第40話 【調理収録】若芽のおしゃべりクッ(自粛)



ヘィリィこんにちは、親愛なる人間種の皆さん! 初めましてのかたは初めまして、魔法情報局『のわめでぃあ』局長の『木乃若芽きのわかめ』です! ……寒い日が続きますが、皆さん風邪引いてませんか?」




 いつもどおりの挨拶とともに、いつもとはひと味違う若芽ちゃんがお出迎え。……我ながら、今のおれは非常に可愛らしいと思う。


 いよいよ始まったお料理動画、なんといってもからしていつもと違う。普段の配信や動画撮影時の衣装……魔法使いふうの新緑色のローブの上から、淡いイエローと小鳥ちゃんのワンポイントが可愛らしい(子ども用サイズの)真新しいエプロンを纏い、長い髪もゆるく三つ編みにしてくるりと纏めてピンで止めている。

 可愛らしい尖った耳と幼いながらも艶かしい首筋が露になり、鏡越しの我が身には我が身ながらドキッとしてしまった。


 ……お料理は清潔感が大切なのだ。エプロンや三角巾を身に付けずに『不衛生だ!!』と叩かれるのは嫌なので、きっちりかっちり正装を身に付けておく。

 通販で見繕い、ついさっき届いたばかりの新品だ。……ナイスタイミングと言わざるを得ない。



「寒い寒ぅい毎日、皆さんが身体の中から温まれるように。の故郷で定番のお料理をですね、今日はすこーしアレンジして作ってみようと思います! ……ツノウサギの肉とか、こちらでは調達出来ませんし」


「残念だよねぇ……」


「残念でしたねぇ……でも大丈夫、きっとおいしくできますよ! 題して……ツノウサギ改め『若鶏の墓』です!」



 可愛らしい効果音と共に、可愛らしいフォントで料理名のテロップが出現し……ファンシーな演出とは真逆に物騒な料理名が表示される。ギャップもえってやつだ。


 、と言ったのは他でもない。わたしおれは厳密に言えば……いや言うまでもなく、まごうことなくこの世界の出身である。

 しかしながらこのには、ちゃっかりと白谷ニコラさんを含んでいる。ニコラさんに教えてもらった、今や彼女となった彼の出身地の定番料理なのだ。何も嘘は言っていない。


 ……しかし、その『白谷さん』のお披露目はもう少し後。週末の配信で大々的に行う予定だ。

 なので今現在この動画では、時おり的確な助言をいれてくれる『謎の声』として出演(?)を果たして貰っている。きっと視聴者の人たちは『いま何か聞こえたぞ!?』『いったいこの可愛い声は誰なんだ!?』とすること間違いなしだ。



 と、いうわけで。


 一通りの手順を教わったわたしおれが実際に調理を行い、白谷さんには声だけで助言や指示やお喋りをしてもらう予定となっている。若芽わかめのお喋りクッキングである。……大丈夫かなこれ。




「材料はこちら。どれもお近くのスーパーで調達できるものでアレンジしてあるので、大丈夫ですよ。こっちから順に……鶏モモ肉(四百グラム程度)、玉ねぎ(ひと玉)、大蒜ニンニクひと欠片)、赤ワイン(いちカップ)、お水(いちカップ)、オリーブ油(大さじいち)、塩・黒胡椒(少々)。あとはタイムとローズマリー。これは粉末で大丈夫です。あとあと、あれば生のセージを二本ほど……以上です。普通でしょう?」




