第50話 【街頭収録】次回をお楽しみにね!!





 非実在ではない個人配信者として初めてとなる、喫茶店『ばびこ』さんでの収録を終え……ボックス席の周囲のお客さん達に『すみません、お騒がせしました』『ご迷惑お掛けしました』と頭を下げ続け、お会計する際にも同様に店員さんに重ね重ねお詫びと感謝の言葉を告げ、さあお店を後にしようというところで。


 何故か。……なぜか。

 ほかでもないこのお店の、喫茶店『ばびこ』のオーナーさんに、おれは記念撮影を求められた。




「?? ……え? えっ? 何で……えっ? …………いえ、迷惑とかでは無いんですけど……その、わたし、ですか? …………えっと、わたし別にそんな、記念撮影されるような………………いえ、迷惑じゃないです。大丈夫です。大丈夫なんですが…………わたしなんかで、良いんですか? …………えっと、そうですか。じゃあ、はい。僭越せんえつながら」



 やや小柄ながらも落ち着いた、『お上品な奥さま』といった雰囲気のオーナーさんに頼まれ、おれはレジの前で店員さん何名かと記念写真を撮って貰った。混乱のあまり『何に使うんですか?』なんてアホ丸出しな質問をしてしまったが、やはりというか店内に掲示するのだという。

 当たり前だろう。写真なんてモノに他の用途があるわけ無い。しいて言えば、呪いでも掛けるときくらいだろうか。……それはさすがに無いだろう。


 しかし……おれの写真なんか貼ったところで、正直ご利益があるとは思えない。おれ自身は当然、芸能人や有名人なんかでは無いし……いちおう個人配信者ユーキャスターを名乗ってはいるが、放送局だって立ち上がったばかりだ。まだまだ無名も無名のド底辺でしかない。

 とてもメリットがあるようには思えないけど、おれは今回『ばびこ』さんに非常にお世話になった立場である。恩返しと言えるほど大それたことじゃないが、望まれるなら記念撮影くらい応じようじゃないか。


 ついでとばかりに、おれのゴップロカメラでも撮って貰った。動画に使う許可も貰ったので、エンドクレジット画面候補のが撮れたのは正直嬉しかった。

 いつのまにかサキちゃん(仮名)メグちゃん(仮名)も横に並び、自分達のスマホで撮って貰っていた。……まぁいいけど、そろそろ周りのお客さんの迷惑になるからね。っていうか周りのお客さんもチラホラスマホ向けてるね。いえ、実際ご迷惑お掛けしてる自覚はあるんですが、できればSNSつぶやいたーとかに晒して叩くのは勘弁して欲しい。というか実際これって無断撮影なのでは…………まぁいいけど。




「なんか……めっちゃ盛大なお見送りだったね」


「こんなん初めてだよ。わかめちゃん効果かな」


「や、やっぱ普通はこうじゃないん……です、ね……」



 ……というわけで、入り口付近ですったもんだあった末にやっと退店。

 何人かの店員スタッフさんが表まで見送ってくれ、『ぜひまた来てくださいね!!』とのお言葉をいただいた。明らかに他のお客さんと待遇違くないですか。

 しかしまぁ、実際のところ和パフェも気になっているので、正直また来たいとは思う。思っては、いる。……のだが。


 釈然としない部分が無いわけでもないが、かといって取り立てて不都合や問題があるわけでもない。

 総合的に見れば非常に有意義な時間を過ごすことが出来たし、肝心の映像データもばっちり残せていた。とりあえずは撮影ノルマを達成できたということで間違いないだろう。


 なので……つまりは、彼女達とはここまで。



「あの、本当にありがとうございました。……正直不安だったので、声掛けて貰えて……ほんと助かりました」


「いやそんな! 私達こそご馳走して貰っちゃったし正直いい思いさせて貰ったし!」


「そうそう! こっちこそありがとうね! 動画できるの楽しみにしてるから!」


「……はい! 頑張ります!」


「じゃあ私達はこれで! わかめちゃんばいばい!」


「ばいばーい! 作業がんばってね!」


「はい! ありがとうございました!」


「また今度パフェ食べ行こうね!!!」


「お買い物も行こうね!!!」


「はい! ………………はいぃ!?!?」



 掛けられた言葉を理解する間も無く、発言の意図を問いただすまでもなく……かしましくも心地よいサキちゃん(仮名)メグちゃん(仮名)の二人組は、ひらひらと手を振りながら伊養町の雑踏の中へと消えていった。

