第42話 【調理収録】続続・若芽のおしゃべ(自粛)




 収録スタジオを兼ねたおれの自宅、そのリビングダイニング部分は……撮影区画と収録機器によって、そのほとんどを埋め尽くされている。

 そのためいわゆる『食卓』と呼べる家具は、残念なことにこの空間には配置されていない。


 普段の生活においてその役割を全うしているのは自室に設置されたコタツテーブルであり……しかしながら、だからといってカメラを自室に持っていくのははばかられる。映したくないものだっていっぱいあるし。


 しかし……この身体であればお料理動画も臨場感たっぷりに撮ることが出来る。これは同業他者には真似できない、おれ若芽ちゃんならではの大きな強みだ。今後も引き続きお料理動画を続けていくためにも、小さめの食卓を設置するスペースを捻出すべきかもしれない。

 いくら収録機材に埋め尽くされているとはいえ……足の踏み場もないほどギッチギチ、というわけでも無いのだ。



 まぁ、それはおいおい詰めていくとして。

 今日はどう足掻いても食卓の用意が不可能なので……お行儀悪いとは重々承知だが、キッチンの作業台でいただこうと思う。

 せっかくのお料理動画だ。おいしく実食するところまで撮っておきたいし……美味しそうに料理を食べるおれ若芽ちゃんの顔は、きっとなかなか良いになることだろう。


 汚れた食器や調理器具に纏めて【洗浄ワーグシェル】【清掃リュニーグル】【乾燥トローシュル】をぶっ放し、綺麗になったそれらを綺麗に片付け、作業台食卓にも【洗浄ワーグシェル】と【浄化リキュイニーア】を掛けて準備万端。ぴかぴかに輝きを放つ作業台食卓にランチョンマットを敷き、料理若鶏の墓を盛った器とカトラリーと……買い出しの際にパンやさんで買っておいたバゲットを、見映えよく並べていく。



「んんー…………角度こんなもんかな。白谷さんどーお? 周りの変なの映り込んでない?」


「大丈夫そうだよノワ。背景の……レーゾゥコとデンシレンディは仕方無いとして……というか、お得意の映像投射魔法で隠せるんじゃないの?」


「いやーあれね、真っ白な壁だからなんとかなってるんだよね。……まぁそんなに汚くないだろうし、多少の生活感はっかなって。キッチン映してる時点で生活感マシマシだし」


「まぁそれもそうだね。隠すほどでもない、か」


「…………ん。固定カメラはこの角度で……ハンディカメラも別角度で固定しとこう。下手に動かして変なもん映ると嫌だし。……まぁ編集でカットすれば良いんだけど」


「変なのって……ノワの下着とか? それともベッドの下の書」


「なんで知ってるの!!!?」


「まぁまぁ。ほら、準備できたなら始めちゃおうよ。冷めちゃうよ?」


「白谷さんあとでお説教だからね!!?」


「ははは。いやーノワは可愛いね」




 あっけらかんとした白谷さんに驚愕を禁じ得ないが……しかし確かに、冷めてしまってはせっかくの出来立て料理がもったいない。

 ほかほかと湯気を上げる様子もカメラに収めたいし、白谷さんへの追及は後回しにするしかないだろう。


 非常に釈然としない面持ちを浮かべたまま、おれは迷いを振りきるようにカメラの録画ボタンを押していった。





……………………………………





「ちょっ……いや、マジすかこれ。ウッマ……えっ、めっちゃウマイっす」


「ほ、本当!? マジ!?」


「マジマジ、本当っすよ。肉も柔らかいし、しっかり味染みてますし……バゲット? ていうんすか、このパン。米とはまた違って……ファンタジーメシっぽくて良いっすね」


「大絶賛じゃないか。良かったね、ノワ」


「…………良かっ、たぁ」




 結局のところ……仕事を片付けたモリアキが駆け付けたのは、夕方の十六時を回った頃だった。

 それくらいの時間になるだろうということは事前に聞いていたので、ラップを掛けて冷蔵庫で保管していたのだが……バゲットともどもレンチンして出したところ、先のようにお褒めのお言葉を賜ったのだ。


 実際に料理が完成したのは、昼の十二時くらいだったはずだ。それから実食パートを撮って、モリアキのぶんを冷蔵庫にしまって、後片付けをして、とりあえずいそいそと作業に取りかかり始めたのだが……以前『歌ってみた』動画を編集していたときとは異なり、作業はなぜか遅々として進まなかった。




「心ここにあらず、って感じで……気が気じゃなかったもんね、ノワは。初めての手料理、モリアキ氏に『おいしい』って言って貰えるか不安だったのかな?」


「えっ!?」


「そうなんすか?」


「えっ!?!??」



 ……そうだったのか?


 …………そうだったのかもしれない。



 なるほど確かに、さっきまでのようにどこかそわそわしていた感じとは異なり……今は肩の荷が下りた気分というか、安心しているのが自分でもわかる。

 その切っ掛けとなったのは白谷さんの言うとおり、若芽ちゃんとしての初めての手料理を烏森かすもりに食べてもらい……『おいしい』と言って貰えたことなのだろう。


 今のおれであれば、以前のように最高のパフォーマンスで編集作業を進められそうだ。



「いやー、オレも仕事ダッシュで終わらせて良かったっすよ。ご褒美がこんな豪勢なディナーだなんて……ぶっちゃけめっちゃ嬉しいす。ありがとうございます、先輩」


「んふ……んふふ。やーそれほどでも……んへへへ……あるかもね? んふふ……どういたしまして。遠慮しないで、たーんとお食べ」


「いただきますいただきます。ひあーいやー……ふまいっふようまいっふよまひれまじで


「えへっ、えへへへ。……よっし! ちょっとオシゴト進めてくる!」


「……まったく、幸せそうな顔しちゃって。ちょっと妬けるね」




 心の奥のつっかえが取れたかのように、今はとても気分が良い。

 なんという全能感。今のおれであれば以前の『歌ってみた』動画と同様……いや、それ以上の手際で編集作業を進められるだろう。

 食事中のモリアキを眺めていたい気持ちを振りきり、隣室スタジオスペースの作業用パソコンへと場を移す。


 果たして期待した通り……作業は極めて順調に進み、夜の二十一時を回った頃には動画の大筋が仕上がっていた。




 その間客人である烏森を完全にほったらかしにする形となってしまったのだが……どうやら白谷さんがお話し相手になってくれていたらしい。

 またやらかしてしまった、彼には非常に申し訳ない。


 ……スイッチが入ると周りが見えなくなるというのは、少々よろしくないだろう。

 烏森にも悪いことをしてしまった。これっきりにしたい。



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