱ可愛い」


「……………………? …………??? …………はい???」





「でも……『ジョウマ』って珍しい名字だね」


「ジョウマ……しろあいだかな? それともうえに……って、詮索するの良くないね、ごめんね?」


「…………あっ! い、いえ!! 大丈夫…………です」




 納得した。危なかった。助かった。そうだった。


 おれのIDは確かに本名由来であり……前半部分に英数字を無秩序に並べ、後半に本名の一部をアルファベット表記したものが続いている。後半部分は読みもスペルもほぼそのままだけど、本名すべてではなく一部のみ。『anjomasaki』の後ろ四分の三文字『jomasaki』部分のみ。

 烏森かすもりあきら氏が本名の一部を抜粋してペンネーム『モリアキ』を作ったように、それを勝手にリスペクトして設定したIDだったが……『jomasaki』部分だけだとなるほど確かに『ジョウマ・サキ』とも読めるだろう。


 サキという名前であれば……今のおれの性別であっても、とりあえず不審に思われることは無いはずだ。多分。



「えっと、えっと…………で、できれば……『木乃若芽きのわかめ』のほうで呼んでいただけると……」


「あっ、そうだね! 芸名ってやつだよね!」


「さすがにちょーっとデリカシー無かったね……ごめん」


「い、いえ……大丈夫、です」




 ……助かった。

 非常に、非常に、あぶなかった。


 モリアキ本当にありがとう。今度パンツ見せてあげるね。



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