 この後は当初の予定通り、書店と雑貨屋を巡るのだろう。彼女達にも予定があるのにわざわざ時間を取ってくれて……本当に感謝している。


 彼女達の、そして喫茶店『ばびこ』さんの協力を無駄にしないためにも……素敵な動画を作らないと。



 ……と。意気込みも新たに足を進めるおれの鞄から、スマホが着信音を響かせる。

 発信元に心当たりがあるので、たすき掛けにしている鞄をいそいそと漁り、画面に表示されている名前を認識して頬が緩むのを自覚しつつ、スワイプして応答する。



 「やっほ。お疲れ」


 『お疲れ様っす先輩。撮影のほうはどうでした?』


 「タイミング良いな。見てたの? つつがなく完了したよ、多分」


 『それは何よりっす。……いやー、先輩達が入店した直後からめっちゃ混んだんすよ。店の前で並んでました』


 「ぅえ!? マジかよ声掛けてくれりゃ良かったのに……」


 『そりゃあ、だって…………えっと、あの……先輩。現在進行形のリアルタイム情報なんすけど……先輩めっっちゃ注目されてますからね?』


 「………………現在進行形?」


 『そうっすよ。今まさに。なので合流しづらいというか……それと、口調とか声のトーン。気を付けた方が良いと思うっす』


 「……わかっ、……り、ました。…………ありがとうございます」



 スマホを耳に当て、モリアキと通話を繋いだまま、周囲を何気なくキョロキョロと見回してみる。

 すると……わぁ……ほんとだ。そこそこの距離を開けてそっぽ向いて通話中のモリアキは良いとして……決して少なくない数の人がこちらへと意識を向け、うち何人かはスマホのカメラを向けているようだった。


 なるほど把握した。確かにこの状況では、何事もなく合流するのは難しいだろう。

 考え過ぎかもしれないが……烏森の車まで尾行されて、そのまま彼の自宅が特定されて、無いこと無いこと騒ぎ立てられて迷惑が掛かったりするのは……やっぱりよくない。



 『車は西町二丁目のなかよしパーキングに入れてあるんで、なんとか尾行撒いて来て下さい。先に行って直ぐ出せるように用意しとくんで』


 「……わかりました。ありがとうございます。ですね?」


 『あぁ……そうっすね、またREIN送っときます。くれぐれも騒動は起こさないで下さいね? 先輩めっちゃ目立つんすから。……ご武運を』


 「はい。おつかれさまです」



 おれの口からこぼれる発言にフェイクを混ぜ込み、おれはモリアキに聞いた通りの駐車場へと歩を進める。この若芽ちゃんの記憶力をもってすれば、集中してさえいれば一度見聞きした内容を忘れることは(あんまり)無いのだ。


 角を曲がって狭い路地に入り、尾行しようとする人物が後を追い路地に入るよりも早くもう一本角を曲がる。念には念をと見咎められる前にもう一丁曲がり……これで周囲には誰も居ない。

 近くには窓も無いし、見られる範囲にこちらへ意識を向けている生命反応は見られない。


 今が好機チャンスと【浮遊シュイルベ】を発現、軽く地を蹴り無音で屋上まで急上昇を掛ける。……これで完全に追っ手を撒いたハズだ。

 おれの姿を見失った追跡者は、事前に得られた情報から方面へ向かったと判断することだろう。真逆方向のなかよしパーキングに追跡の目が向くことは無い。



 空中で体勢を整え、魔法で姿を眩ませながら、おれは集合場所へと急いだ。


 もう少し。あと少しで……やっと落ち着いて『』が出せる。……つかれた。



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