 綺麗に掃除された自宅キッチンの調理台、そこに小皿に分けられた各材料がずらりと並んでいる。地上波放送局のお料理番組で割とよく見るアングルである。


 今更だが……この動画を撮るにあたって、カメラは二台稼働している。

 キッチン全景を斜め上方から抑える固定カメラと、ハンディタイプの防水耐衝撃小型カメラ。アウトドアアクティビティなんかを撮影できるゴーでプロ級なアレである。

 例によって後で継ぎ接ぎの編集作業が待っているのだが……今回は日程に余裕もあるので、割と楽観視していたりする。


 ともあれ今は、を撮らないことには始まらない。

 小さなエルフの女の子が一生懸命お料理する映像を、ばっちりカメラに収めなければならない。……ちょっと集中しよう。




「まず始めに……鍋にオリーブ油を熱して、軽く温めておきます。温めすぎないように弱火で、ですよ! 煙が出たら明らかに熱しすぎです! こげちゃいますので!」


「油を温める間に、お肉を食べやすい大きさに……まぁ、ふつうは一口ひとくち大ですかね。切ったお肉と潰した大蒜ニンニク、それに塩と胡椒をまんべんなく揉み込んでおきます。わたしは挽きたての胡椒が好きなので、ガリガリと。……うふふ、もみもみ。もみもみ」



 軽快なフリーBGMを思い描きながら、白く滑らかな……しかし子どものような小さな手が、つやつやの生肉を執拗に揉みしだいていく。

 肉のピンク色と指の白肌色がつやを帯び、生肉をこねる粘質な音と合間って少々背徳的な雰囲気を醸し出す……気がしなくもない。しかしおれは無実である。

 ……こほん。お料理を続けましょう。



「オリーブ油がほどよく温まったら、もみもみしたお肉の表面を軽く焼いていきます。こーしてお肉の表面に軽く焼き目を付けることで、お肉のうまみを閉じ込めるんですね。あとで煮込むので、軽くでいいですよ!」


「次に野菜も同様に、玉ねぎは上下をすこし落として八等分のくし形に。お肉を焼いているお鍋にゴロゴロと投入していきます。……玉ねぎおいしいですし、お好みでもうひと玉入れてもいいかもしれませんね。加熱するとかさが減るので。……お料理の分量とかフィーリングで、臨機応変でいいんですよ。ふんふふーん」



 手もとを映す角度にセットしたホルダーにハンディカメラを固定し、口頭で手順や注意事項を伝えながら、また上機嫌に鼻唄を口ずさみながら、手元はてきぱきと淀みなく工程を進めていく。


 お料理番組でよくある演出であり、『今はいったい何をしているのか』が非常にわかりやすい。レシピ本を見るのとはまた違い、どこをどういう手順でこなすのかが一目瞭然である。やはり動画の力はすごい。



「焼き色がついてきたら、粉末ハーブを……タイムとローズマリーを全体に振り入れます。でもこの世界の鶏肉は臭みが少ないので、分量は鶏肉に合わせてありますが、好みによってはもっと減らしたり無くしても大丈夫かもです。エスビーさんのをパパッと振り入れれば大丈夫です。……便利ですよねぇ」


「便利だね……いちいち香草挽かなくても良いわけだ」


「二百円しないんですよ。本当半端無いですって」



 はっきりと画面には映らないが、ことをしきりに匂わせておく。とうの白谷さん本人も興が乗って来たのか、自身の姿を完全に消しながら虹色の燐粉だけをちらつかせる……なんて器用な真似までし始める始末。

 おれは白谷さんの位置を認識できるが……光の偏向を操り完全に姿を隠す光学魔法は、現代の光学機器カメラをも欺いてのけるらしい。



「ではでは、いよいよここで……じゃーん! 赤ワイン~!」


「露骨にテンション上がったね。まだ子どもなのに」


「子どもじゃありませんし? お姉さんですし? ……はい、というわけで、ここで赤ワインを飲みま…………入れます」


「いま明らかに飲もうとしたよね?」


「赤ワインを入れたらゆっくりかき混ぜ、次にお水を入れます。かき混ぜはゆっくり、具を崩さないように。やさしく、やさしく、ですよ」


「いま明らかに誤魔化したよね?」



 声だけの白谷さんが良い働きをしてくれる。本当にお喋りクッキングって感じだ。大丈夫かなこのワード。

 そうこうしている間にもお料理はいよいよ大詰め、『煮込み』の段階に入った。こうなったらあとは時々かき混ぜながら待つしかないので……のんびりとお話に興じようかと思う。



 CMのあともまだまだ続きます!

 チャンネルはそのまま!!


 ……なんちゃって。


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