第47話 【街頭収録】※金銭や報酬を要求することはありません




 お昼どきを見計らい、道行く人に声を掛け、今日のお昼に何を食べようとしているかを聞き出し、『それご馳走しますので、ごはん御一緒してもイイですか?』と訊ねるという……どこかで見たような気がする企画。

 そんな企画の初回、どう転ぶのか全く予想がつかない第一回目の収録となる今回。本来ならばおれが道行く人に話し掛けなければならなかったのだが……今回はなんと、彼女たちから話し掛けてきてくれた。


 奇抜な装いのおれにわざわざ話し掛けてきてくれたんだし、おれの『放送局』と企画内容を説明したところ非常に好意的に捉えてくれたし、せっかくの厚意を無下にするのも申し訳ないので、今回は彼女達にお願いすることにした。

 まだどう転ぶかわからない手探り状態なので、優しそうな彼女達にはじめての相手をお願いしたい。……こう書くとなにやら良くない雰囲気ですね、なんでだろうおかしいな。ふしぎ。わたしわかんない。




 というわけで。

 本日の目的地は、彼女達のおすすめのお店……この伊養町の片隅に店を構える喫茶店『ばびこ』さんである。


 彼女たちからの前情報によると、このお店のイチ推しは『五色の和パフェ』を筆頭とする和スイーツだという。

 玄米フレークやバニラアイスのベースに五色のトッピング――黒ごまプリン、紫いもアイス、安納芋ソフト、ほうじ茶ゼリー、抹茶くずきり等――をバランスよく鮮やかにあしらった、たいへん『映える』メニューらしいが……残念ながらこちらはお預けになりそうだ。ちくしょう、なんで『お昼ごはん』って縛りをつけてしまったんだ。

 しかしながら心配はご無用。ランチメニューにおいても丁寧な仕事が為されているらしく、季節のお野菜たっぷりのカレープレートや、これまた鮮やかなお野菜が美味しそうなヘルシーなせいろ蒸しランチ等々、見た目も鮮やかで健康的、おまけにお手頃プライスと……これまた非常に芸が細かいらしい。



 そんな彼女達イチオシの、伊養町『ばびこ』さん。

 喫茶店と聞いて勝手なイメージを抱いていたおれを良い意味で裏切り、その佇まいは歴史を感じさせる落ち着いた和の雰囲気。なんでも実際に築百年以上経った古民家を改築しているらしく、この雰囲気は決して『ガワ』だけではない……らしい。

 わくわくしながらも不安半分でお店のスタッフさんに目的をお話しし、店内での撮影許可を求め交渉を行ったところ……『他のお客様の肖像権に配慮する、迷惑とならない声量にとどめる、トラブルは各自で対応して頂く』とのな条件こそ出されたものの、割と好意的に受け入れてくれた。


 このお店の常連らしい女の子二人の後押しも項を奏したのかもしれない。……この子らパネェ。




「いやー、でも実際わかめちゃんが可愛いからだと思うよ」


「そうそう、上目遣いで申し訳なさそうにお願いされちゃったらね……」


「反則だよ反則。この魔性の女め!」


「ええ……!? そ、そんなつもりじゃ……ごめんなさい」


「じょ、冗談だって!」


「そ、そうそう! そんな泣きそうな顔しなくたって! ああもう可愛いんだから……」


「ええっと……あ、ありがとうございます?」




 幸いなことに店内撮影許可を得られたおれは……現在『ばびこ』さん店内にて隅っこのボックス席を借り受け、彼女達ともども注文したお料理が届くのを待っている状況である。


 この企画のレギュレーションとして『案内してくれたひとと同じものを食べる』という縛りが存在するため、おれが注文したのは女の子A……サキちゃん(仮名)と同じココナッツカレープレート。ほどよい辛さとココナッツミルクのコクがクセになるんだとか。正直とてもおいしそう。

 一方の女の子B……メグちゃん(仮名)が注文したのは、蒸し鶏とミニ生春巻のランチプレート。ボリューム満点なのにヘルシーだという……こっちもおいしそうだ。



 いやー……それにしてもこの身体のコミュニケーション能力ですが、思っていた以上に半端無いわ。

 彼女達の言っていたように、撮影許可を取り付ける際の上目遣い……あれは我ながら反則だと思っている。モリアキと白谷さんの二人も揃って『それは反則っすだよ!』と声を上げる程の必殺兵器に加え、そもそも年齢の大きく離れた女の子と平然とお喋りができる時点でスゴいことだと思う。

 この身体の対人コミュニケーションスキルは、恐らく非常に高水準なのだろう。すごいぞ若芽ちゃん。ぱないぞ若芽ちゃん。さすがはおれたちのかわいい娘だ。

 ……そういえばモリアキ達は大丈夫だろうか。ちゃんと追従できているんだろうか。まぁいいか。



「お二人は、どんな経緯でこのお店を知ったんですか?」


「え~……どうだったっけ……結構前だからなあ」


「ちー先輩じゃない? えっと……部活の先輩と遊びに来たときに」


「あーそうそう! ちー先輩とパフェ食べに来たのが最初で、そのときにランチもあるって知って」


「んで確か……その週末だったよね。二日か三日後くらいじゃない?」


「そうだったそうだった! 割とすぐ『行こう!』ってなって」


「そのときはケイちゃんアキちゃんも一緒だったんだよね。……惜しいことしたなーあの二人」


「ね~。こんな可愛い子とランチするチャンスだったのにね~」


「えっと……そのお二人もお友達ですか?」


「そうそう。友達であり部活仲間であり」


「私ら四人、みんな吹部なのね。吹奏楽部」


「おおー……すごいですね! 吹奏楽!」



 さすがはイマドキの女の子。なんというか、おしゃべりが得意だ。本来であればおれがインタビュアーとして、色々と質問を投げ掛けなければならない立場なのだが……彼女達はわずかな切っ掛けを足掛かりに、次から次へと饒舌におしゃべりを続けてくれている。

 おれとしては随所でやんわりと軌道修正を図れば良いだけなので、正直いって非常に助かるのだが……まぁ、今のところは恐らく愛称だから良いとして、個人情報が飛び出すようなら後で修正ピー音を入れなければならないだろう。


 重ねてになるが……冷静な第三者から見れば、おれはあくまで『自称・動画配信者ユーキャスター』であり、早い話が得体の知れない不審人物である。

 社会的信用が薄いおれが全世界に情報をばら蒔いてしまう恐れだってあるので、個人情報の取り扱いと周囲の方々への迷惑は人一倍に気を配らなければならない。

 ちゃんとしたテレビ局の撮影であれば、彼女達の顔を映してお名前と年齢を添えても許されるのだろうが、おれと『のわめでぃあ』にはそこまでやれる度胸は無い。そのためゴップロカメラも基本的にはおれに向いているし、彼女達を映すときも首から下に留めている。もちろん本名だって聞き出さない。


 彼女達は、その辺りを了承した上で撮影に乗ってくれたのだ。不馴れなおれに付き合ってくれるというのは、非常にありがたい。



「わたしも楽器、つい最近始めてみたんです。アコースティックギターですけど」


「えっ!? ウソわかめちゃんギター弾けるの!? 凄い!」


「えっと……わたしの『チャンネル』にあると思います。『故代の唄、歌ってみた』って」


「待って待って、今聞く。私もアコギやってみたいんだけど……楽器高くて」


「あ、浪東ろうとう区のユニオンスタジオ良いですよ。いろんな楽器レンタルできるので」


「ユニオン……ああ! ちー先輩たちが個パ練で使ってるって所じゃない!?」


「ちょっと待って今読み込みが……来た! ちょっと静かに!」



 楽器演奏という大まかな括りではあるが、共通の趣味を見いだしたことで彼女達も前のめり気味である。


 それにしても……吹奏楽かぁ、文化部の中の運動部って聞くよなぁ。

 おれが高校生だったときは野球部がなかなかの強豪だったので、夏の選抜本選に彼らは度々出場していた。のだが……野球部は当然として、巻き添えを食らうようにいっつも同行させられていたのが吹奏楽部の面々……というイメージだ。

 野球部の少年達が炎天下のなかで戦い続ける……それはもちろん大変なのだろうが、吹奏楽部の面々も負けず劣らず大変そうだった。攻撃ターンの間は絶え間なく演奏を響かせ続けなければならないし、真っ黒なセーラー服と学ランは太陽熱をこれでもかと吸収するし。楽器だって金属の塊なので、もしかしなくても熱を溜め込みそうだ。光を反射して眩しそうでもある。

 それでいて選手達を鼓舞するために勇壮な曲を奏で続けなければならないのだから……それはもう、大変だ。


 ……などとおれが意識を飛ばしている間、サキちゃん(仮名)メグちゃん(仮名)はおれの『歌ってみた』動画を視聴してくれているようだ。再生回数貢献ありがとう。

 それに何やら……先程からおれたちの様子を遠巻きに観察している人たちも、どうやらおれの背中に貼り付いている『放送局』の広告から動画に行き着いたらしく、こちらも『歌ってみた』を再生してくれているらしい。

 おれの耳じゃなきゃ聞き逃しちゃうね。顔も名前も知らない彼らも、視聴ありがとう。



 しかし……最初はどう考えてもダサくて恥ずかしいだけだと思っていた背中ポスターも、やっぱり効果は抜群だったらしい。

 古くから存在する『ちんどん屋』ではあるが……その効果は現代においても有用なようだ。まぁもっとも今のおれは『ちんどん』していないのだが。……というか、そうか。伊養町で『ちんどん』するのもありかもしれない。今度調べてみよう。


 情報局局長としての意識の高さを垣間見せながら……おれはサキちゃん(仮名)メグちゃん(仮名)が視聴から戻ってくるのと、おいしそうなランチメニューが届くのを、大人しくいい子で待ちわびるのだった。



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